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砂漠の月  作者: ちあき
第二章 囚われた光
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バンビちゃん

医療機器に放り込まれていた女は寝返りと共に床に落ちて目を覚ました。


「いったぁ…。ここ…、どこ?」


体を起こすと掛けられていた大きなタオルがはらりと落ちる。

上半身は丸裸だ。


「え、な、何!?なんで!?」


腹部には大きなガーゼが貼り付けられている。

これはどう見ても治療痕だ。

女はしばらく頭を悩ませ記憶を辿り、やっとあぁ!!と声を上げた。


「そうだ。私砂漠で死にかけてたんだった!!確かその時知らない男に襲われて…、いや、助けられたんだっけ??」


そうなると、ここにその男がいるはずだ。

女は大きいタオルを胸元で巻き直すと音もなく扉に近付いた。

取っ手に手をかけるとゆっくりと押してみる。

扉は何の抵抗もなくあっさり開いた。

暗い廊下を進みリビングらしき部屋へ入ると、補助光が反応して部屋を薄明るく照らした。

どうやら少し変わった作りだが何の変哲もない民家のようだ。


「窓が一つもないなんておかしな家ね」


テーブルの周りを歩いていると、その角に巻いていたタオルの端がくいとひっかかった。


「あ…」


はらりと滑らかな素肌が露わになり慌てて振り返ったのと、何とも間の悪いことにセオがリビングに入ってきたのは同時だった。

二人は目が合ったまま固まった。


「き…きゃあぁあぁあぁ!!」


女は真っ赤になるとその場にうずくまった。


「いやぁ!!見ないでよバカバカ!!この変態いぃい!!」


女の金切り声に飛び起きたリョウが、固まったままのセオの後ろから飛び出した。


「何何!?どうしたの!?」


この状況を目にしたリョウもやっぱり固まった。


「せ、セオ…!?まさかこの人に何かしたの?」

「んなわけあるか!!こいつが勝手にここにいたんだよ!!」


リョウは床に落ちていたタオルに気付くと急いでそれを拾った。


「はいお姉さん。これが落ちちゃったの?」

「…最悪…最悪!!男になんて見られたことないのに、酷いわぁ!!」


女は一人で嘆くとタオルを巻き付け、セオを睨みながら立ち上がった。


「あんた!!今見たもの絶対にすぐに忘れてよね!!」


真っ赤な顔でわめく女は、思ったよりもだいぶ可愛らしい顔をしていた。

もっと気のきつい鋭い目をしているのかと思いきや、今や涙目に潤むその目はバンビのように大きい。

セオはびしりと自分を指差す女から顔を逸らした。


「それだけ元気そうならもう大丈夫だな。とにかく着替えを何か出すから、服を着ろ」

「私の服はどこ!?代わりの服なんて着ないからね!!ちゃんと返して!!」


リョウは毛を逆だてる女にそっと話しかけた。


「お姉さん。おれリョウっていうんだ。あっちはセオ。セオがお姉さんの服きっちり綺麗にしてくれるから、その間に何か食べて待ってようよ。お腹、すいてない?」

「リョウ、お前また勝手に…!!」


セオは目をつり上げたが、女は改めてリョウを見るとその顔に見覚えがあることに気付いた。


「君…砂漠にいた子よね。君が助けてくれたの?」


リョウはにっこりと笑った。


「うん。お腹の傷、大丈夫?」

「え、ええ。でも私、かなり深手を負ったはずなんだけど…」

「そうでもなかったんじゃない?動けるようになってよかったね。ほらここに座ってよ。何か飲み物入れるね。あ、でもやっぱりその格好じゃ落ち着かないか。ソファに毛布あるからそれ使ってね」


