まなこ息
ため息をつくと幸せが逃げる。
たいていの人が一度は聞いたことがある、ジンクスのひとつじゃないか? しかし、それはどこまで本当なのか。
ため息はほとんど深い呼吸といっていい仕草。呼吸は身体の中の空気の入れ替えで、それを行うことは身体の循環や代謝をうながす一助となる。
身体にとってはいいことで、むしろ幸せを呼び込むんじゃないかともとれよう。
じゃあ、なぜこのような話が広がったかというと、ため息を見て不快に思った他者が「幸せが逃げる」という建前でもって、やめさせにかかったから……と聞く。
実際の効果はどうあれ、見栄えというのもまた大切。見る人をいい気持ちにさせないと、こうして止められてしまうからな。
せっかくの効果的な意図も伝わらず、結果的に伝え損なった人の「幸せが逃げる」かもしれない。
ため息をついた人の幸せが逃げる、とは言っていないからな。ふふふ……。
昔から、その手の見た目悪さゆえに、割りを食う話は結構あるもんだ。俺も最近、新しいものを耳にしたんだが、聞いてみないか?
吐息、鼻息、まなこ息。
話をしてくれたばあちゃんの地元では、そのような現象が見られたという伝説があるらしい。
吐息、鼻息に関しては、あらためて説明するまでもないだろう。口や鼻から外へ出される息のことだ。
が、ばあちゃんの話だと、目ん玉も同じように息をしているんだと。こいつこそが、まなこ息。
それは誰もが行う、まばたきによってつむがれる。ひとつの開閉により、目ん玉からはかすかな量の息が漏れ出るんだ。
意識して目を開け閉じしたとして、大量に出るとは限らない。そして、出る息もたいていの人は気が付かないものだ。
こうして話している俺からも、聞いているお前からも、目から息が出ていることは分かるまい? 手をかざしたところで、前の2つのようなはっきりとした強さもないだろう。
だが、こいつの息が漏れる事態が、ごくまれに確認できるんだとさ。
その昔、かの地域は一足早い冬の訪れがあった。
急な気温の変化に体がついていけないのか、村民たちは大いに鼻水を垂らした。
村のそこかしこで鼻をかみ、腕でこすったり、のどの奥へすすってみたり。風邪をひく一歩手前を思わせる気配が、周囲に漂い始めていたんだ。
寒気のうずくまりを示すように、人々の口からは盛んに息が白づいて流れていく。
まなこ息が現れたのは、まだ生まれて10にも満たない女児だったという。
親たちに遅れること半刻。長く閉じていたまなこを開いた彼女は、とたんに盛大な煙を吐いた。
その両目からだ。そばにいた母親は、一瞬とはいえ、家の天井近くまで伸びたその煙の軌跡を見届ける。
かやぶき屋根の中心に立つ大黒柱。その肌をなめるように駆けあがった煙は、天井へぶつかるや、四方へ霧散。壁へ伝うような動きを見せながらも薄まり、見えなくなってしまった。
彼女のまなこ息は、その一度にとどまらない。
家の中にいるときのみならず、外でも遠慮なしに煙が目より飛び出たんだ。
一回一回は、ほんの一瞬のこと。大人たちは気味悪がり、子供たちはというと、はじめこそ面白がってはくれた。
しかし、それが嫌な香りを伴うことが分かれば、その視線も怪訝そうなものに変わっていく。
お香のような品のあるものじゃない。かといって、物を燃やして出るシロモノのように、目や鼻をいたずらに刺激しにかかる性質でもない。
水のようだった、と伝わっていく。
山奥よりの湧き水、その冷え切った源泉からくみ上げたばかりの水でのどを潤す心地よさ。それが口を通り、胃へ注がれるなら、さぞ快いものだろう。
しかし、それが差すのは鼻の奥。そこより広がる首、頭蓋、骨髄、四肢……慣れない清涼は、一歩違えば苦痛と化す。
煙を浴びるや、瞬時に身体を満たす冷却を、村民たちは不快と受け取った。何より、彼女のまなこそのものも、煙を吐くのを未だ止めない。
日をまたげば、落ち着くかと思われたがそれもない。
応急処置として、彼女は手拭いによる目隠し状態で過ごすこととなり、その間に解決法が探されることになった。
彼女は目隠しをされたうえでまぶたを閉じ切っていたようだが、そこから漏れ出るものはごまかせず。
時間を追うごとに、手拭いは自然と湿り気を帯びて、目のあたりに黒々とシミを浮かばせてしまう。取り替える際の彼女の目元のまつげは、霜がおりたかのように真っ白く染まり、震えが止まらずにいたそうなのさ。
そして、いくら配慮をしても、当初の煙をもろに受けた印象は簡単には拭えない。
彼女から遠ざからんとする人は、時を追うごとに増えていき、いよいよ彼女は自宅内に軟禁される運びとなってしまったらしいのさ。
遠出した村の者が高僧を連れて戻ってきたときには、出発から4日が過ぎていた。
僧はただちに娘のもとへ案内されるが、その際に見やった人々の顔をいくつか見やると、驚きの声をあげた。
村人にはそう思えなかったが、僧の目には彼らの顔が土気色に変じていると感じられ、近く体調を崩す兆しだと断じたらしいのさ。
それも彼女の近くへ行くにつれて、皆の顔色はよくなっていき、彼女自身に至ってはまばゆいばかりの白色を放っているように感じられたとか。
そこで高僧は、まなこ息の存在を皆へ語ったらしいのさ。
大患が世に広がるおり、まなこ息を帯びし者が地上へつかわされる。
その息、あまねく気に混じりて、下々の活気を護り通さんと、語り継がれていたものらしい。
もっとも、高僧自身もまなこ息は以前に一度、確かめたきりのもの。まれに起こることと聞いていただけに、二度目を見るとは思わなかったようだが。
僧いわく、こうしてまなこ息を塞ぐのはよいものではない。すぐさま解き放ち、空気に満ち満ちさせた方がいいとのことだったが、その指示はいささか遅かった。
彼女の目を自由にした翌日から、土気色がひどいと判断された者は、次々に病床へ臥せってしまう。
熱が引くまでの間、その手足はじょじょにどす黒く、ぶよぶよした手触りに変じていき、腐るところまではいかずとも、もはや元に戻ることはなかった。
まなこ息そのものを越える己の身の醜悪さに耐えられず、悲惨な選択をとってしまったものも少なくないという。




