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砂漠の月  作者: ちあき
第二章 囚われた光
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日常に舞い降りた少女

翌日。

リョウは家出前と全く変わらぬ朝を迎えた。

七時半になれば部屋にはいつものように自動機器が朝食を運んでくる。

暗証番号を打ち込みクローゼットを開くと、きちんとアイロンされた制服が掛けられていた。


「学校、かぁ…」


そんなもの微塵も行きたくなかったが、この家にいても仕方がない。

それにどこへ行っても厳重に見張りがつくだろうから、それなら学校へ入って監視から逃れる方がまだましだ。

リョウはしぶしぶ制服に着替えると屋敷を出た。

一等地に建つリョウの家から学校までは徒歩十分。

通いに来る生徒もどことはなしに品のいい子どもばかりだ。

白い校舎を抜けて通い慣れた教室に入ると、楽しくさざめいていた室内が一瞬で静まり返った。

リョウがかたりと椅子を引く音だけがやたらと響く。


「…おはよう」


一応自然に見える程度の微笑みを浮かべ挨拶をしたが、誰もリョウに返事をする者はなかった。

その後はさっきとは違う密やかなざわめきになる。


「あいつ、生きてたんだな。砂漠で行方不明になったんじゃなかったのか?」

「俺もそう聞いた。もうとっくに死んじゃったって…」

「あら、あたしは病気で家にいるって聞いてたわよ?」


聞こえてる聞こえてる、と思いながらもリョウは放置した。

これはいつものこと。

いつものリョウの日常だ。

いじめられるような事はないが、クラスメイトは誰一人リョウに関わろうとしない。

家でも学校でも、昔から自分は透明人間なのだ。

授業が始まると以前と何も変わらない時間がただ過ぎていった。

先生達も誰一人として久々に登校したリョウに触れてはこない。

リョウは頬杖をつき、ずっと窓の外から遠目に見える砂漠を見つめていた。

セオは勝手にいなくなった自分に怒っているだろうか。

それとも静かになってホッとしているだろうか。

ポケットに触れるこの石だけが、あれは夢ではなかったと辛うじて教えてくれている。

リョウはどんなに酷い仕打ちにあっても、絶対にセオ達のことだけは口を割らないと心に決めていた。


つまらない講義は延々と続き最後の鐘の音と共に終わった。

放課後は殆どの生徒が習い事やクラブに打ち込むため教室はすぐに空になった。

だがたった一人、リョウだけは日が傾きかけてもまだ教室の中にいた。

暗くなるにつれて憂鬱さは加速していく。

帰ってからを思うと、背筋が凍る思いだ。

静まり返った教室で机に突っ伏していると、どこからともなくか細い声が聞こえた。


「リョウ…」


リョウは空耳のような呼び声に顔を上げて驚いた。

何の物音もしなかったのに、目の前には見知らぬ少女が立っていた。

しかもその子は見たこともないくらい可愛かった。

ウェーブがかった柔らかな髪は腰まで流れ、ぱっちりとした目はどんぐりのようにくりくりとしている。


「…リョウ?」


返事をしないリョウに戸惑ったのか、少女はもじもじとし始めた。

その仕草にリョウはハッとした。


「し…シュルナーゼ!?」


思わず叫んだ声が誰もいない教室に響き渡る。

少女ははにかみながら笑顔を見せると一つ頷いた。


「なっ…どっ…でも…え!?」

「あの、砂漠に出ちゃったリョウを探していたら連れていかれたのを見かけて…私、その、追いかけてきちゃったの…」


リョウは色々困惑した。

まず、目の前の少女はどう見ても自分と同じくらいの歳だ。

シュルナーゼはセオの家にいた時は五歳くらいの姿をしていたはずだ。

いや、でも彼女は四百五十歳らしいからそこはまぁいいとして。

リョウは手を伸ばすとシュルナーゼの腕を掴んだ。

セリーの時は通り抜けたのに、触れた腕はよく知る人の感触がした。


「触れる」

「さ…触らないで…」


シュルナーゼは恥ずかしそうにもじもじした。


「あ、ごめん…」


謝ったものの、リョウは満面の笑みになると目の前の少女を力一杯抱きしめていた。


「きゃっ」

「夢じゃない…。やっぱり夢じゃないんだ!!」


リョウが離すと、シュルナーゼは真っ赤になりながらも少し安心したように微笑んだ。


「よかった、いつものリョウだ。私、側でリョウを見ていたのよ」

「え…」

「リョウはどうしてずっと一人でいたの?ずっとずっと暗い顔をしてて…とても辛そうだったわ」

「それは…」


リョウは恥ずかしさに顔が熱くなったが、すぐにそれを取り繕うと何でもないように笑った。


「おれの父親がちょっと特殊でさ。元々敬遠されてるんだ。それに厄介な兄弟もいてさ。そいつらを怖がって誰も俺に近づこうとしないんだよね」


リョウはポケットを探ると石を取り出した。


「シュルナーゼはこれを取りに来たんでしょう?勝手に持って行っちゃってごめんね」

「ううん。リョウを、迎えに来たんだよ」

「おれを?」

「うん。だって、リョウは私たちの仲間だって…」


シュルナーゼはまた赤くなると声を細めた。

リョウは今度こそ泣きそうになった。


「ありがとう、シュルナーゼ。おれだって本当は今すぐ砂漠に帰りたいよ。帰りたくて帰りたくて、たまらない。でも…」


首の痣に触れると、そこはまだジンと熱を持っている。


「今はまだ帰れないんだ。シュルナーゼ、帰ったらセオに伝えておいて。おれは何があっても絶対にセオたちのことは喋らないから安心してって」

「どうして、帰れないの?」

「一番の原因はこれ」


痣を指差すとシュルナーゼは不思議そうに目を瞬いた。


「これはなあに?」

「首輪さ。新都を離れると喉が締め付け始めるらしい」


シュルナーゼは悲しそうに痣に指先で触れた。


「可哀想に…。リョウもセオのように自由がないのね」

「え?」


思わぬ言葉に驚いて少女を見つめ返す。

だってリョウから見たセオは、とっても自由に見えたから…。


「誰か残っているの?もう帰りなさい」


廊下の向こうから声がかかる。

リョウは慌てて立ち上がり扉の外に向かって返事をした。


「っは、はーい!!シュルナーゼ…」


振り返るともうそこには誰もいなかった。


「あれ…?シュルナーゼ…?」


しんと静まり返った教室が、リョウが一人なことを引き立てる。

せっかく夢じゃないと思えたのに、また幻のように消えてしまったのだろうか。


「結局お前だけが心の拠り所か…」


受け取ってもらえなかった石をもう一度ポケットになおすと、リョウは諦めて帰路についた。

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