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砂漠の月  作者: ちあき
第二章 囚われた光
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縛られた二人

家に帰ったセオは、すぐに嫌な予感がした。

騒音の塊のようなリョウの気配が全くない。


「…リョウ?」


リビングには読みかけの雑誌が置いてあり、キッチンの天板には何故かレタスがひと玉のせられたままだ。

だがどの部屋を探してもリョウの姿はない。

それにシュルナーゼもだ。


「リョウ、シュルナーゼ!!どこだ!?」


倉庫の奥まで探し回っているとアメットとセリーが戻ってきた。


「どうしたのセオ。リョウは?」

「セリー!!リョウとシュルナーゼがいない!!」

「何ですって?」

「勝手に外へ出たみたいだ。探してくるっ」


セオは急いでリビングに戻るとすぐにまた外へ出る準備をし直した。


「探すってどこを探すの?」

「知るかっ。大体どうして一人で外へ出たりしたんだあのバカは!!アメット、その辺であいつくたばってないか!?」


アメットはしばらく沈黙すると首を横に振った。


「この近くに小僧の気配はない。それにここ最近この辺りをうろついていた新都の犬どもの気配もなくなった」

「どういうことだ?」

「小僧が外へ出た理由は知らんが、とっ捕まって連れて行かれた可能性は高いの」

「じゃあ、リョウは新都に…?」


バンダナを巻いていたセオの手は躊躇いに止まった。

砂漠なら何とでもなる。

だが新都となれば自分に出来ることはこの足で探し回ることくらいだ。


「あの小僧は一体何者なんじゃ?」

「…分からん。だが何らかの事情があるのは間違いない」

「シュルナーゼの気配もつかめん。もしや小僧について行ったのか…」

「迎えに行ってくる」


セオは出て行こうとしたが、アメットが邪魔をするように立ち塞がった。


「セオ、新都に深入りしてはならん」

「今はそんな事を言ってる場合か!!」

「万が一お前に何かあればこの砂漠は終わりじゃ。小僧の事は諦めろ」

「じゃあシュルナーゼはどうするつもりだ!?」

「あれは人の物を口にせん限り人間に捕まる事はない。どうにかして戻ってくるじゃろう」

「だが…!!」


アメットは鬼のような形相でセオを睨みつけると一回り大きく膨れ上がった。


「セオ、行く事は許さんぞ。今砂漠はただでさえ荒れておる。お前は自分の立場を…」

「そんなことは分かってる!!」


苛立たしげに叫ぶとセリーが心配そうに間に入った。


「セオ落ち着いて。もしかしてリョウは自分の意思で新都に帰っただけかもしれないわ」

「あいつは絶対に自分から帰ったりしない!!」

「お願いだから冷静になって。私たちには、もう貴方しかいないのよ」


セオはぐっと詰まった。

俯くと拳を握りしめる。

こんな時ですら、自分は自由に動くことが出来ないのだ。


「リョウには俺の血が混ざっている。それが新都側に知れればあいつは…」


言いながらセオはハッとした。

昨日、あの石を返してもらった記憶がない。

急いでドールハウスを確認したがやはりそこにもない。


「結晶石がない…。リョウに持たせたままだ!!」

「何じゃと!?」


この事態はアメット達にとっても捨て置けないはずだ。

セオは意を決するとガラスの部屋を飛び出した。

そのまま有無を言わせず円盤に向かう。

だがあと一歩というところで背中から大喝が降り注がれた。


「待たんかアキラっ!!」


セオの体が痺れたように凍りつく。

セオは手足の自由を奪われたかのようにその場から動けなくなった。


「ぐっ…アメット…!!」

「お前を新都へは行かせん。アキラ、お前はしばらくここで眠っとれ」

「やめ…ろっ…」


セオはその場で崩れ落ちると意識を手放した。

