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迎えし痛み

 いよいよ12月か……マスクがますます手放せない季節になってくるな。

 ただでさえ鼻炎気味なのに、スギの花粉にイネの花粉……ことごとくの辛さが年末年始に集中してくるんだよなあ。

 いかに商戦を繰り広げても、もし花粉症を一時的にでも完全撲滅できる薬とか開発されたら、僕に動かせるお金の限りをぶっこんでもいいくらいだ。

 四六時中、付きまとわれる不快。こいつが生まれつきだったりとか、避けられないものだったりして、本人にとっての「当たり前」に溶け込むならまだいい。

 あきらめる、受け入れる、逆手に取る……長い時間が本人にとっての精神苦痛を和らげる手を講じさせてくれるから。


 でも、ある期間だけ、まるで試練のように課されるとかしんどすぎる。

「さあ、こい! 叩きのめしてやる!」と気張って構えていても、拍子抜けに終わってしまうことだってある。だが、やらなかったときの被害を考えたら覚悟もリソースも割かなきゃいけないからね。

 そうした覚悟は、利用しがいがあるのか……ときに、奇妙なことを呼び寄せるらしい。

 僕の聞いた話なんだけど、耳に入れてみないかい?



 日本で花粉症がはじめて診断されたのは、1960年代のことだという。実に最近といえるだろう。

 アメリカの駐在軍によるブタクサの持ち込み、スギの大量成長、日本人の食生活が変化したことに伴う体質の変化……花粉症が顕在化してきたのは、これらの要素の相乗効果と見る声はしばしばきく。

 かといって、昔にこの花粉症に似た症状がまったくなかったか、というとそうでもないらしいというのが、今回の話。


 今をさかのぼること、数百年前。

 僕の地元にいた甚兵衛という男は、齢5つのときから、現代の花粉症によく似た症状に悩まされていたそうだ。

 年末年始を迎えると、決まって彼はぐしゅぐしゅと鼻をならすし、よくかんだ。

 その鼻水は多く水っぽかったが、ときおり黄色をのぞかせることも珍しくなく、他の病もわずらっているのではと、疑われるくらいだったという。

 しかし、当時の医者の技術では甚兵衛を完全に治癒させることはできなかった。甚兵衛自身も、毎年この時期が来ると覚悟を決めざるを得ず、落ち込みっぱなしのときも珍しくなかったとか。


 そして、甚兵衛が13を迎えた年のこと。

 その朝の甚兵衛は、目覚めたときから顔面に強い痛みを感じていたらしい。

 皮膚の内側が盛んに悲鳴をあげているのだが、どこかを打ち付けたという風でもない。顔のどこを指圧しようが、痛みの強まるわけでもなく、ただひたすらに断続的な痛みを訴えてくるのみなんだ。

 これまでにないことに、甚兵衛はなお重圧を感じながらも、日を過ごしていく。


 この時の鼻水は、例年に比べてやたら粘り気に富んでいるものが、多かったらしい。

 チリ紙でもってよくかむと、離した先から鼻水が糸を引いて、橋のごとき形を有してしまう……というめったにないことが、当たり前のように起こってくること。

 それも単なる透明なものばかりでなく、黄色の混じったものであっても同じような現象を起こすことがたびたびあった。もちろん、目にする人にとっては不潔きわまりない光景である。

 甚兵衛も例年以上に、心がこたえていた。


 ――いっそのこと、この鼻がもぎれてしまえばいいのに。


 そう考える手に、おのずと力が入っていく。

 鼻水よ、身体の芯から完全に出尽くせといわんばかりに、一度当てたチリ紙はなかなか離さず、ありったけの鼻水を吐き出していった。

 しかし、時とともに新しく生成されていく鼻水を出しつくすことはかなわないことで。彼は来る日も来る日も、この格闘を続けていたらしい。



 この異様な鼻水が作られるのは、甚兵衛が顔の痛みを覚える日に限られていた。

 日を経て、痛みが和らいでくると、また鼻水も例年の水っぽいものへ戻っていくんだ。けれどもまたふとした拍子に、顔に痛みがまたやってきて、鼻水の質もそれに引っ張られるように粘っこくなっていく。

 変わらず、原因を突き止められずにいたが、よく一緒にいる友達のひとりが甚兵衛に指摘する。


「なあ、お前さ。今日はやたら顔が小さくね?」


 その一言を発した時点では、友達の直感に過ぎなかった。

 しかし甚兵衛はその言葉を重くとらえ、実際に自分の顔の長さを計測し、暇を見つけては幾度も確かめていったという。

 結果、痛みを新しくするたび、甚兵衛の顔の大きさは微妙に変化していたらしい。

 長くなったり、短くなったり。縦だけでなく、横幅に関しても同じような傾向が見られた。

 皮膚の膨張、などでは片づけられない、些細であっても確かな変わりように、甚兵衛の頭には嫌な想像がよぎる。


 ――よもや、自分の頭蓋そのものが何者かにいじられているのではないかと。


 以降、彼はつとめて自分の症状のことを、おおっぴらに訴えたり相談したりすることは避けるようになったそうだ。

 自分の想像が当たっていたら……という現実を、突きつけられたくない。そんな心の守り方だったのかもしれない。


 彼は40半ばに病で世を去ったらしいが、その数年後に起こった近所の山の地滑りにて、人の頭蓋がいくつも発見されたらしい。

 数十が固まった状態で見つかったそれらは、微妙に大小を異にしながらも、一点で共通をしている。

 それらの鼻の奥には、かすかな粘り気を帯びた金がぎっしり詰まっていたのだとか。

 甚兵衛の話を知っているものは、彼が痛みを訴えるときに、こうして頭を取り換えられ、異様な鼻水を出すときに合わせて、金を中で生成し続けていたのではと想像したのだそうだ。

 それが何者の意図によるものなのかは、分からずじまいのようだけど。

 


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