死神の料理
よし、蛍光灯の取り換えはこれで完了だ。
寿命間近の蛍光灯は嫌だねえ。あの点滅の仕方、そこにいるだけでどんどん目を悪くしていってしまいそうだ。
蛍光灯はもともと、猛烈な早さで明滅していて、長く使ったものはそのテンポが遅くなるために、あのような状態になる……とは聞いたな。
明かりはなんともありがたいもの。
昔は昼間の太陽の光に頼れるが、夜間や室内は火をはじめとした別の光源が求められる。
その火もひと昔前なら、油などを用いたものに頼らざるを得ず、時期によっては貴重品。
蛍の光に窓の雪と、いかに明かりを確保するかが難しく、大切だったかがうかがえる言葉よな。
それに比べると、闇はやすいな。
太陽と同じく、夜に任せることもできるが、そうでなくとも囲いや覆いにちょいと気を配れば手軽に用意ができる。
自然の中でも光の届く場所、届かない場所を探したら、後者が圧倒的に多いだろう。地下に潜るだけで、条件を満たすからな。
それだけポピュラーなものとなると、これまた多くの存在にとって好都合らしくてな。ときに不可解なことの引き金にもなるらしい。
俺の昔の話なんだが、聞いてみないか?
それは、雨戸を閉めるようになった冬の時季のことだった。
俺は寒さも苦手だが、暗いのもまた好きじゃない。陽の光を浴びないうちは、たとえ目覚めても、体中をけだるさの虫が這いまわって困る。
まなこを開くと、もぞもぞ布団から出て雨戸を開けにかかるのが常なんだが、今日はいやに顔のまわりが「しそ」くさい。
子供の舌的に、あまり好みじゃないもの。けれども食卓に並ぶときは並び、親に「食べろ、食べろ」とせっつかれるもの。
こんなもん、ぜってえ好きにならねえとあの時は思ったが、こうして歳食うと味覚が変わるって、ホントな。
あの味、あの香りを悪く感じなく思う自分がいる。くたびれた身体が、本能的に身体にいいもんを判別してんのか?
だが、あの時の俺は誓って、昨晩にしそは食べていない。
鼻でもいかれたかな? とぐしゅぐしゅ鼻の頭を手で押さえながら、窓にかかるカーテンへ手を伸ばす。
そして雨戸を開ける重たい音に遅れて、差し入ってくる陽の光。
普段なら心地よく受けるそれだが、この時は顔に受けるや、飛び上がりたくなるほどの痛みが走った。
ばたばたと洗面所へ駆け込む。
鏡に映る俺の顔は、口のまわりが真っ赤に腫れあがっていたんだ。指が軽く触れただけで、じんじんと痛みが内側にまで届く。顔を洗おうと、水をあてがっても同じようか感じだ。
目元だけ、濡らしたタオルでぬぐう。食事に関しても箸がかすれば大惨事で、いつもの何倍も気をつかう羽目になった。
マスクして隠すのも考えものだ。いかに柔らかい生地とはいえ、こすれればおろし金にかけられたような、激痛への摩擦となる。
四苦八苦する俺の様子を見やった母親が、ふと妙なアドバイスをしてくれた。
今日一日は、なるたけ明るい場所で過ごすように心がけろ、と。
「あんた、ひょっとしたら『死神の料理』の台にされているかもしれないからねえ」
母は話してくれた。
人が明るさの元で精密な作業をするように、人でないものにとっては、あべこべに暗さの元で作業するほうがはかどるケースが多いらしい。
雨戸を閉めたうえで、寝入ってから起きるまでの数時間。俺の口のまわりは、その作業場に使われたかもしれないと。
そして、起き抜けに嗅ぐことになった、しその香り。日光を浴びてより、痛みと引き換えにして消えてしまったものだが、それこそ死神の料理の可能性が高い、と。
「死神が仕込むものといえば、やはり命。あんたの口まわりは、その命を調理するために使われ、その残りかすが香りに、飛び散ったものが痛みとなって現れたのかもね。
遠ざけるには、死神が『もうあそこは使えない』と愛想つかしてくれるのを待つのがいい。ヘタに暗がりへ行くと、かぎつけられるかもしれないしね……」
その言に従い、俺は登校中も学校に入ってからも、極力光のある明るいところを通っていった。トイレを使うにしても、明かりをつけて窓も開けて、少しでも内部の光量が増すように心がける。
その甲斐あってか、午前中の数時間で痛みはだいぶ引き、給食の際も朝ほど気兼ねすることなく食べられたんだけど、問題は午後の授業だ。
社会の時間。
てっきり教室で授業かと思いきや、新単元に入るにあたってビデオ鑑賞を行うと来たもんだ。しかも視聴覚室へわざわざ移動し、スクリーンまで使う大掛かりなものだ。
不安は当たった。映像を少しでも見やすくするために、窓側も廊下側も遮光カーテンがぴっちり引かれてしまう。
隣に座る子の顔さえ、満足に確かめられない暗闇。その中で俺は、いったんはおさまりかけていた口まわりの痛みが、またにわかに強まり出すのを感じていた。
ビデオはマグロ漁の流れを映していたが、俺はそれどころじゃない。
今朝のしその香りに加えて、そこに魚肉の香りを鼻に感じていたんだから。痛みをまた伴いながらだ。
これが新鮮な寿司ネタのものならまだよかったが、あいにく何日も放置した生ごみに近い悪臭。つんと鼻の奥さえかゆみを感じるが、ヘタに鼻をつまむわけにもいかない。
唇をせりあげて、鼻の穴をちょっと押さえようとしただけで、また涙が出そうな痛みがあったからだ。もし外から指の圧などかけようものなら、どれほどになるか。
声を出して痛むのも御免だと、俺は映像に集中しようとする。いつになったら終わりを迎えるかばかりが、関心事だ。
何も触れていないはずなのに、俺の口周りは床屋のカミソリ以上にひりつく何かが、這いまわっていたよ。
ゾリ、ゾリという音に加わるのは、毛をピンと引っ張ったかのような感触。ヘタに動くとまた変な痛みが来るだろうから、じっと我慢はしていた。
映像は漁師さんらしき人のインタビューが行われつつ、バックではオープニングで聞いたのと同じ、テーマ曲らしきものが小さく流れている。
――これは、もう終わりに差し掛かった演出では?
喜びもつかの間のこと。
窓際の生徒たちが、カーテンを開け放つのと、俺の唇全体がたっぷり引っかかれるような痛みをもらったのは、ほぼ同時だったんだ。
あの時はひどかったよ。
明るみにさらされる俺の唇まわりは、血で真っ赤っか。唇そのものに関しては、もう触れる空気すら、もだえずにいられない痛みを運んでくる。
表面がな、ことごとくはがされていたんだ。ことによると、ちょっとかじり取られたかもしれない。
死神の料理。それは俺の口の周りを皿代わりに、俺の唇を刺身のツマ感覚でかじっていったのかねえ。




