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砂漠の月  作者: ちあき
第四章 ウォーター・シスト
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巨大絵画

リョウは中に入ったことはやはり間違いだったと早くも青くなった。

寒々しい廊下を通り、もう一度大きな扉をくぐった先に待つのは何百人もの信者達だった。


「シエル様…シエル様だわ!!」


誰かが声を上げた途端、広い身廊に集まっていた信者たちは一斉に振り返り爆発的な歓喜の声を上げた。


「シエル様!!シエル様!!」

「あぁなんてオリーブ様にそっくりなのでしょう!!」

「おかえりなさいませ!!」

「おかえりなさいませ!!」


さっきの比ではない熱狂的な歓迎にリョウは本気で冷や汗が出た。


「セオ、これやばいよ…」

「ああ。隙を見てここから出るぞ」


後ろを見れば少し離れた所でバンビとハイトラが不安そうにこっちを見ている。

セオはそこまで人を掻き分けるとバンビを引き寄せ耳打ちをした。


「バンビ、俺は適当な隙を見つけてリョウとここを出る。お前とハイトラは皆がリョウに気を取られてる今のうちに出てろ」

「ででで、でも…!!」

「フライト盤で昨日待ち合わせた噴水まで戻れ。後で落ち合おう」


勝手に言い終えると、セオは隣のハイトラにバンビを守るように目配せした。

ハイトラはしっかり頷くとすぐにバンビの手を取り、くいと引いた。


「あ、ちょっ、ハイトラちゃん!」


ハイトラ自身も人でごちゃごちゃしたこの場所から一刻も早く出たかったのだろう。

バンビを引っ張ったままとっとと流れを逆走して行った。


「せ、セオぉ!!」


声に反応して振り返ると、リョウは既にかなり前まで流されていた。

どうやら内陣が終着地点のようだ。

セオはこのまま熱狂的にごった返す人を掻き分けるより、壁際まで抜けて前へ進む方が効率的だと判断し横へ逸れた。

内陣へ押し上げられたリョウは、見るからに立派な装いの壮年の男と対面することになった。


「あ、あの…」


立ち竦んでいると強面の男はリョウの前に跪いた。

合わせるように他の信者たちも一斉に膝をつく。


「お帰りを信じ、この十一年我々は苦しみに耐え抜きました。貴方をお導きくださった大地の神に感謝致します」


男が厳かに言うと、あちこちから感嘆の吐息やすすり泣きが聞こえてきた。


「あの、だから、人違いですって!!おれはシエルとかいう人じゃないよ!!」


耐えられなくなったリョウはやけになって大声で言ったが、男はびくともしなかった。


「間違いなものですか。これをご覧ください」


男が手を挙げると、リョウの右手にある大きな壁の幕が左右に開いた。

出てきたのは巨大な絵画だ。

女性が真ん中で伏せ目がちに微笑み、その手には女性によく似た赤子が抱かれている。

背景には大地を象徴するデザインが大きく描かれ、左端には砂漠で見るような濃い色の月もある。


「オリーブ様とシエル様です。いかがですか。貴方は生き写しのようでしょう?」

「いや、生き写しとか言われても…」


女性は女神として扱われていたのであろう。

その顔はどこか抽象的になるようにぼかされているし、大量の羽やら光やらを背負わされていている。

はっきり言って自分と似ているのは髪と瞳の色くらいだ。

リョウは困って頬をかいていたが、絵画とリョウを交互に見た信者たちはまた感激の涙を落としていた。

信者たちの間から絵画を見ていたセオは、その一部に釘付けになっていた。

巨大絵画の一番下には、邪魔にならない程度の飾り文字で名が描かれていた。


リア・オリーブ・クアン・シエル


これはウワカマスラの名前表記の仕方だ。

リアは呼び名、クアンは正式な子どもを意味している。

そしてその下に表記されていた真名が…


「サラ・…ユキネ」


無意識に読み上げたセオの声は、語尾がかすれて消えた。

大聖堂の門前では、なんとか人混みから逃れたバンビとハイトラが爽やかな空気を大きく吸っていた。


「はぁ、辛かった…」


ハイトラはげっそりして壁にもたれかかり、バンビは心配そうに大聖堂を振り返った。


「リョウ大丈夫かな。結構危ない噂も多い団体なのよ」

「セオがいるなら大丈夫じゃないか?」

「まぁ、そうだけど…」


大きく伸びをするとハイトラは身軽にジャンプした。


「ばんび、行こう」

「そうね…」


セオに言われた通りフライト盤へ向かおうとしたが、ハイトラはぴくりと反応すると急にバンビを横抱きにして地面を蹴り飛び上がった。


「うきゃっ!!何!?」


さっきまで立っていた場所に数本の矢が刺さる。

壁を蹴り地面へ降りると、バンビを下ろしたハイトラは毛を逆立てた。


「走れ!!」

「うぇあ!?」


わけがわからず走りながら後ろを振り返ると、矢を構えた信者が何人も見えた。


「な、何!?どういうこと!?」

「わからないけど、これはたぶん逃げたほうがいいよな!?」

「そ、そうね!!」


町まで続く小道を駆け下りていると、あちこちから信者がまた現れた。


「最初からオレ達も帰す気はなかったみたいだな!!」

「それにしても手荒すぎない!?」

「ばんび、この近くであいつらをまける場所はないか!?」

「えぇ!?えーと、えーと、あ、あそこなら…!!ゼロヴィウスの訓練場よ!!」


バンビは町の東側に見える小さな施設を指差した。

ハイトラはそれを確認するともう一度バンビをひょいと横抱きにした。

その途端走るスピードが今までの倍速くなる。


「ちょっ…ハイトラちゃん!?」

「しっかりしがみついてて!!」

「で、でも!!私結構重いよ!?」

「大丈夫!!猪の肉よりは軽いから!!」


獣肉と比べられたことは不本意だったが、今は反論している場合ではない。

バンビはなんとか小さいハイトラにしがみつきながら、流れるように過ぎていく景色を見送ることしか出来なかった。

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