セリーは何とも言えない顔になるとアメットを見上げた。


「いくらなんでも真名で縛るなんて…。後でセオが激怒するわよ?」

「仕方あるまい。どうしてもセオを失うわけにはいかんのじゃ」


アメットは苦々しいため息をこぼした。


「やはりよそ者をここに招き入れる事自体が間違っていた。どうにかして石だけでも取り戻さねば…」

「私が行くわ。シュルナーゼも探さないと」

「わし一人ではこの砂漠を抑えていられるのはもって一日じゃ。お前らが帰らぬ時には…」

「分かっているわ。どうしても無理なら一度私だけでも戻るようにするから」


アメットとセリーはやるせない思いで廊下に転がるセオを見つめた。





ーーーーーーーーーー





リョウは帰りたくもない自室へ戻されていた。

ベッドに突っ伏し、そのまま無気力に体を沈めている。

その首すじには花を形どった痣がくっきりとついていた。

砂漠でリョウを捕らえた男達は、新都に辿り着くとすぐに一等地の中でも一際巨大な屋敷へと向かった。

表向きは歴史を感じる重厚感漂う屋敷だが、一歩中へ足を踏み入れると全てが最先端揃いのモダンな家だ。

リョウは白い廊下を歩かされ、立派な扉の前まで連れていかれた。

開かれた扉の先で待っていたのは、予想通り父親ではなかった。


「ですから、どんなに逃げても無駄だと言ったでしょう?」


勝ち誇ったように近づいて来たのは、先日リョウを捕らえようとした中年男だった。

一見すると落ち着いた物腰と上品な服装により好人物に見えるが、リョウを見るその目は獲物を狙う爬虫類のように冷たく卑しい。

リョウは昔からこの男が大嫌いだった。

部屋で男と二人にされると、リョウは項垂れながらしょぼくれた声を出した。


「ごめんなさい。ちょっと外の世界がどんなものなのか見てみたかったんだ」

「反省したふりはやめなさい。私に演技は通用しない」

「あ、そう?」


悪びれなくころりと表情を変えると、男はにやりと笑った。


「全く、昔はあんなに可愛げがあったのにいつからリョウ様はそんな人になったのやら」

「あんたらのせいじゃない?バルゴって父上の秘書だったくせに案外暇なんだね。俺なんかここにいても空気同然なんだから、行方不明でもそのまま放っておけばよかったのに」


バルゴはゆっくりとリョウに近付いた。

本能的に後ろに下がったリョウはすぐに壁に追い詰められた。


「な、なんだよ」

「お前は、何も知らない」

「…え?」


目をしばたいていると、バルゴはリョウの肩を掴み壁に押さえつけた。

そして何かを取り出したかと思うとリョウの首筋に手早く打ち込んだ。


「痛っ!!な、なんだよこれ!?何したんだ!?」

「これは逃げ出した罰です」


リョウは転がるようにバルゴから離れ、壁に掛けられた鏡に手をついた。

首筋には花の形をした痣が赤黒く皮膚を変色させている。


「こ、これ…」

「なに、新都から離れなければ何の影響もありません。ただし、また砂漠へ近付けばその痣がリョウ様を締め付け、息をする事さえ困難になるでしょうがね」


最新型の、鎖のない首輪というところだ。

リョウの体に虫酸が走った。


「こんなの冗談じゃない!!逃げたりしないから早く解除してよ!!」

「その言葉を信じろと?何とも白々しいですな」

「バルゴ!!」

「今夜はもう遅い。リョウ様もさぞや疲れていることでしょう。砂漠で何をしていたのかは明日以降存分に聞かせて頂きます。そういえば学校でも消えた貴方を皆さぞ心配してるでしょうから、明日はどうぞ行ってらっしゃいませ」


バルゴはいっそ優雅に、余裕たっぷりに微笑んだ。

それは新都にいる限りリョウに逃げ場などないと暗に示している。

絶望感に暮れるリョウを残して、バルゴは部屋を出て行った。

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