第6話 前線に立つ少佐
第五国境防衛基地。
この基地に限らず、軍が使うものは国が負担をする。武器も制服も食事も住居も。
軍にいればいるほど、軍の金を遣う機会が増えていくだろう。
参った……。聞くんじゃなかった……。
カバー准尉とウェンさんの様子がおかしかったら、あの後ウェンさんを追いかけた。まさか好きな人のことを言ってしまったから恥ずかしくなったと言われるなんて。
思わず頭を抱えてしまう。
誰かに言いたい。シラス少尉あたりにでも。
しかし、こういう話はどこから漏れるのか分からない。
しかも相手はおそらく、レン少佐だろう。
かなり年の差がある。
レン少佐にその気は無くても、一度誤解されると社会的に死んでしまう。
レン少佐は、まだ軍にいてもらわなければいけない人だ。
戦争が激化して、結婚適齢期が女は16、男は18だったのが、共に13になった。早く結婚して子供を産めという思惑と、貴族が確か許嫁が決まり、相手の家柄や相性が分かるのがそのくらいという意図もあったはずだ。
しかしまぁ、相手はあのレン少佐とウェンさんだ。
ウェンさんが少し、少し心配だが、レン少佐は上手く躱すだろう。
司令室に戻ると同時に、敵を知らせる警告音が鳴り響く。
「大変!4ヶ所も一気に攻められてる!援軍送りたくても数が足りないよ!第3部隊、タイト准尉!隊を半分こして敵を挟み撃ちにしよ!」
「了解!」
「第1部隊、第5部隊、第6部隊!ごめん、援軍送れない。他の場所も危険だから、隊を半分こするなりして挟み撃ち狙ってみて。路地裏とか無いから難しいけど、できるかな?」
「了解!」
まずい。
戦争に勝つには、敵よりも軍があることが最低条件と聞いたことがある。敵よりも少ない数で勝とうという、奇跡を狙わないことが重要だとか。
軍人だって人間だ。ずっと張り詰めてばかりじゃいられない。だからウェンさんは、こまめに休めるように隊の交代をふだんからしているし、攻撃に備えて隊を装備しているのに。
今は4ヶ所。今後5ヶ所、いや、それより多く攻められることもあるだろう。
どうする……?
「ウェン。しばらくカルボ少尉とシラス少尉と協力して指揮を任せていいかな?隊に指示をするときは、この3人の意見を合わすこと。さもないと、指示を受けた人が困るからね」
「えっ……。レン少佐はどうなさるおつもりで?」
「前線に出てみようかなと」
「しょ、少佐が前線!?」
「っ、ダメ!」
指揮を任されるのは良い。
しかし、指揮をする立場であるレン少佐が、前線……?
確かに、ウェンさんが指揮をしているから、レン少佐がいないところで困らない、とは思うが。
「ウェン。このままじゃ隊を失うかもしれないんだ。分かるだろ」
「うん、……うん、分かる、分かるよ。これは遊びじゃないもんね。でも、っ、でもっ……!」
ウェンさんの気持ちを知ってしまったから、死ぬかもしれない前線に、レン少佐を行かせたくないんだろう。
分かる。分かるが、しかし……。
「レン少佐、前線に出れば、戦況が変わるということですか?」
「カルボ少尉!?」
「私だって初めから少佐じゃないんだ。前線に出たこともある。指揮をしている時間よりも前線に出ている時間の方が長いと思うが」
レン少佐の言葉に、ウェンさんは目を逸らした。
うっすらと涙が滲んでいるように見える。
「ところで、カルボ少尉。シラス少尉。この司令室にある、剣は使ってもいいかな?」
「剣、ですか……?」
「いいですけど……。剣なんて扱えるんですか?」
レン少佐は鞘から剣を抜いて、剣の状態を確認しているようだった。
「うん。家を出る前までは、剣術を習っていたよ。人を斬ることは、軍に入ってからの我流だが。銃よりは使える自信があるかな」
「剣術を習う……」
……どんな家柄だ?
騎士?……軍人にはならないか。
すると、貴族……?