気を使い、なだめながらくるくると献身的に動く。

そんなリョウに女は少し警戒を解いた。


「あなた…」

「リョウだよ」

「リョウ。その、助けてくれてありがとう…」

「どういたしまして」


あっさりと言うと、リョウはセオを振り返り軽くウインクをした。

ここは任せろと言うことだ。

セオはなんだかかなり不納得だったが、渋々引き下がった。

リョウは毛布に包まった女にミルクコーヒーとレーズンパンを出した。

これなら何も焦がす心配はない。


「お姉さん、名前は何て言うの?」


同じテーブルに座りながらリョウが聞くと、女はレーズンパンをちぎりながら顔をしかめた。


「言う必要はないわ。すぐにここから出て行くもの」

「でもそれまでお姉さんじゃ呼びにくいよ」

「好きに呼べば?」


つんと言いながらミルクコーヒーに口を付ける。

リョウはまじまじと女を見つめた。


「分かった。じゃあ、バンビちゃん」


女はぐっと詰まるとミルクコーヒーでむせた。


「何よそれ!!子鹿って…あんた私より年下でしょう!?」

「だって好きに呼んでいいんでしょ?お姉さんの目を見た時、おれすぐにバンビが思い浮かんだんだ」


真っ赤な顔でまだむせている女を、リョウは単純に可愛いと思った。

セリーやシュルナーゼのように飛び抜けて整っているわけではないが、なんだか健康的な明るさがある。


「バンビちゃん、どうして昨日あんなところにいたの?バンビちゃんは何者なの?」

「助けてもらってなんだけど、素性は言えないわ」


三つ目のレーズンパンを頬張りながらバンビは突っぱねた。

リョウは椅子の上で膝を抱えるとゆらゆらと揺れた。


「そっか…そうだよね。だって人攫い集団だもんね」

「はぁ!?人聞きの悪いこと言わないでよ!!」

「だって、おれバンビちゃんと同じ服着た奴らに大事な人を二人も攫われたんだ。おれたちそれを必死で追いかけててバンビちゃんを見つけたんだよ」


言いながら本気でリョウの胸は鈍く痛んだ。

あの二人は、無事なのだろうか。

バンビは大きな目を更に大きくするとリョウをまじまじと見つめた。


「ちょ…ちょっと待って。私たちは危険な砂漠の民を捕らえただけよ」

「危険?」

「ええ。あの人たちは強大で不思議な力を使うの。多くの人間を砂の中へ引きずり込んで消してしまったりするのよ」

「え…」

「野放しにしておけばまた甚大な被害が出るかもしれない。だから私たちは…」

「セリーもシュルナーゼもちっとも危険なんかじゃないよ!!」


リョウは立ち上がると猛抗議した。


「ねぇバンビちゃん。確かに二人は普通とは違うかもしれないけれど、何も悪いことなんてしない。二人を返して…!!セリーもシュルナーゼも、おれの家族なんだよ!!」


女は愕然としてリョウを見つめた。


「リョウ…あなたまさか、あなたも砂漠の民なの?」

「え…」


リョウは何とも言えずにうつむいた。

だが愁傷な顔とは裏腹に、頭の中では懸命に思考を巡らせていた。

砂漠の民というのは、たぶんウワカマスラのことだ。

セリー達は勘違いされて連れていかれたのだろう。

何にしてもあのガラスのバングルさえ外せればセリーもシュルナーゼも赤い光に戻り、二度と捕まることはないはずだ。

気まずい沈黙が流れていると、廊下の扉が開きセオが戻ってきた。


「あ、セオ」


セオは修繕と洗濯を終えたバンビの服をリョウに放り投げ、リョウはそれをバンビに手渡した。


「…うそっ。すごい上手」


襲われた時に破れた麻色の服は物の見事に縫い合わされ、汚れひとつない。

バンビは綺麗な縫い目を撫でながらセオを見上げた。


「本当にこれ、あなたがやったの?」

「他に誰がやるんだよ。さっさと着替えて来い」


ぶっきらぼうな言い方にバンビはむっとした。


「言われなくてもそうするわよ。覗かないでよねこの変態っ」

「お前…」


バンビはセオの隣をすいと通り過ぎると廊下の奥へ入って行った。


「セオってさぁ、本当になんでも器用にこなすよね。ほんと、意外に」

「うるさいっ」


リョウの不必要なお世辞にセオは眉間のシワを増やした。


「リョウ、あの女だが…」

「バンビちゃんだよ」

「…。あの女の所属に心当たりがある」

「え!?」

「危険な賭けかもしれないが、俺が話をつける」


声を落として言うセオにリョウは考える顔になった。

確かに何でも器用にこなすセオだが、対人となるとからっきしだ。

それにどう見てもこの二人の相性はあまりよくない。


「…セオ。どうするつもりなのかおれに教えてよ。おれがバンビちゃんと交渉するよ」

「バカ言え。お前に駆け引きなんて出来るのかよ」

「うん。セオよりは絶っっ対、上手だよ。だっておれ、すっごく腹黒いからさ」

「…」


眩しい笑顔で言われても返す言葉がない。

セオはやはり渋ったが、リョウは得意の押しの強さで結局無理やり話を聞き出した。

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