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砂漠の月  作者: ちあき
第四章 ウォーター・シスト
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平和と憂鬱

宿でさっぱりと汚れを落とし、綺麗な部屋着に袖を通したリョウはまだ日が高いと言うのにすっかり眠くなっていた。


「ふわあぁぁ。眠い」


同じくバンビも大あくびをしている。


「ここのところちゃんと寝られなかったからね…。どっと疲れがきちゃったわ」


元々夜行性なハイトラはすでにソファの上で丸くなっている。

食料を抱えたセオが部屋に戻ってきた時には、三人はぐったりと横になっていた。


「あ、セオおかえりー…。ごめん寝てた」


リョウが眠そうに体を起こすとセオは食料袋をテーブルに置いた。


「疲れが溜まってるんだろ。今日はゆっくり寝てろ」

「セオはぁ?」

「オレは街の様子を見てくる。今のままじゃ右も左も分からんからな」

「じゃあおれも…」

「お前は寝てろ。起きたらそこに置いてる紙袋から適当に出して食べてろ」

「ふわぁい」


リョウは再び横になると幸せそうに布団に潜った。

外に出直したセオは先程との違いに敏感に気付いていた。

やはりリョウがいないと熱心な視線を浴びることがない。

不審には思ったが、心当たりもないのでとりあえず大通りから脇道に出てみた。

丸く赤い屋根が多い通り、カラフルなタイル敷きの小道、あちこちに植えられた緑と流水が光る噴水。

セオはユキネから聞いた通りの景色に微笑を浮かべた。

目を細めながら懐かしい声を思い出していると、自分を見上げる幼い顔にリョウが重なった。


「…」


あんなに探していたのに、ここ最近ユキネの事をすっかり忘れていた自分に気付く。

よく似たリョウといることで漠然とした不安から逃れている気がして、何だか自己嫌悪に陥った。

セオは木で出来た簡素なベンチに腰を下ろすとため息混じりに頭を抱えた。


「何をやってるんだ、俺は…」


自分は人と関わるべきではない。

ましてや親しい者など作らないに越したことはない。

そう思うと同時に、セリーに言われたいくじなしという言葉が浮かんだ。

仕方がない。

仕方がない事だ。

リョウは…、あの寂しがり屋はいつか深く関わったことを後悔する。

自分は必ず皆の目の前から消える日が来るのだから。

セオは両手をじっと見下ろしながら、憂鬱な思いでしばらく動けずにいた。





ーーーーーーーーー





翌日。

調達した真新しい服を着込み、さっぱりと身なりを整えると皆はすっかりウォーター・シストの者だった。


「はーぁやっと動きやすくなった!」


リョウは綿生地で編まれたゆったりしたフード付きのチュニックと、細身の黒いパンツと底に厚みのあるブーツで綺麗にまとめる上級者の着こなし。

バンビはいつも着ている実用的な服とは真反対の、女性らしい柔らかい素材のベージュのワンピース。

藍色のレギンスにシルバーの靴を合わせているのも可愛らしい。


「うん、すごく似合ってるよリョウ」

「ありがとう!バンビちゃんも可愛いよ」


二人は新しい服にはしゃいでいたが、セオとハイトラは全く興味がない。

はっきり言って、こざっぱりとして動きやすければそれでいい。

頓着しないセオはざっくりと襟の開いたシャツと黒のパンツという至ってシンプルな服を選び、面倒がったハイトラの服はリョウが見繕った。


「えーと、ここをこう着て、これとこれをここに巻くんだよ」

「これ、長いのいるか?」

「うん。絶対いる!」


暑がりのハイトラのために上は黒のタンクトップにし、両腕にある傷を隠す為に手先の出るロングローブを組み合わせた。

はじめから着ていた白豹の毛皮は腰に巻き、足元は下にいくにつれて広がり、色が淡くなる濃紺のパンツにした。

