振れと揺れ
動き。
生きていくうえで、特に気にしないといけない項目のひとつだろう。
動く物と書いて、動物。我々人間も含めて、動くことによって物事を成り立たせている存在に違いない。他の動物とのかかわり、自然とのかかわり、そして人間に関しては使う道具とのかかわりまで重要だ。
自然、動きが大きいもの、動きに音などの複数の感覚が伴うものほど、我々は注意をひかれやすい。デジタルがどんどんとそのシェアを広げていても、アナログなグッズが好まれ続けるのはこのような点かもしれない。
それらのグッズ、ときには想像しているのとは異なる使いかたがされているケースもある。私のずっと昔の話なのだけど、聞いてみないか?
私が小学生だったとき、担任の先生が授業のたびメトロノームを持ち込んでいたんだ。
メトロノーム、知っているよね? 一定の間隔で音を発して、楽器演奏のテンポを合わせるのに使う道具だ。
近年は電子式のものも増え、スマホやパソコンにもソフトを入れて扱うことができるだろう。だが当時は機械式がメインで、先生が持ち込んできたのも振り子式の伝統的なものだった。
音楽の授業であれば、特におかしいことはないのだけどね。先生はほかの授業においても、これをそばにおいて動かしていた。
先生の授業ではテンポが大事なんだ、が口癖だったなあ。でも私を含めたクラスのメンツにしてみれば、別に時計で足りるんじゃないの? という感想だった。
生徒にとっては、授業がいつ終わるかこそが重大事であって、そこに至る過程はたいした問題じゃない。
内容がおもしろいかどうかはあるだろうけど、つまらないものだと、早く終わんないかな~と、ちらちら時計を見てしまう。そうして頻繁に確認するからスパンが短くなり、かえって時間がたいして進んでいないように思える……という悪循環でもあるけれど。
その先生のテンポとやらが、いかほど大事だというのか? それを知るきっかけが、夏休み明けて間もない、9月のある授業だったんだ。
あのときは、国語の授業だった。
新しい単元に入ると、まず確認されるのが漢字や言葉の意味、そして本文の読みだったなあ。
私はそれなりに本を読んできたほうだと思う。教科書レベルの文章なら、漢字を含めてもたいした問題にならなかった。
それらのアドバンテージ、特に若いうちは自分の誇りになりやすいもの。他の人が読む段になって、漢字を読むのに詰まったりするのを見ると「こんなのもの読めねえのかよ」と、優越感を覚えがちだった。
今回の新単元は説明文よりで、堅苦しめの言葉が多い。他のみんながちょくちょく止まり、先生がそのたびにフォローしながら先へ進んでいたものの、文自体も長くてなかなか終わらなかった。
先生も、いつも通りにメトロノームを授業開始時から動かしている。もう慣れてきたものの、沈黙のタイミングでメトロノームの音が出ると目立つものだ。
そうして何度も「フリー」のタイミングで音が響きつつ、半分ほど授業時間が過ぎたところで。
私を含めた何名かは「ん?」と声をあげた。
メトロノームが急に止まったからだ。特に何かが触れた様子もなく、だ。そして、すぐにまた動き始める。
ひとつひとつは、とても短いものだったけれど、停止を確認するには十分な間。回数を重ねていくと、やがて気づく子も増えていく。
先生も見た。そのときには、すでに動いては止まり、動いては止まりを繰り返し、振り子運動どころか、電池切れにあえぐロボットの悪あがきのごとき、ぎこちなさだった。
「これは、まずいな……みんな、いったん中止。先生がやるようにして、胸を叩くんだ。いいというまでね」
いうや、先生は自分の胸を握りこぶしで、リズムよく打つ。
トン、トトン、トトトン、トン、トン……の繰り返しだったかな。先生の実演に続いて、私たちも真似をするように促された。
はじめのうちは、こっぱずかしさもあって、なかなかやれない。突拍子もないことだったし、先行してやると他のみんなに笑われるんじゃないかという不安もある。
私もなかなか真似をする気にならなかったけれど、不意に教室が揺れ始めるのを察して流れが変わる。
地震というには、奇妙だった。
学校の外から見える木や電線などには、それらしい揺れの影響が見られないんだ。しかも、天井の四隅からはパラパラとほこりや破片がこぼれてくるばかりか、ひびまで走り出す始末。
しかも、胸が急にずきずき痛みだしてきた。軽く息を吸うだけで、釘を打ち込まれたかと思うほどの痛撃が襲ってくる。痛みに騒げば騒ぐほど、余計に息を吸って苦しむばかり。
「やれ!」
先生も顔を青くしながら、必死に胸を打ち続ける。苦しいだろうに、先ほどのリズムはいささかも崩さない。
ようやく、ことの重大さを認識した私たちは、先生のいうとおりに胸を叩いていく。その間は胸の痛みも不思議と抑えられる、というのが分かったのだけどね。
教室の揺れがおさまると、先生も胸を叩くのを中断。私たちも、もうやらなくていいとの指示が出された。
あの乱れがちだったメトロノームも、また止まらずに動き出したが、先生は顔面蒼白。あとは自習でかまわないと、ふらつきながら教室を出ていき、そのまま早退かつ入院することになってしまった。
さいわい、命に別状はなく、無事に退院されたよ。くだんのメトロノームに関しては、テンポを乱す何かがやってくるのを察するためと説明されたな。
まあ、それが単に授業のテンポじゃなさそうなのは、うすうす分かるけれどね……。




