第7話 夜会の警備任務
第五国境防衛基地。
軍は国を守るために戦うが、たまにそれ以外の任務を任されることがある。
たとえば――。
「何を思ってか知らないが、この第五国境防衛基地に中流階級以上の貴族が来る。一部の隊員は警備任務につけとのことだ」
貴族……。
一生関わり合いが無いと思っていた人種だが、まさか接点ができるとは。
つまりこれは、お近づきになれたら昇級だったり、逆玉婚を狙えるってことでは……?
内心わくわくしていると、レン少佐が難しいことを言ってきた。
「スパイが入り込んでいる可能性があるから気を抜かないように。あとは、ご令嬢から揶揄われても上手く躱せよ」
「……」
いや、無理無理。
母親とウェンさん、スカイ軍曹以外の女性といままで話した記憶が無いが。
万が一にでも「かっこいいお方」と言われたら、何も出来なくなる。
どうしよう。
「あの、私は警備任務からはずれるとは思うのですが、念のためお尋ねします。……上手く躱せ、とは」
「そうだな。話題の論点をすり替えればいいんじゃないか?」
「すり替える……」
ダメだ。分からない。
けど、まだ起こっていないことにあれこれと心配してもムダだ。
任務に集中するしかない。
*
唯一と言ってもいい、煌びやかな建物で行われるダンスパーティーの警備だった。
僕と、シラス少尉、そしてレン少佐、あとは名前を覚えていないような隊員が数人、建物内の警備の任務についた。
「おや、君は……」
白髪混じりの素敵な紳士がレン少佐を見て声をかける。
知り合いか……?
いや、しかし、うちのレン少佐は人の名前と顔を覚えられない人だぞ。……大丈夫か?
「お無沙汰しております、ウィークラー公爵。レンです」
信じられないことにレン少佐は相手の名前を呼び、自ら挨拶を行った。
信じられない……。ウェンさん以外にも、人を判別できるなんて。しかも、貴族相手に……。
「……。レン、レン、そうか、レンか。軍人になったとは、そなたの父上から伺っていたが、本当になっているとはな」
「はい。あのときは大した説明もせず……」
「いや、いいんだ。じゃじゃ馬に充分手を焼いただろう」
「そんな……」
「何かあれば言ってくれ。そなたとの縁だ。……最も、君の家の方が権力を持っているがな」
「いえ。ありがとうございます」
……どういうことだ?
状況が分からず、レン少佐を見るばかりだ。
固まっていると、良い匂いがふんわりと漂ってきたと思えば、背中に衝撃が走った。
「きゃっ。ごめんなさい」
「いっ、いえ……」
見ると綺麗に着飾った女性が、ワイン片手にぶつかってきたみたいだ。
あまりの綺麗さに思わず見惚れる。
「あら、あなた軍人さん?」
「えっ……、は、はい」
「お名前は何と言うのかしら?」
「か、カルボ少尉ですっ!」
やばいやばいやばいやばい!!!
こんな綺麗な方に話しかけられるとはっ……!
我が人生、未来は明るいかもしれない……!
「カルボ少尉、というのね?」
「は、はい!」
しかも名前を呼ばれたっ!
母さん、僕をカルボと名付けてくれてありがとう……。
「あのね、カルボ少尉。……私ね、夜が寂しいの……」
「へっ?よ、夜……?」
「そうなの。だから、私と一緒に、来てくれない……?」
「……」
夜。夜が寂しい……?
ま、まさかこれはお誘いってやつか!
年齢制限ものの!ど、どうしよう!今日ここで僕は本当の男になるのか!?
しかしいま任務中だ、もったいない……!
ど、どうすれば……!
「失礼いたします。口を挟んで申し訳ない」
「あら……っ」
声のする方を見ると、レン少佐が僕たちに話しかけていた。
レン少佐に気づくと、女性はほんのりと顔を赤く染める。
……分かる。分かる。レン少佐の方が、何倍もかっこいいもんな。
「あの、あの。私ね、夜が寂しいの。だから軍人さん。私と一緒に……!」
こいつ誰でもいいのかっ……!
