第4話 北東の死角
第五国境防衛基地。
毎日のように基地内にて、毎日のように小競り合いが起きている。しかしここ数日は、軍事訓練を受けていない少女・ウェンが指揮を執り、見事に撃退をしている。
「ウェンさん、敵撃破確認しました」
「ありがとー、ブルー准尉さん。じゃあ、第7部隊は第3部隊と交代!第3部隊が来たら、第7部隊は全員帰還して。タイト准尉さん、準備は大丈夫?」
「はい。交代に向かいます」
司令室のモニターの真ん中で指揮を執るウェンさんを素直にすごいと思う。
数週間ほど前は確かにぐだぐだの指揮だったはずなのに。
バカにしたような、少女という呼び方はもう出来なくなってしまった。
「ウェンさん、すごいですね」
「カルボ少尉さん!ありがとー!」
「もうカルボ少尉よりも指揮が上手いんじゃないですか」
「おい」
「そんな!シラス少尉さん、褒めすぎだよー!」
おいとは言ってみたものの、シラス少尉の言う通りだ。
ウェンさんは、モニターをよく見ている。
それは、先日のチェスやポーカーでもそうだが、きっと言語化はできないのだろうけど、なんとなく、の空気が分かっている。
なんとなく、こっちが良い気がする。
なんとなく、こっちは間違いな気がする。
なんとなくの言語化まで聞きたいときもあるが、正解がほとんどだし、今はそれで大丈夫なはずだ。
「才能の上に努力しているからね、ウェンは」
レン少佐が静かに言う。
「『人の上に立つ者は』、『誰も取りこぼさない』、『青い空の下で』。自己啓発本の他に、空いた時間は指揮シミュレーションだ。努力を惜しまない」
すごい……。軍人でもないのに。
僕はそこまで努力をしているんだろうか。勝つための、努力を。
「それはレンが机の上に置きっぱなしだったから、つい気になって読んじゃっただけだよー」
「そうだったかな」
いや、違う。
ウェンさんが努力をしてるんじゃない。
レン少佐が、ウェンさんを、最高の指揮官をつくりあげようとしている。
もちろん、それを苦と思わないウェンさんもすごいのだけど。
ビーッビーッビーッビーッ!!!
警告音が鳴り響く。
「えっ!?また!?」
「北東か。……厄介な場所を」
モニターの左上、敵が現れた北東を見る。
見通しの良い場所。普通こんなところからは攻めない。隠れられる場所が無いから、姿が丸見えになり、奇襲ができないからだ。
しかしそれは言い換えれば味方だって同じこと。
きっと敵はそこを逆手にとったのだろう。
「レン、あそこ警備が薄いところだよ。援軍向かわせるね。待機中の第2部隊、グレー曹長、行ける?」
「了解」
「第5部隊、カバー准尉、敵が見やすいと思うけど、油断しないで。何かあればすぐ報告!」
「了解です、ウェンさん」
司令室にいる僕たちは、モニターを見守ることしか今はできない。
なにか作戦を考え出さないと……。
レン少佐も眉間に皺を寄せるばかりで、名案が思いつかないみたいだった。
「あっ」
ウェンさんが、この場にそぐあわない声を出す。
「ウェン?どうした」
「あの、あの、あのね!上からってのはありかなぁ!?」
「上?」
上ってなんだ?モニターの上画面、北という意味か?
攻められているのは北東だから、北から援軍を送るという意味なら、今度は逆に北が手薄になるはずだが。
「……っ、まさか、屋根か!」
「そう!」
なるほど!屋根なら敵からすると充分に死角になる。
しかし問題は。
「上手い。とは思うが、誰が登れるんだ?」
そう。そこなんだ。
窓の格子や、ベランダなど、完全に壁ではない。
しかし、だからと言って梯子がついているわけじゃないから、登るのに苦労する……。いや、それどころかほんの数十センチすら登れないだろう。ましてや屋根なんて。
「でね!タイト准尉ならいけるんじゃないかって!」
「えっ、私ですか!?」
通信がいつの間に繋がっていたのか、第3部隊のタイト准尉から応答があった。
タイト准尉がいる場所から、北東までもかなりあるが……。
「タイト准尉、前に実家に猫がいるから屋根によく登るって言ってたじゃん」
「……本当か?」
「あー……、ははは、本当、です」
通信先のタイト准尉は、困ったような反応をする。
世間話としてウェンさんに言ったことを、大事な場面で上官であるレン少佐に伝わるとは思わなかったんだろう。
「……何秒ほどで登れる?」
「えっ、本気ですか。えっと」
数秒。
気づけば、タイト准尉がいる第3部隊周辺のモニターが変わる。
見ると1人の男が屋根に何の苦労も無く、登っていた。
タイト准尉だ。
「5秒。いや、3秒も無いですね。屋根と屋根であまり間も無いし、屋根の上から北東まで跳んでいけると思います」
何と……!
奇襲を防ぐために、入り組んだ通りをしている。
それが、たまたま北東だけが、広く、きっとかつて物流のために広く開けているんだ。
そこまで辿り着くのに、どんなに急いでもきっと15分ほどかかる。それが屋根伝えでまっすぐ行けるとしたら……。
「パルクール……」
ぼそっとレン少佐が呟いた。
「なに?レン」
「いや。……素晴らしい才能だ、タイト准尉。任せてもいいか?」
「はい!もちろんです!……しかし、その、家に住んでる方には大変な迷惑が……」
「命が助かるのなら文句は言ってこないだろう。心配なら後日菓子折りでも持っていこうじゃないか」
「はい!分かりました!」
「第3部隊。タイト准尉だけ別行動します。念のためルトゥー曹長のいる第1部隊、援軍をお願い!」
「了解」
すごい。ウェンさんは天才だった。
誰も思いつかない、レン少佐だって思いつかなかった案を思いついた。
そしてそれは、知識を利用したわけじゃない。
何でもない雑談から、導き出した戦法なんだ。
「うわー!速い!」
モニターの右から左、西から東へと移動するタイト准尉を見る。
……地面を走ってる……?
屋根から屋根へ乗り移るって、こんなに速くなんてできない。
敵がいる場所まで辿り着くと、屋根に寝そべり、タイト准尉は銃を構える。
そして――。
「レン少佐、ウェンさん!北東、敵撃破しました!」
タイト准尉から連絡が入り、司令室は歓声に包まれた。