いや、いまはそれどころじゃない。
戦況をすぐに変えなければいけない。
「では、指揮は任せた」
「っ……!」
そう言って、レン少佐は司令室を出て行った。
ウェンさんと目を合わせることなく。
「……っ」
隣りにいるウェンさんの心情を思うといたたまれない。
本来なら、少尉である僕とシラス少尉が前線に出るべきなのに。
そしてこの司令室にいる連絡係である、スカイ軍曹も……。
人影が映ったと思い、モニターを慌てて見る。
まさか、敵か!?
しかしそれは、剣を振って敵を斬り倒しているレン少佐だった。
あっという間に、敵を撃破していく。
「レン……」
モニター越しにレン少佐を見つめるウェンさんは、縋るような目をしていた。
まるで、神に祈っているような。
「こちら第1部隊!さきほどレン少佐が敵を撃破しました!これから残党がいないか確認します!」
「了解!気をつけろ」
いつもならウェンさんが対応するけれど、いまのウェンさんは心ここに在らずだった。
「こちら第5部隊!レン少佐に助けてもらいました!残党の確認をいたします!」
「了解!気をつけろ」
「こちら第6部隊!部隊全員生存しております!残党の確認をいたします」
「了解!気をつけろ」
「……あと、あのー、……レン少佐、何者なんでしょうか?敵でなくて本当に良かったです」
「今は職務に集中しろ」
「は、はいっ!失礼いたしました!」
確かに……。本当に何者なんだろうな。
ウェンさんは何となく分かってきたが、レン少佐は姉が3人いることしか分かっていない。
撃破の連絡がまだ来ていない第3部隊がいる方向を見る。
すると敵がレン少佐を銃で狙ってるように見えた!
「まずいっ……!」
「レン、後ろ!6時の方向っ!」
振り向こうとした瞬間、レン少佐の左腕に銃弾が当たった。
「っ!」
ウェンさんが手で顔を覆う。
見てられなくて、モニターを凝視する。
レン少佐は足で踏ん張って、体勢を立て直したように見える。
そして、レン少佐の剣が確かに敵を斬った。
数十秒経っただろうか。
第3部隊から通信が入る。
「あ、あー。こちら第3部隊。レン少佐が左腕を負傷しておりますが、敵撃破です。残党もいません!」
「よし、良くやった……」
これで一安心だ。
一言も喋らないウェンさんに代わり、負傷した隊員に一時帰還を促した。
*
「レン!何でムチャするの?!」
「敵を倒すためだよ。分かるだろ」
「分かる、分かるよ。でも、でも……」
「カルボ少尉、シラス少尉も良くやった。ウェンをよく支えてくれたな」
「は、はい……」
ウェンさんのことが気になって、素直にレン少佐からの言葉を受け取れない。
「そうだ、ケガ!手当しに行こ?」
「このままで平気だ」
「ダメ!」
「……1人で行く」
「そのまま放っておくつもりでしょ!ついて行くから!カルボ少尉、シラス少尉!ちょっと救護室まで行くね!」
「は、はい。どうぞ……」
ウェンさんは、司令室のドアを開け、レン少佐に意地でも救護室へ向かわす気だ。
レン少佐は、やれやれというように仕方なく司令室を後にした。
「……ウェンさん、バレバレだな」
「!シラス少尉!」
「チェス大会のときからもしやと思っていたが、今日ので確定したな」
「そ、そんな前から!?」
つまり僕は鈍かったのか。
いや、ウェンさんがレン少佐に不用意に触れようとしないし、気づかないだろう。
どうやってシラス少尉は気づいたんだ?
「私には年の離れた妹がいるんだが、構って構ってなんだ。先日のチェスにポーカー。ウェンさんがレン少佐のことを何とも思っていなければ、レン少佐にしつこく言うだろう。遊んでって。それをしないということは、レン少佐の嫌がることをしたくないという意味だ」
「な、なるほど……」
「まぁ、チェスやポーカーがあんなに上手いのに、どうして気持ちはバレバレなのはおかしいと思うが」
言われてみればその通りだ。
しかし、それは僕たちがレン少佐とウェンさんと近くにいるから気づくことであって……。
考えてもキリがない。
当事者ではないのだから、僕たちは2人を見守るしかない。
ウェンさんが戻るまで、無言で司令室でモニターを見つめていた。




