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GOGOマスコット

 あ、先輩、カバンにつけるマスコット、変えたんですね?

 なーんですか、その「気づいてくれなくてよかったのに……」と言いたげな表情は。本当に見て欲しくないなら、わざわざ取り換えたりしないんじゃないですか?

 と、とことん追求したい気もやまやまですが、やめておきましょう。今日の先輩の顔つきの変わりよう、「興味のあること以外で、はなしかけてくんじゃねえ」モード入りですから。


 不思議なもんですよね。たとえ大好きな人が相手だとしても、いつだってその言葉、そのおしゃべりを快く受け取れるとは限らない。

 個人的な事情もろもろが積み重なると、外からのあらゆる声掛けがノイズかつ不快のもと。

 そうしてつい、悪しざまに払った一手でもって決定的な亀裂が入ってしまう……その修復にはえらい時間がかかります。ひょっとしたら、もう戻らずにいるままかも。

 おっとと、そう怖い顔をしないでください。先輩の好きそうな話をする前振りってやつですよ。こういうときの先輩にはうってつけの薬ですから。

 そのマスコットを見て、もしかしたらこれがいいかもと、ふと思いましてね。気分転換のネタになるといいのですが。



 ひと昔前、私もマスコットに凝っていた時期があったんです。

 とはいえ、厳密にはゲームセンターをはじめとした各所にある、UFOキャッチャーにハマっていて、その景品としてのマスコットたちですね。

 いわゆる、ガチャに近い感覚でした。幸い、キャッチャーに関しては、相性のいい人間だったようで、どんな難しいものでも5回以内にとって見せる自信が、当時はあったんです。

 特に足しげく通っていたのが、近所にある大型スーパーマーケットの一階。自動ドアの出口付近に設置されてあった一台ですね。

 小さい子供が、親と一緒に買い物に来たおり、目に留めて「あれ、あれ、やりたい!」と目を輝かせるものですね。よく計算されていますよ。

 まさかそこを陣取るのが、望みのターゲット層をひと回り超えるような学生だったのは、想定外だったかもしれませんが。


 お小遣いをポンポン落とす代わりに、私の家にはどんどん景品のマスコットたちが増えていきます。

 有名どころのものもありましたが、あえてそれを選ばないのが私の矜持。大衆に呑まれるのは、どこか負けたような気がしましたから。

 ごくごくマイナーなものを、みんなの前にさらしていく。

 それが私なりの個性であり、あのまま機械の奥底に眠るか、あるいは拾ってそれきり死蔵されるかよりも、ずっと作り手の気持ちを汲んでいるはず……。

 そう信じた心は確かにあり、今でもすべて間違いとは思いません。ただ、ひょっとしたら……という思いはありますね。



 ある部活帰り。

 ひょいとスクールかばんを手に取って、私は気づきます。ファスナーに取り付けた、先日取り換えたばかりの新入りマスコットが、妙に汚れていることに。

 今回、ぶら下げていたのは三毛猫のマスコット。握ったおすしの上へ、ネタ代わりに寝そべりながらくつろいでいる感じのやつですね。

 あの漫画みたいな、目も口も横棒一線で、ぼーっとしているのか、笑っているのかよく分からない表情。わたし、結構好きなんですよねえ。

 リアルでやると、あまりに妙で変な顔つきになるでしょう、あれ? デフォルメこそがキャラ芸だ~と、ゆるいポーズに惚れていた私なのですが。


 握り飯部分に、汚れが。

 ほこりとか、すぐ拭えるようなものじゃないんです。黒ずんでいるんですよ。

 あきらかに悪意を持った汚しでしたが、濡れたハンカチを使えばリカバリーの利く範囲。

 猫のデザインもさることながら、このマスコットはお寿司にも気合が入っていて、シャリの粒ひとつひとつを細かく削り出している手間のかけっぷり。

 その何粒かをけがしにかかるとは、クリエイター魂に喧嘩を売るも同じ。さては私をおもしろく思わない誰かさんのいたずらかと、マスコットへ近づくみんなへ、多かれ少なかれ注意を払い続けていました。