いや、僕よりもかっこいいレン少佐を見たからということもあるだろうが、そんな僕に声をかけて数分後、別の人に同じことを言わなくてもいいだろう……!
……しかし、はっきり言わなくても大丈夫だろうか。レン少佐は少々、いやかなり天然な方だぞ。
「私に対する評価としてありがたくお言葉を頂戴します。しかし、そのような発言はあなた自身を軽んじるお言葉。綺麗なあなたには似合いませんよ」
「っ……!!!」
す、すごい!
女性を耳まで真っ赤にさせた!
「行くぞ」とレン少佐から言われついていったが、女性の方を振り返ると、まだレン少佐をぼんやりと見つめていた。
「レン少佐、ありがとうございます」
「いや、いい。……えーと」
「……カルボ少尉です」
毎日司令室で顔を合わせているのにそれは無いんじゃないか?
とは思うが、ウェンさんがいないところではいつものことなのであまり気にしないでおく。
「女性相手にスマートですね……。僕てっきりレン少佐は『では部屋の温度を上げてはいかがでしょうか?』と言うのばかり……」
「それくらいさすがに分かるよ」
……そうか。そうなのか。
いやでも、さっきのはスマートすぎ。
まるで、あの人のような世界に何年もいたような……。
「……もしかして、レン少佐って貴族出身、なのですか……?」
「……」
黙る。否定をしない。
ってことは……。
なるほど。育ちが良いとは思っていたが、まさか本物だったとは。
納得しすぎて、素直にそう思えた。
「あの、ということは、パーティの最初に声をかけられた方というのは、昔の、お知り合いの方ですか?」
「あぁ。あの方は……」
一瞬、考えた素振りをされる。
でも、「あまり口外するなよ」の一言の後。
「私の許嫁だったご令嬢の父上だ」
「い、許嫁……!」
すごい!そんな世界が本当にあるなんて!
いや、でも何で軍に入ったんだろう?
許嫁がいるのなら、もう結婚されてもいい年齢なのでは?
……いや、『だった』、過去形か?
「ど、どのような方だったのでしょう?」
「自由な方だったよ。『朝から行くからお茶菓子を用意しておいてちょうだい!』と言うものだから、早くても9時に来るのかと思っていたら、朝の4時にもなってないときに『お茶菓子を用意って言ったじゃない!』と叩き起こしてきたり」
「ええっ!?」
なんだ、それは。本当にご令嬢か?
我儘なクソガキじゃないか。
「1番上の姉上はそんな自由なご令嬢のことをあまり良く思っていなかったようだが、私と1番歳の近い3番目の姉とは馬があったようでね。2人の買い物に私が荷物持ちで付き合わされたこともあったよ」
「……」
なんだそれは。
不憫だと思うが、懐かしく言うレン少佐を見ると、あの頃へ戻りたいと思っているのかと、少しだけ不安に思う。
「しかし、いま思えばあの頃だったかな。……人の顔の判別がつきにくくなったのは」
「えっ」
いま、さらりとトラウマ級の発言を聞いてしまったのでは?
いままでレン少佐は、人の顔を覚える気が無いと思っていた。だから、覚えられないと。
しかし、幼少期の頃の、精神的ストレスだったとしたら……。
「話し込んでしまったな。すまない。警備に戻ろうか」
「えっ、は、はい」
そうだ。警備の任務中だった。
しかし、レン少佐のことを分かり、この方を支えようと今まで以上に思うきっかけとなった。
*
警備任務を明け、街の見回りをしていた。
「あっ……!」
1人の女性、よく見ると昨日レン少佐が上手く躱していた人がレン少佐を見るなり駆け寄ってきた。
「あ、あの、私、ユーミス家の……」
やばいやばいやばい。司令室にいるウェンさんはこの状況を、モニターで見てないことを祈るしか……!
いや、付き合ってるわけでもないし、良いと言えば良いんだが……。
そう勝手に慌てふためいていると。
「……すまない。どこかでお会いしたことが?」
「……え?」
……レン少佐が人の顔を判別できないのを忘れてた……。
数日経ってもお咎めなしで、レン少佐は変わらず軍にいた。




