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砂漠の月  作者: ちあき
第四章 ウォーター・シスト
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シュルナーゼとべっこう飴

同じウォーター・シストの一角で、シュルナーゼ達は東の海を目指し宿を転々としていた。

買い出しから帰ったカズラは、宿の前でがやがやと集まる人だかりに気付くと急いでそれを掻き分け部屋へ駆けつけた。


「シィ!!お前また窓開けたまま歌ってるな!?」


シュルナーゼは飛び上がると慌てて部屋の隅っこへ逃げた。


「ご、ご、ごめんなさいっ…」


震える手には、アイトが手慰みに買ってきた糸で作った簡単なレースの編み物が握られている。


「あぁそんなにきつく握るな!!せっかく上手に編んだレースにしわが寄るぞ!!」

「ごめんなさい…」


瞳にみるみる涙が溜まる。

ここ数日で大分慣れたものの、相変わらずシュルナーゼの怯えっぷりはひどかった。

カズラは窓を閉めると手にしていた袋の中からべっこう飴を一粒出した。


「ほら、やるよ」


少女は目を輝かせると、テーブルに置かれたべっこう飴を手に取った。

これは少しずつ食事をとるようになってきたシュルナーゼの、今一番のお気に入りだ。

余計なものは与えるなとセリーに言われていたが、カズラはいつも二人だけの時にこっそりとあげていた。

餌付け大作戦を済ませると、残りの食料を棚に片付け始める。

明後日まで滞在する予定なので節約の為に今日はここで作るつもりだ。


「シィ。編み物も歌も、好きなだけやってもいい。ただ窓を開けっ放しにはしておくな」

「ごめんなさい…」

「怒ってるわけじゃないぜ。ただ俺たちはあまり注目されないほうがいいからな」


シュルナーゼの口遊む歌は、見事なほど美しい調べだった。

澄みきった愛らしい歌声は人を惹きつけ、油断しているとすぐにちょっとした人集りを呼んでしまう。

カズラは小さくなって口だけをもごもご動かしている少女をちらりと見下ろした。


「シィ」


少女の肩がまたびくりと揺れる。


「お前いい加減呼ばれるだけで怯えるのやめろよ。おっと、謝らなくていいぞ?ちょっとこっちへ来い」

「え…」

「そのレースの布も持ってこい」


シュルナーゼは怯えた目でカズラを見たまま固まった。


「ほら、このままじゃバラバラになっちまうだろ?」


テーブルの上に音を立てて転がったのは、包みに入った沢山のべっこう飴だ。

シュルナーゼはそれを見るとおずおずと近づいてきた。

どうやら餌付け大作戦はじわじわと効果を発揮しているようだ。


「貸しな」


シュルナーゼが編んだ小さいレースの布を受け取ると、カズラは太い指でその上に飴を置いた。

くるりと包むと細いリボンで縛り、これでシュルナーゼ専用の秘密のべっこう飴巾着の出来上がりだ。


「ほらよ。これで好きなときに口に入れればいい。あ、セリーには見つかるなよ?」


シュルナーゼは手に置かれた可愛らしい巾着をじっと見つめた。

その顔がみるみる朝の花のようにほどけていく。


「か、…かずら」


もじもじしながらも頬を上気させて、シュルナーゼは初めてその名を呼んだ。


「ありがとう」


カズラはシュルナーゼの頭をぽんぽんと撫でると、食材の中から真っ赤な林檎を取り出した。


「後でこいつも剥いてやるよ。アイトらが帰って来る前に夕食の準備だ。シィ、手伝ってみるか?」

「…いいの?」


シュルナーゼは今度こそ嬉しそうな顔を見せるとおずおずとカズラの隣りに歩み寄った。

カズラは思わずにやりと笑いそうになったが、なんとかそれを堪える。

そんな顔なんて見せたらせっかく側まで来た少女はまた怯えて離れるだろう。

仲間にはよく笑った顔の方が恐いと言われたものだ。


「カズラ、これは…なに?」

「あぁ芋の仲間だ。煮ると甘い」

「あまいの?」

「甘い」


シュルナーゼはカズラがせっかく片付けた野菜と果物を引っ張り出しては質問を繰り返した。

自分が食べるようになって、とても興味が湧いたらしい。

カズラは根気よく一つずつ答えながら、日に日に普通の少女と変わらなくなっていくシュルナーゼを不思議な思いで見下ろしていた。

夕刻になるとアイトとセリーが戻ってきた。


「セリー!!お帰りなさい!!」

「シュルナーゼ、何しているの?」

「お芋を潰してるんだよ。後でおーぶんで焼くの」


セリーは少し眉を寄せたが、初めて見るシュルナーゼの生き生きした顔に何も言えなくなった。


「いい香りだね。シュルナーゼ、お手伝いが出来るなんてすごいじゃないか」


アイトが褒めると、シュルナーゼは嬉しそうにもじもじし、思い切って顔を上げた。


「あ、あの、アイト…。お帰りなさい…」


シュルナーゼがアイトの名を呼んだのも、挨拶をしたのもこれが初めてだ。

アイトは優しい笑みを浮かべた。


「ただいま」


返事を返すとシュルナーゼは更にもじもじとしながらセリーの後ろに隠れた。

和やかな空気の中、セリーだけは浮かない顔でため息をそっとこぼした。

夕食の準備も整い四人がテーブルにつくと、アイトが話し始めた。


「一日繰り上げて明日ここを出よう。好天続きだから移動にも問題はなさそうだ」

「ああ。町の様子はどうだ?新都の砂漠進軍に大騒ぎしていただろ?」


カズラが肉をかじりながら聞くと、アイトは手にしたスプーンをテーブルに置いた。


「今のところ目立って騒ぎにはなっていない。上層部が情報を流していないようだ。町が静かなうちにここを出よう」

「基地には寄らんのか?」

「さすがにゼロヴィウスはぴりぴりしてるだろう。先にセリーとシュルナーゼを海辺の家へ送ってから僕が一人で行くよ」


カズラのそばでシュルナーゼが不安そうに身じろぎした。


「心配するなよシィ。俺のそばにいれば何も怖いことはないぞ」


豪快に言うとミートパイと酒を喉に流し込む。

少女はまだおどおどしていたが、棚の中にそっと見えているレースの巾着が目に止まるとこくこくと頷いた。

シュルナーゼは確実に小さな変化を見せている。

その花のような笑顔を見るたびに、セリーには焦燥と不安が少しずつ溜まっていく。

アイトは複雑そうなセリーの横顔を見て見ぬふりをしながら、半分も減らないグラスにそっと水を注いだ。

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