 しかし、少なくとも私が見る限りで、マスコットに手を触れた人はいないのです。

 なのに、ふとした拍子に猫の下のシャリの部分が元の白を失って、別の色に汚れてしまっている。

 拭えばとれるとはいっても、気味悪いですよねえ、これ。試しにビニール袋とかで覆ってみたんですが、それでも内側のシャリが汚れるんですよ。

 職人に劣らないほどの、見上げた情熱を持った者が犯人か。あるいは別の何かか……私ももう怖さとか畏れみたいなものを抱き始めていた、矢先のことです。


 塾からの帰りでしたねえ。

 すでに夜も遅い時間帯かつ、バス通いする身の上でしたから。あらかじめ塾の先生に、居残りさせないでくださいと、親から伝えていたくらいです。

 もう二時間もすれば、日付が変わってしまうような時間帯。ここを逃せば待ちぼうけでも、直行したなら余裕はもてる。

 暗闇に沈むバス停の脇で、私は多くの人がするようにスマホへ目を落としていたのですが。


 ぐいっと、肩へ引っかけていたカバンを不意に引っ張られました。

 もろとも、私を地面へ引き倒さんとする強い力。ひったくりのたぐいかと思いまして、そちらを見るより先に、ぐいっとカバンを引っ張り返してしまったんです。

 反射的な動きでしたが、カバンを引っ張る力がにわかに弱まりました。

 夜ということもあって、にわかに詳細な人相は分かりませんでしたが、私のすぐ脇の地面へ倒れ伏せる人影があったんです。


 それがまな板の上の魚みたいに、びちびち、びちびちと腹ばいになって跳ねるかのような動きを見せ始めたんです。

 のどからは、潰れかけのカエルが出すような、悲鳴じみた短い音。それとともに体を跳ねさせ、そのかっこうは私を何歩も後ずさりさせるに十分な姿でした。


 けれども、事態はそこにおさまりません。

 私は見たんです。影が跳ねるたびに、その人の身体がどんどん「薄く」なっていくのを。

 跳ねて、落ちての一動作ごとに、本来そこから見えるべきアスファルトや排水口の蓋が、身体のそこかしこからのぞけるようになっていく。

 それに気づいてから、もう三度も跳ねるうち、倒れ伏した人影はすっかり消失してしまったんです。

 ただひとつ、影のお腹の部分辺りにあたるところに、金色に光るナットらしき部品を残して。


 バスがほどなく来てしまったこともあり、私は満足にそれらを検討することもないまま乗り込んで、家まで戻りました。

 時間が経つと、あのカバンを引っ張られた感触さえ、本物だったか疑わしくなってきます。あの倒れこみ、何度も跳ね上がりながら消えていって、ナットらしきものを残した影の存在もまたしかり。

 しかし確かなのは、このときもカバンにつけていた例のマスコットのシャリ部分。

 ここがまた、黒く汚れていたんですね。塾を出た時はなんともなかったのに。

 しかも、これまで汚れた面積を大きく越えて、完全にイカスミに染まってしまったかと思うほどでしたよ。


 翌日。現場に戻ってみた私ですが、例のナットを含めて人が倒れていたような形跡はなく。警察沙汰どころか、人の話にものぼることさえありませんでした。

 でも、私はかの猫のマスコットへの疑念を募らせていきます。


 ――もしやこの猫が、銀シャリを凶器代わりにして、あの影を潰しきっちゃったんじゃないか。ナットはその人の持ちものだったか、あるいはもっと怖いもの……。


 考えた私は、カバンのマスコットを取り換えました。

 例の猫のマスコットは、他のそれと同じように押し入れへ直帰する道はとらず、私の勉強机の片隅に設置。監視の目を変わらずに張ったんですね。

 親にも頼んで、もし部屋へ入ることがあっても例のマスコットは動かさないようにしてもらったんですが、家から帰ってきても、この子は汚れ続けていって。


 とある日に、汚れきったシャリの部分を残して、猫はいなくなってしまったんです。

 取り外せるような作りじゃありませんでした。事前に、私自身が試みて、けっこう力を込めてもびくともしない固定ぷりだったんです。

 それがきれいに、なくなっていました。代わりに、そこへ残るのはあの夜に見たナットばかり。

 数メートル離れても香る金物由来の臭いは、えらくこすったり、長く稼働させたりしたおりに感じるような、強いものでした。


 あの猫が、どのような経緯でキャッチャーに潜んでいたのかわかりません。

 ただ、あのシャリを使って自分が自由に動ける準備を整えていたのは、「ぽい」と思いましたよ。



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