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源泉徴収のこだわり

 なに? びっくりのための落とし穴を掘ったら、はまった人が命にかかわる大けが?

 こりゃまた、しんどさとこっけいさが入り混じったニュースだな。

 この手の身体を張る系のドッキリは、さじ加減が難しいよなあ。最初から、あると分かって待ち受けるのと、そうと思わず不意打ちを食らうのとじゃ、同じ攻撃でもダメージがまるで変わってくる。

 仮に仕掛ける側がたいしたことないと思っていても、罠があるとはつゆ知らず、不用心にかかったんじゃ、この手の事故が起きるのもおかしくないな。


 俺たち、普段はけっこう気を抜いているところもあるだろ? 

 四六時中、知識にあるすべての可能性を想定して、望めているわけじゃない。頭も体も疲れきるからな。確度が高そうなもの以外は、考えの外へ置いているだろう。

 だから俺たちは、にわかに信じがたい妙な体験をすることがあるんじゃないかと、俺は思うんだ。

 その実、枯れ尾花だったとしても、思わぬ認知やアプローチで虚をつかれると強く印象に残る。元から知識があろうと、なかろうとな。

 俺の昔の話なんだが、聞いてみないか?

 

 学校の体育の時間、だったな。

 その日は陸上競技がメインで、俺は短距離走のタイムを計っていた。

 俺はどうも、全力で走るのが苦手だ。過去に一度、全力で走っている最中、猛烈に足をひねっちまってな。治っているはずなんだが、あのぐにゃりと足がのめって、はでにころけた記憶が抜けきらねえ。

 走りに勢いがついてくると、ふとその記憶が脳裏をかすめる。「もし、これ以上力を入れて、また転ぶことになったらどうなるか」という、不安となってな。

 思いきり走れなくなった。そうと思わずとも、足をかばうような体重のかけ方となった。

 そこへ不自然に出っ張った石がつま先をとらえる……となれば、もう役満さ。

 

 なかば前方へ飛ぶようにして、俺はすっころんだ。

 とっさに手をついて、顔などは守る。が、その分のダメージはもろに手が引き受けて、べろりと皮がむけちまった。はた目にも分かる、ひどい血の出具合さ。

 すぐ洗うのを進められて、昇降口近くの洗い場へ。手に比べりゃたいしたことないが、膝小僧もやられている。その表面を赤く染めるものが落ち着くまで、さんざん冷水のお世話になった。

 手のひらの傷は、擦ったものにくわえて、石にいくつか刺されてできたものも混じっている。止まるまでにはちょっと手間がかかったが、ひとまずは何とかなった。

 保健室で処置もしてもらったし、さほど日を置かずに傷もふさがる見込みではあったんだが。

 

 翌日だ。

 風呂に入ったときも、すでに血は固まっている気配があって、さして問題にならないと思ってはいたんだが。

 いざ洗顔で水をすくい、ごしごしと頬をこすったところで、鏡に映る自分の顔に肝をつぶしそうになる。

 水ににじむ赤、赤、赤……俺の顔面はほぼ血まみれになっていたのさ。手のひらからにじみ出る血によって。


 ばかな、と思った。

 血行を良くする風呂の中でさえ血を出さず、寝てから今までなんともなかったところなのに。

 かさぶたが取れたのだとしても、あまりに元気がよすぎる。だが何より、この惨状のインパクトが大きすぎた。

 すぐさま顔も手も、盛大に水を出して洗う。くっついただけの顔はともかく、新たに噴き出たと思しき手の方すら、いざ水攻めされると勢いがぴたりと止んだ。

 洗われるまま、どんどんと流水とともに排水口へ渦巻いて飛び込み、残る手にはもはやほんのわずかな皮膚の破れを残すのみ。

 あれほどの「染め物」をしてのけた血のほとばしりは、すっかりなりを潜めてしまっている。

 こうも血があっさり止まるなどあり得るのだろうか? 新しくにじむ様子さえ、みじんも見せずに?

 念のためにばんそうこうを張り、その日も俺は学校に向かったんだが、やがてぽつぽつおかしいことが起こり始めたんだ。

 

 まず、涙が勝手に出る。

 かなしいわけでも、おかしくてたまらないわけでも、あくびを猛烈に我慢したわけでもない。

 まばたきもせずに、そうと分からないまま、ぽろぽろ涙が垂れ落ちる。俺と相対する人のほうが先に心配してくれるほどのさりげなさで、俺のほうが「まじか」と驚いたよ。

 ストレスがとてつもなく溜まると、似たような症状を起こすケースがあると聞くが……少なくとも俺はそこまで深刻なつもりはない。

 

 午前中いっぱい、俺はところどころで泣きっぱなし。

 昼頃にはようやくおさまり、胸をなでおろしたのもつかの間のこと。

 お次は、目の中にゴミとまつげが同時に入ったかのような感触が襲ってきたんだ。

 まつ毛が入った経験、あるか? ゴミと同じようなものと思って、目ん玉こすってみ? すぐに自分の行為を後悔するほど、きつい痛みが走るぜ。

 下手にこすることはできず、かといって自然な解決を試みようにも、涙はいっこうに出てきてくれなかった。

 

 慎重に、何度もまばたきをしても変わらない。

 午前中の落涙の様がウソのように乾いてしまい、一滴のうるおいも見せてくれなかった。

 いや、というよりもむしろ……。

 ごろつく違和感と痛みの奥。俺は、身体の内側に響く音を聞いていた。

 今朝、血を流すのに流した大量の水。それらが排水口に吸い込まれるときさながらの、うず巻きの気配。

 

 違う。涙は枯れ果ててしまったんじゃない。

 出ようとした端から、何かにすすられ、取り込まれて、本来出るべきタイミングで、出ることができなくなっているんじゃないか。

 午前中の涙は、あらかじめ貯めこまれていた古い涙。それがなくなったいま、これから作られる涙は新鮮そのもの。

 近郊農業にもほどがあるシャキシャキティアーズを、この眼の奥の何かは堪能し続けているんだ。

 

 そう判断するや、俺は休み時間に男子トイレへ。

 廊下の流しでは人目につく。うちの学年の男子は、めったにこちらのトイレを使わないから、秘密の実験には向いている。

 そして俺の推察通り、そいつは姿を見せた。

 まばたきも極力しないようにしながら、蛇口からの水を何度も眼球へ打ち付ける。

 その果てに、ぽろりと落ち来るのはわらくずを思わせる、細い体躯の生き物だった。


 一匹こぼれると、そこからはもう芋づる式だ。

 ぼろぼろと、おもちゃか何かのように流しへ落ちゆくそれらは、総計で数十匹にも及んだ。

 文字通り、浴びるほどの水の中で奴らは盛んに身をくねらせて、暴れている。やがて新手がなくなったのを機に、俺はトイレットペーパーを引っ張り出してそいつらをことごとく包んで、ゴミ箱に投げ込んでやった。

 改めてみる俺の顔は、両方の白目の部分にわずかな黒い点を浮かばせるほか、両頬の広い面にあばたのようなくぼみがたっぷりできていたよ。


 あいつらは、肉眼で見ても分からないほど身を縮めて、俺が手をついた地面に潜んでいたんだろう。

 それが粘り強く手の内側へ引っ付き続け、本命たる涙の源泉へ飛び込む機会を得るまで、じっと待っていた。

 あのまま放っておいたら、涙以外に何をすすられていたか……考えるに、いい気持ちはしてこねえな。


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