尻尾のように長く余るベルトをアクセントにしたのがリョウのこだわりだ。

ウキウキとハイトラをめかし込んでいるとセオが立ち上がった。


「リョウ、はしゃぐのも大概にしろよ。さっさとセリーたちを見つけて砂漠に帰るのが俺たちの目的だろう?」

「うっ、その通りです…」


目先のものに囚われやすいのはリョウの悪い癖だ。

セオは窓から外を見下ろした。


「バンビ。セリーを連れ出した奴が町のどこにいるのか見当はつかないのか?」

「え…あ、そうね…」


いつもとはまた違う、すらりとした身なりが引き立つ装いのセオにバンビは目を泳がせた。


「やっぱりゼロヴィウスを当たってみるべきかな」

「ゼロヴィウス?」

「ルナハクトの親元よ。大きな基地が四つあるから順に調べてみましょ。各地遠いけどフライト盤があるから頑張れば一日で回れるわ」


リョウは水を飲みながら言った。


「そのゼロヴィウスってかなり大きな組織なの?」

「ええ。ウォーター・シストを守る三つの柱が正規軍であるリバス護衛軍とサンクラシクス軍、そしてゼロヴィウスよ」

「ゼロヴィウスは正規軍じゃないの?」

「元々は自然災害が頻発するこの地で出来上がった自警団だったの。人の数が膨れ上がったものだから、独自に規律や訓練所を整えて正式に民兵として認可されたのがゼロヴィウスよ」

「なるほど。それにしても平和そうな街なのに結構軍事に力入れてるんだね」

「それはそうよ。いつ新都が攻めてくるか分からないんだから」


砂漠にルナハクトを置いているのも新都の動きに目を光らせる為だ。

新都ではウォーター・シスト自体が殆ど認知されていないのに比べて、こちら側は物々しい程の警戒ぶりだ。

リョウ達は行き先を定めると宿から出て早速一つ目のフライト盤へ向かった。

賑やかな大通りを歩いていたが、セオとハイトラはまたもや周りから感じる熱視線に困惑していた。


「セオ」

「ああ」


視線の先は全てリョウだ。

昨日のように真っ白な着物ではしゃいでいるのならば注目されるのも分かるが、今日のリョウは特に人目をひくような要素はないはずだ。

それなのに行く先々で驚いたようにリョウを振り返る者や、必要以上に見てくる者が後を絶たない。

しかもその数は時間を追うごとに増えているようだ。

セオは何も気付かずお喋りしながら歩くバンビとリョウの間に割って入った。


「おい、早く行くぞ」

「え?あ、ちょっと…」

「バンビはこっちを歩け。リョウを出来るだけ真ん中にするんだ」


腕を掴まれてバンビは内心狼狽えた。

昨日抱きとめられた感覚だってまだ体には生々しく残っている。

それなのに自分とは違い、セオには全く動じた様子がない。


「私って、そんっなに微塵も何とも思われてないのかなぁ…」


振り返ろうともしない凛とした後ろ姿に、バンビはちょっぴり落ち込みながら一人でつぶやいた。

フライト盤を抜けた先はかなり南の町だった。

ここまで来るとおかしな視線も感じなくなる。

バンビは三十分ほど田舎道を進み、一つ目の基地へと案内してくれた。


「着いたわよ」

「うわぁ、大きいね」

「リョウ達はここで待ってて。私、アイト様が来てないかだけ聞いてくる」

「うん」


バンビは閉じられた門へ走って行った。


「セリーとシュルナーゼ、無事に見つかればいいね」


リョウはセオを見上げたが、セオはふいと顔を背けると離れて行ってしまった。


「セオ…?」


セオの様子が何だかおかしい。

素っ気ないのはいつものことだが、今のはどことなく避けられた気がする。


「どうした、リョウ?」

「あ、ううん。別に何でも」


リョウは笑顔を取り繕いハイトラに平気な顔をしてみせたが、何となく落ち着かない思いでバンビが戻るのを待っていた。

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