シュルナーゼの役目
セリーの情緒が安定するまでシュルナーゼは出来る限りずっとそばにいた。
せっせと世話を焼き、毎日笑顔であれこれと話しかける。
おかげでセリーは少し落ち着きを取り戻していた。
花を見ていると人の心は安らぐとアイトに教えてもらったので、庭から摘んできた一輪の花をグラスコップに差し窓辺に置く。
淡いピンクの花は夕風に揺れ、その窓越しに林に向かって歩くカズラが見えた。
シュルナーゼは窓から大きく身を乗り出した。
「カズラ!!」
「おぁ!?シィ、あぶねーぞ!!」
「平気だよ。海へ行くの!?」
「ああ。シィも来るか?」
「え…」
シュルナーゼは身を引っ込めた。
窓に手をついたままそわそわとしていると、後ろから声がかかった。
「シュルナーゼ、行ってきて」
「セリー…」
「ありがとう。私なら大丈夫よ」
シュルナーゼは少し躊躇いセリーにそっと抱きついた。
「うん、ちょっとだけ行ってくるね。綺麗な星の砂持って帰ってくるね」
花のような笑顔を残し部屋を出る。
階段を降りる足音は途中から駆け足に変わった。
帽子を掴み、玄関扉を飛び出たシュルナーゼは真っ直ぐカズラの元へと走った。
「カズラ!!」
「おう、来たな」
カズラはウキウキとする少女を連れて小さな林を抜けた。
木がなくなると急に視界は見渡す限りの浜辺になる。
その先は夕日に輝く海だ。
「海!!」
「シィ、あんまり走るなよ!また転ぶぞ!」
「うん!!見てカズラ!!砂漠砂漠!!」
「浜辺だ浜辺」
帽子を飛ばされないように押さえながらはしゃぐシュルナーゼは、初めの頃のように触れれば倒れそうな弱々しさが全く感じられない。
あれこれと興味を持ち、ころころと表情を変えては海に負けないくらい眩しく笑っていた。
「カズラ、一番星!」
小さな指先に誘われて空を見上げると、一等星の白い星が光り始めていた。
シュルナーゼは砂の上で膝を抱えると沈みゆく太陽を最後まで見つめていた。
辺りが暗くなってもなかなか動こうとしない。
少女の数歩後ろで待っていたカズラは、しばらく経った後声をかけた。
「シィ、そろそろ戻るぞ」
「…」
返事のないシュルナーゼを不審に思い隣まで歩み寄る。
「シィ?」
「カズラ…」
おずおずとカズラを見上げると、シュルナーゼは泣きそうな顔で言った。
「私…いつ砂漠に帰るのかな」
「…」
ここのところシュルナーゼはずっとにこにことしていた。
それにすっかり安心していたが、この少女も内面では相当な我慢をしていたのだろう。
カズラは今更ながらにそんなことに気付くと、隣にしゃがみ込み帽子の上からポンと大きな手を置いた。
「悪い。そうだな、セリーも調子よくないしシィも不安だったよな」
「うん…。でもね、それ以上に私こわいの。この体でいることはとても楽しくて…楽しくて楽しくて、だんだん自分の役目も忘れていきそうで…」
「役目?」
こくこく頷くと、その瞳からぽろぽろと数滴のしずくが落ちた。
カズラは不器用な指でシュルナーゼの涙を拭い、足元まで迫る波に濡れないように立たせた。
「シィ。俺にはシィの言うことは正直よく分からん。でもな、思うことがあればそれはいつでも聞くぞ」
闇に落ちていく海は優しい波の音だけを残してくれる。
包み込むような星の中で、カズラの実直な思いはシュルナーゼの胸に響いた。
二人は黙って波の音を聞いていたが、徐々に海風が冷え始めた。
「風邪引く前に戻ろう」
促されて浜辺を大男と並んで歩く。
林に差し掛かったところで、シュルナーゼは足を止めた。
その手はカズラの服の裾をぎゅっと握りしめている。
「ん?どうした?」
「カズラ…。私の役目は、セオを生きたまま永遠に砂の中へ閉じ込めることなの」
「なに…?」
カズラは思わぬ話に眉を寄せた。
「セオってのは、一体誰だ?」
「セオは最後のウワカマスラ…。セオが死んでしまったら、私たちは消えてしまう。そうなればもう誰も砂漠から溢れ出る穢れたサンドフローは止められない。だから…」
シュルナーゼはまたポロポロと泣いていた。
「アメットはセオが子を残さない選択をするのなら、セオ自身を永遠に砂の中で眠らせるしかないと言っていたわ」
カズラの顔が厳しく歪んだ。
「シィ。よく分からんが、そういうのは人身御供っていうんだぞ」
「分かってる。でも、仕方のない…こと…」
言いかけた言葉が喉で留まる。
シュルナーゼは今まで誰にも言えなかった事を震えながら口にした。
「私…私、それがどれ程酷いことなのか今までちっとも分かってなかった。だって永遠に眠るセオのそばにはずっと私たちが居てあげればいいと思ってたから…!!でも、でも私…セオにもうそんな酷い事できないよ…!!」
「シィ…」
シュルナーゼは外の世界を知ってしまった。
人として生きることがどれ程楽しくて素晴らしいことかも。
カズラは泣きじゃくるシュルナーゼを抱え上げた。
「そんな事を一人で悩んでいたのか」
「うぅ…。私、どうしたら…」
カズラは少女のポケットからべっこう飴を取り出すと口の中に放りこんだ。
涙の辛さに負けない甘い味がほんのりと広がる。
「突飛な話だが、時間はまだあるんだろ?意外と別の方法は外にあったりするかもしれないぞ。俺も一緒に考えてやるよ」
ただの人間であるカズラの手に負えない問題だということは、互いに分かっている。
それでも受け入れてもらえた安心感に、シュルナーゼはまたぼろぼろと涙を流しながら太い首にすがりついた。




