衛物まわり
衛星、と聞いてみんながぱっと思い浮かべるものは、なにかな?
地球の衛星であれば、有名なのは月。潮の満ち干や地軸の調整など、直接地球へ触れていなくとも影響はでかい。
今回は理科的なものは置いておこう。重要なのは、私たちに直接触れているものでなくとも、影響を与えている衛星的な存在についてだ。
普段、暮らしている私たちは、直接ふれあう人以外の存在をなかなか感知できない。生の感覚や感情は大きいもので、そちらへ意識を向けたならば、よそを向くのはむずいだろう。
しかし、ときにはぼーっとしてみる。
意識、無意識を問わず、普段から注意を払っているものから意識を解き放ってみる。そうすると案外、自分を整えてくれている「衛星」、いや「衛物」とでもいうべきものが見えることがあるかもね。
それに干渉すべきか、あるいは傍観するべきかの判断は、簡単につかないけれどね。
先生の昔の思い出話なのだけど、聞いてみないか?
先生はやたらついている子供だと、思われていた時期がある。
主に物理的なところだな。転んでしまうとき、飛んだり落ちてきたりするものが迫ってくるとき、明らかにけがが避けられないタイミングにもかかわらず、結果的に無傷で済むことが何度もあったんだ。
先生自身も、当初はラッキーのたまものだと思っていた。けれどもある時に、それはおそらく先生の「衛物」とでもいうべき存在のおかげじゃないか……と考え始めたわけさ。
きっかけは、ジャングルジムから落ちたときのことだったな。
最近の公園じゃ、この手の遊具は危険だから用意されることは少なくなっている。リアルで見たことがある子も少なくなっているだろう。みんなはどうだろうか?
先生たちの身近にあったのは鉄パイプでできたものだ。握り、ぶら下がり、足をかけて、友達同士で決められたコースのタイムアタックにいそしんだり、鬼ごっこをしたり、スーパーマンごっこをしたり……。
大人からみると、危ういことを平然としてしまう子供心もあるもんだ。ロマンと人生経験値の少なさが重なって、「お前もしかして、自分が死なないとでも思っているのか?」と保護者目線では心配もツッコミもしたくなることを、平然とやる。
死まではいかなくても、落ちたら痛いだろうし、こういう夏の暑い日差しにさらされれば鉄パイプも熱をもって握れなくなる。
その手のヤバくてきつい思いをして学ぶから、いざ大きくなって注意を向けられる存在になれるのだと思うが……いやはや、ちょっとしたことで取り返しがつかず、ミスが許されない世の中はきついねえ、みんな。
で、先生の落下事件へ戻ろうか。
あのとき、先生はジャングルジムのてっぺんからダイブした。頭から真っ逆さまにだ。
自ら、飛び降りようとしたわけじゃなく、しばし遠くの景色を堪能して、いざ降りようとしたときに足を滑らせた。
くだらない理由さ。でもそれで本来は致命的なことになっていたかもしれない。
あっという間に迫る地面。視覚が現実を理解したくなかったのか、セピア色になっていく目の前。でも、想像していたような衝撃はなかった。
やわらかい。そして、弾む。
先生の身体は地面にぶつかる寸前、水風船か中身のたっぷり詰まったクッションに受け止められて、ぽんともう一度軽く宙に浮き、半回転して背中から着地した。
勢いはほとんど殺されている。家で疲れから、ばたんきゅーといわんばかりに背中から布団へ寝転がるときと、大差なかった。
その奇怪さもそうだが、ひっくり返った瞬間にみた光景も忘れられない。
先ほどまで、先生以外はいなかったはずの公園の敷地内。
それがいま、ひっくり返った視界のほんの数歩先に、影が立っている。
一本だけの足が眼に入った。しかし、それをのぞけば、波の模様をあしらったはっぴを着る、人間の小さい子供の後ろ姿に思えたんだ。
なんだ? と起き上がり、改めて向き直ったときにはもうその子はどこにもいなかった。
それでもって、先生が本来落ちていたであろうポイントは、水たまりがかわいた直後を思わせる、大きめのぬかるみが残っていたよ。
それから数年間、先生は幾度も事故に遭いそうになるたびに、紙一重のところでかわし続けていた。そこには、例の一本足の子供とおぼしきものの姿があったんだ。
意識しなければ、気づけていないようなところにいる場合も多く、先ほどの公園のように目と鼻の先に立っていたのはまれだ。
ずっと遠くのオブジェの上や、足のつけられない空中に浮かんでいたこともあり、「ああ、人間じゃないんだな」なんて、先生自身もぼんやり考えていたよ。
怖い、という感覚はなかった。危ないところを助けてくれる、恩ある存在だからかもしれない。ゆえに先生はそいつを衛星ならぬ、衛物と思うようにしたわけさ。
守り神、とは違う印象でもあった。神の響きに、どこかきれいなものを想像していた時分だ。一本足のそいつは気味悪い部類で、神と思いたくはなかったんだよね。
そうして、先生の印象を決定づける一件が起こる。
地元の橋の上。歩道を歩いていた先生から見た、対向車線を猛然と走る車の一台が、そのタイヤで石を飛ばしたんだ。
ゴルフボールくらいの大きさだったけど、顔面をうがつには十分だったろう。気づいたときには、すぐ目の前まで来ていたほどの勢い。直撃は免れないはずだった。
とん、と先生の視界の端に、一本足の衛物が降り立ったのと、石が急に方向を変えて先生への直撃コースを避けたのは、ほぼ同時だったよ。
衛物はほんの一瞬で消えたが、石はそうじゃなかった。しばらくすると、先生の後ろのほうでガラスが割れる音がし、続いて急ハンドルと切る気配と衝突音、人の悲鳴が続いた。
先生の歩く歩道のすぐ隣に伸びる車道。その後ろを走る車のフロントガラスの一部が割れて、ガードレールにぶつかっていたんだ。続く車がうまいこと停まるのが間に合い、玉突き事故は避けられたみたいだった。
死者は出ずとも、けが人は多くてパトカーや救急車も出張ってきて、けっこう交通制限されたなあ。
先生を守ってくれるのはありがたいが、そのために多くの他者を巻き込む。
自分より他人が大事、という聖人めいたことまではいいづらいが、あまり気分も良くならないからね。以降はもっと注意を向けるようになり、衛物の世話にならなくなるうち、「月並みな」幸運に落ち着いたってわけさ。




