猫手の儀式
子供のころ、というのはああもどうして、いろいろなものに出会えたのだろうか。
よく童話などで、不思議の世界に招待されるのは子供たちだ。やはり、多様なものを受け入れられるキャパシティがあるからだろうか。
大人になると、どんどんと背負わなきゃいけないものが増える。キャパシティをどんどん埋め尽くされる。
不思議系っていうのは、容量が大きいんだろうなあ。感じたり、受け入れたりするのは相当の空きが残っていないとダメなんだろう。大人になっても、それらを受け止められ続けるのはよほどゆとりがあるか、あるいは元来空っぽであるのか。
こーちゃんはどうだい? 子供時代に不思議な体験をしたり、見聞きしたことって、どれくらいある?
僕はそれなり、あるほうだと自負しているよ。突拍子がなかったりして、馬鹿にされることが多いから黙っていることが普通だけど。
こーちゃんは、熱心に聞いてくれる側の人間だから歓迎だけどね。ちょっと今回も僕の話を聞いてみてくれないかい?
あれは6歳くらいのときだったっけな。
はじまりは、家の真ん前に落ちていた猫の脚型の手袋が落ちていたことにはじまる。
どこの誰が落としたか分からないそれは、肉球までくっきりと再現していながら、大人の手にはまるほどの大きさをしていた。
得体のしれない落とし物ゆえ、僕を含めた周りの人や通行人も触れることなく、スルーしている。もっと小さいころなら興味本位で近づいたり、触ったりもしただろうけれど、
しかし、「ばっちい」という概念を知った僕は、この手のものにはうかつに近づくべきではないことを学習。そいつが、そこにありながらもないように振る舞う技術によって、存在を認めないことに成功した。
実際、日中で見る限り、そいつに触れるのはどちらからか飛んできた砂や小石くらいで、どんどん汚れていくばかりだったのだけど。
それが翌日。家の前から姿を消したんだ。
けれども、なくなったわけじゃなかった。家と道路をはさんで向かい側、二階建ての小さなアパートの屋根の一角に、あの猫の脚型手袋は乗っかっていたんだ。
身軽な人なら、あの屋根によじのぼることもできなくはないだろう。しかし、妙なのが例の手袋を寝かせるのでなく、立たせていることだ。
もともとのブツが小さめだから、気にしていない人は気にしていないと思う。けれど、その手袋は固定されているらしく、多少の風が吹いてもびくともせずにそこへ立ち続けている。
物好きな人もいるもんだ、とそのときは思っていたのだけど……日を追うごとに、その手袋の数は増えていったんだ。
くわえて、近くでときどき見る猫たちの様子も妙なんだ。
――猫たちの脚が、切り取られたとかのオチか?
ふふ、こーちゃんなら、そう突っ込んでくるんじゃないかと思ったよ。その手の猟奇的な所業てのは、ひとつの定番だからね。
でも、僕のケースはちょこっと違った。
猫たちがね、しきりに僕たちに寄ってきては、服やズボンのすそをつかんでくるようになったんだ。
猫が向こうからすり寄ってくるなんて、めったにあることじゃなかった。たいていは、遠巻きにこちらを用心深くうかがっている。目線を合わせることは、彼らにとって警戒対象にとられてもおかしくないと聞くしね。
たまたま近くにいても、よほどなついていない限りはこちらとの距離をつめてこない。たまたま塀の上にいる猫へ手を伸ばすと、ふんふんとその臭いをかいできたりなどはしてくるけれど。
その彼らが、スキンシップをはかってくるものだから、僕と周りの人たちも少々、面食らったさ。
が、これも彼らにとっては計画の前段階だったのだろう。
偶然だったと思う。
夏場のまだ陽が落ちきらない時間帯に、外出先から戻ってきた僕は、ふと例のアパートの屋根を見上げた。
一時期は10を数えた、あの手袋が3つにまで減っている。のみならず、そのうちのひとつに、以前に僕のズボンで脚を拭う動きを見せた白猫がいたんだ。
他の個体だった可能性もあるが、このあたりであそこまで真っ白なものは見たことがない。だから印象に残っていた。
そいつは、屋根に置かれている手袋のひとつにちょんと触る。
すると、どうだ。猫の脚は人間の大人の手くらいの大きさになるとともに、手袋がひとつ屋根の上からなくなる。
――猫が、手袋をはめた?
それだけじゃない。
猫の背筋はその場でぐんぐんと伸びはじめて、人間の子供ほどの大きさに。いや、それ以上に大きくなっていく気配を感じさせた。
けれど、目で追えたのはそこまでだ。猫はアパートの向こう側へ飛び降りていってしまい、姿を消した。すぐに追いかけてみたけれど、文字通りにしっぽをつかむこともできなかったよ。
やがて、手袋たちも完全に姿を消してしまったけれど、僕は思う。
あの猫たち、手袋を使って別の何かになるために、邪魔になる汚れ落としに僕たちを使ったんじゃないか、とね。
いつか見送った借りが、こちらへ返ってくるときがくるんだろうか。




