流れものの末
ふ~む、このあたりの川もちょっと汚れてきたと思わないかい?
ゴミなどの類は今に始まったことじゃないが、ここ最近多いのはボール類だ。おそらく上流のキャンプ場から来たものじゃないかと思っている。
あそこらへん、流れが早いからなあ。ちょっと、遠くへボールをはじいてしまったら、そのままどんぶらこっこ。とても追いつくことはできないだろう。
道具よりも人命のほうが大切なのは当たり前のこと。後を追うことは、まわりの人がまず許さないだろうなあ。流れに足を取られでもしたら、シャレにならないし。
それに、何かを追いかけるという行為には、不思議な魅力があるのもやっかいだ。追いつきそうで、なかなか追いつかないものを相手にし続ける。その間は、延々と試行錯誤を繰り返すことができるからだ。
いったん決着がついてしまえば、もうそれに意欲や思考能力を傾けなくてもいい。しかし、追っている間はそれに神経を傾け続けることができる。
なにをすればいいか分からない、というぜいたくな退屈を味わう暇がないんだ。身体のすべての細胞が活性化したかのような心地よさがあるだろうさ。
かくいう私も、物を追いかけることが好きだった時期があってね。特に河を流れる何かを追うことがたびたびあった。その途中で妙な経験をすることもあったけれど。
ちょっとその時の話を、聞いてみないか?
あれは、現代だと想像しがたいほど涼しい、夏の日のことだった。
当時、川のすぐ近くに住んでいた私は、朝のラジオ体操の集まりが終わると、土手に腰かけて涼むことがお約束になっていた。
その日が思ったより気温が上がってこないのも手伝って、涼みの時間もいつもより長引く。朝ご飯でいったん中断はされたものの、以降もまた私は土手に腰かけ続ける。
涼む以外の私の目的。それは川の変化を見届けることで、鳥や釣りに興じる人たちなど、来訪者によって変わっていく景色を眺めるのが趣味のひとつでもあったんだ。
そのときどきの移ろいに、心をはせる。同年代からしてみると、少々じじむさい趣味ではあったが、好きなもんは好きなんだから仕方ない。
で、その日の10時ごろ。
目の前の川を流れていく、奇妙なものが眼に入った。
真っ白いドーム型のふくらみ、と形容すればいいだろうか。川を肌とするなら、そこにぽっこりできたニキビのように思える。
鳥や釣り人を見慣れているから、その大きさが相当なものであることは、すぐ分かった。流れに乗ったそれはかすかに浮き沈みをしながらも、下流へと流れていく。
いつもなら見かけないものの、ただならぬ様子。
子供ながらの好奇心にたちまち火がつき、私はそのまま白いドームを追いかけることにしたんだ。
流れに入って近づく、などはできない。泳ぐことは地上で走るよりもずっと遅い行動だからね。えっちらおっちら泳いでいるうちに、どんどんと距離をあけられてしまうだろう。
正体を探るのは、あいつがどこかに行き着いてからでも遅くない、と考える私は遠目に眺めながら川べりを駆けていく。
いくつ、橋の下をくぐっただろうか。
すでに数キロは走っているところだけど、不思議と私は疲れた気がしなかった。常に全力疾走ではなく、ドームの流れる勢いに合わせてペース配分をする形にはなっていたが。
例のドームはというと、どこかに引っかかることはなく滑り続けている。途中、川に入っている人はいなかったものの、橋をくぐる際に目撃した人は多いだろう。
なのに、誰も私みたいに追いかけるどころか、ざわつく気配を見せない。あたかも、そろって無視し続けているかのようで、私は少し気にかかり始めた。
単なる、事なかれ主義大爆発なら、それでいい。しかし、もしもあのドームの存在が私にしか見えていない。感じることができないものであったとすると……。
そう考えながら、また新しく橋の下をくぐる。今度の橋下の距離はこれまでより長く、ちょっとしたトンネル並だ。それでも、ここをくぐればいよいよ海が間近に迫ってくるはずなのだけど。
そこに、いつもの景色はなかった。
先ほどまで、雲の少ない昼頃の太陽が差す青空は消え、代わりに紫がかった雲のかかる空の下へ私は招かれた。
太陽自身も、その紫の雲にかすんでいて届く光もわずかだ。そしてこの地上もまた、同色の霧が立ち込めていて、私の進む先にある地面は数メートル先も見通せない。
けれど、川は別だ。霧が取り巻くことなく先へ伸びる川の中を、変わらずに例のドーム型のふくらみは滑っていく。しかし、その先に待つのは海へ通じる口ではなかった。
無数のとがったトゲ。まるで槍衾のように、びっしりと巨大な先端が川の途中に配置され、流れを待ち受けていたんだ。
例の白いドームも、ほどなくそこへぶつかり……パンと弾けた。
風船のごとき有様だったが、そこで無数に飛び散ったのはドームの中身と思しきものたち。
大小さまざまなそれらは、宙へ待っている間に、いずれも小さな手足を生やす。ほとんど人間と大差ない形状のものをね。
あるいは霧の中へ隠れ、あるいは川面に落ちる彼らだったが、後者はしずむことはない。
あたかも川の水が地面であるかのように、しっかりと立ったそいつらは、そのまませかせかと手足を動かし、あちらこちらへ走り出したんだ。
私のいるほうへ向かっても、ね。しかも、そいつらの足音は異様に大きい。
見た目には裸足だというのに、一歩一歩がドシン、ドシンと重量物が響かせるそれと同等。しかも私の目の前の霧の中からも、こちらへ迫ってくる気配が……。
いや、わき目もふらず逃げ出したね。
夢中で引き返したトンネルの先が、いつも通りの景色で安心したよ。例の足音も、すでに迫るどころか聞こえてくることもなかった。
それでもしばらくは、例の橋の向こう側へ行くのに度胸が必要だったなあ。できることなら、避けるルートばかりをとっていた。
あのドームについては、後日にそれとなく周りの人へ尋ねてみたけれど、やはり気づいたのは私一人だけらしかった。
私がどこへ踏み込み、何を見たのかについては、いまだ答えが出ずじまいなんだ。




