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砂漠の月  作者: ちあき
第六章 放たれたカナリア
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忍び寄る影

それからのアイトの立ち直りは目覚しいほどだった。

外面を完璧に取り繕うのは変わらないが、よく話すようになり積極的に学ぶ姿勢を見せた。


「砂漠の中立集団ルナハクト…」

「そうさ。お前今度ウォーター・シストへ渡ってみるか?世界が変わるぜ?」

「ウォーター・シスト?」

「ああ。美しい俺たちの故郷さ。あそこを見ればこの国がどんな国だったのか、少しは理解できる」


話し相手は主にベルだった。

ここの風潮なのか、ベルはアイトを新米扱いはするが決して子ども扱いはしなかった。

お陰でアイトは引け目なく話すこともできた。

ゼンは基地に戻るとアイトの素性をすっかり皆に伝えていた。

後々露呈するより今知っておく方がややこしくないと言い切るのが彼らしいところだ。

お陰で敬遠されたり奇異な目で見られることが多かったが、言い換えればそんなこと気にもかけない者だけが周りに残った。

ルナハクトで新しい事を知れば知るほど、アイトは逆に新都でしか学べない事もあると気付いた。

だから、ほんの数ヶ月で新都に戻ることを決意した。


「僕は、僕にしか出来ない事を探そうと思う」


見送りに来たゼンは、すっかり落ち着いた目をしているアイトに笑みを浮かべた。


「いつでも戻って来い。今度はルナハクトでしか使えない剣術を教えてやるよ」


気前のいいゼンの隣では、全身傷だらけのあの岩のような男がむっつりと腕を組んでいた。


「ええのかよ、ゼン。こいつは新都人のスパイにだってなりかねんのだぞ」

「固い事言うなや、ライコオ。俺の人を見る目は曇っちゃいない。確かにアイトは新都人だが、心はルナハクトにある。そうだろ?」


アイトは初めて朗らかな笑みを見せた。


「僕は成人を迎えたら改めてルナハクトに籍を置きにくる。それまでは出来る限り通うよ」

「通うんかいっ。そんなことがバレたらそっちが大騒ぎになるんじゃねえか?」

「そんな下手なことはしない」

「へっ、言うじゃねぇか。まぁお前ならいつでも大歓迎だ。戻って来いよ、アイト」

「ああ」


アイトはゼンに新都の近くまで送ってもらうと自らの足でヒガへと帰って行った。

それからは宣言通り時間を見つけてはルナハクトへ通う日々が続いた。

時間や日程を自分で調節し、怪しまれずに砂漠へ出る段取りを組み、新都とルナハクトの両方でそれぞれの知識を学んだ。

休む暇など殆ど無かったが、年齢と共に頭角を現し次第にルナハクトでも支持を得るようになっていった。

いつでも、どんな時でもルナハクトはアイトの救いであり家であった。

だから…だからこそ、そこが侵害されることは断じて許せなかった。





ーーーーーーーーー





窓から差す日が徐々に高くなっていく。

物思いにふけっていたアイトは、か細い声で我に返った。


「レイマ?」


アイトは白塵刀をテーブルに置くとベッドに腰掛けた。


「おはようセリー」

「どうして刀なんて…。また戦なの?」


セリーは怯えた顔になった。

アイトはセリーの体を引き寄せると手の中でさらりと流れるシルバーブランドの髪を撫でた。


「君は何も心配しなくても大丈夫だ」


セリーはアイトの気配に敏感だ。

瞳に不安を滲ませるとアイトの背中に手を這わせた。

アイトの胸に頭を寄せていたセリーの体が急に強ばった。

顔を上げると目を大きく開いてアイトの瞳を見つめた。


「アイト…?」


セリーの目は正気に戻っている。

アイトは落ち着いてセリーを離した。


「私…」

「大丈夫。君を傷つけるようなことは何もしていないよ」

「…」


セリーは小さく頷いた。


「水を入れてくるよ。喉が渇いただろう?」

「あ…」


立ち上がろうとしたアイトの手を思わず掴む。

セリーは自分でも戸惑いながらアイトを見上げた。


「私…私ちゃんと覚えてる。ごめんなさい…。貴方に、ひどい迷惑を…」


アイトはセリーの手を握り返した。


「いいんだ。僕がセリーを守りたいだけだから」

「…」

「セリー、今日の午後四時にエアクラフトが砂漠に向けて飛ぶ事が決まった」

「え…」

「砂漠へ帰れるんだ」


セリーは目を見張ると複雑そうにうつむいた。

砂漠へ帰ったからといって、もう元に戻ることはない。

それに急に一人にされることを思うと不安と恐怖に押し潰されそうだ。

黙り込んでいるとセリーの思いを見透かしたかのようにアイトが言った。


「心配しなくても砂漠へ帰ってすぐ誰かに君を引き渡すことはない。ずっと僕がそばにいる。セリーがもう離れても大丈夫だと思えるまでは安心して身を任せてくれていい」

「…」


繋がった指先が温かい。

今、全てを任せられるのはアイトだけ。

でも次にまたいつ正気に戻れるのかは分からない。

セリーはアイトに手を伸ばすと躊躇いながら抱きしめた。

言葉にできない、ただ一言。

…行かないで。

二人の間にあるものは極めて微妙で、曖昧、そして繊細なものだ。

アイトはセリーを壊さないよう、小さな背中を包むように抱き返した。


二人は時間をかけて身支度を整え部屋を出た。

基地内にはまだエアクラフトは戻ってきていない。


「昼過ぎには戻ってくるそうだ。その後メンテナンスが終わってから午後四時に出発だ」

「出発?何処かへ行くの?」

「え…」

「また前みたいに一緒にエアクラフトに乗れるのね」


アイトはぎくりとしてセリーを見下ろした。


「セリー…」

「どうしたの?」


セリーは美しく微笑んでアイトを見上げている。

足を止めると反応のないアイトを不思議そうに見つめた。


「私、何かおかしなこと言った?」

「…。いや」


穏やかに微笑むとアイトはすぐに頭を切り替えた。


「セリーとエアクラフトなんて乗ったかなと思って」

「だってレイマがハーレア湖の向こうに用事があるからってついでに連れて行ってくれたんじゃない」

「ハーレア湖…」


それは一千年前に、巨大な砂漠が広がる前にあったと言われている湖だ。

セリーは嬉しそうにその時のことを話している。

アイトは曖昧な相槌を打ちながら黙って聞いていた。

外に出るとツァラ達が丁度隊列を組み出て行く所だった。

アイトに気付いたツァラが小さく手を振っている。

アイトは手を振り返すと最後まで見送った。


「さて。四時まではまだまだ時間がある。といっても流石に今日は外には出られないから基地内でゆっくり待とう」

「エアクラフトでどこまで行くの?」

「…君の帰るべき場所だ」

「え?」


セリーは首を傾げたがアイトはその話を切り上げ歩きだした。

午後一時。

エアクラフトは予定通り帰還した。

忙しく点検と整備が行われる中、この基地に忍び寄る影があった。

それは風のように敷地内へ侵入すると、周りを警戒しながらエアクラフトに近づき、じっと息を潜めながら時が来るのを待っていた。

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