第3話 盤上の副官
第五国境防衛基地。
毎日何かしらの小競り合いが起こるが、今日はまだ何も無い、平和な時間だ。
モニターの前で座っていたはずの少女が、突然立ち上がり、くるりと振り返ると堂々と宣言した。
「第1回第五国境防衛基地チェス大会〜!どんどんどんどーん」
「……ウェンさん?突然どうしました?」
何なんだ。……チェス?職務中に?
いや、交代制とはいえ24時間勤務365日出勤だ。
僕が働いている時は誰かが休んでいるし、誰かが休んでいる時は僕が働いている。
「えへへ。ちょっとチェスをしたくなって。もし良かったらカルボ少尉さんもシラス少尉さんもやってくれない?」
「良いですねー。あ、でもいま職務中ですし」
上官でもあり、この少女の保護者でもあるレン少佐を伺う。
レン少佐は視線に気づくと、珍しく笑みを浮かべたかと思うと信じられないことを言った。
「モニターなら私1人で見ているから、チェスが苦手じゃなければ付き合ってやってくれないか?」
「しかし……」
レン少佐の自称・副官を名乗る少女だ。
手加減をしないといけないのだろうか。それとも、泣かない程度に本気で対決しないといけないのだろうか。
こちらがあれこれ考えてることに気づかずに、少女は言葉を続ける。
「前の基地でもちょこちょこしているんだけどね、チェス大会。フレイジャー中佐さんが1番強かったかなぁ」
「フレイジャー中佐……?」
名前に聞き覚えがある。
フレイジャー中佐。フレイジャー大佐。フレイジャー准将。
まだ違和感がある。
フレイジャー少将。フレイジャー中将。フレイジャー大将……。
うん、フレイジャー大将だ。
……大将?
「えっ、フレイジャー大将のことですか!?そんなお偉いさんとウェンさん、チェスを!?」
信じられない。そんな方も、この少女なんかとチェスをやったのか?
すると話を聞いていたレン少佐が反応する。
「もう大将になられたのか。私が軍人として初めて赴任した基地での上官だったんだ。フレイジャー大将には、かなり世話になったな」
「いまよりも知識が無かったから、よく司令室で遊んでもらってたの!」
「そ、そうなんですか」
どういう状況だったんだ……。
そもそも、この少女はレン少佐の何なんだ?
隠し子?にしては、大きすぎるか。
レン少佐の兄弟の子……?
……地雷を踏みそうだから聞けないな。
しかし、有名な大将までもがこの少女とチェスをやったのなら、それよりも階級が下な僕たちもしなくちゃいけない。
それは同期のシラス少尉も同じことを思ったらしい。
「ではまず私から。お手柔らかに、ウェンさん」
「うん、シラス少尉こそ!」
こうして、チェス大会が始まってしまった。
*
「チェックメイト。私の勝ち!」
「……っ、そんなばかな!」
歓声よりもざわめきの方が大きい。
1戦目は確かに手加減した。気づいたら負けていた。
どこからか話を聞きつけ、その上で手加減をしたことに気づかない准尉の1人が割と本気で対戦したのが2戦目。負けていた。
3戦目以降は誰もが本気で少女と対戦した。
全員、完敗だった。惜しい対戦すら無かった。
「嘘だろ……こんな子供に負けるなんて……!」
「誰か1人くらい、ウェンさんに勝てる奴は……!」
司令室はいつの間にか人がいっぱいになっていた。
レン少佐の副官らしいのに、不敬らしき発言をした者もいたが、空気が凍ることも無かった。
それくらい、衝撃だった。
「あっ、レン少佐!レン少佐なら、勝てますよね!?」
名前を覚えてもいない隊員の1人が、期待を込めて発言する。
司令室にいるウェン以外の目が、レン少佐に集まった。
モニターから視線を彷徨わせた様子で、ぼそっとレン少佐が呟いた。
「……無理だ」
「……、は?」
今、何と?
レン少佐は割と聞き取りやすい声の大きさをしている。
でも、さっきは何とおっしゃいましたか?そう聞き直したいほど、声が小さなかった。
「ウェンが5歳くらいのときから一緒に住んでいるが、チェスを覚えて1年足らずで勝てなくなってしまったんだ」
「そんなに早くから……!?」
待て待て待て。やばくないか、このウェンという少女。
チェスは心理戦、先読みなどなど、高等な技術がいるボードゲームだ。
それを、6歳くらいでレン少佐が勝てなくなる、だと?
動揺していると、レン少佐の口からとんでもない発言を聞く。
「フレイジャー大将も、最初こそは勝っていたんだが、異動する頃にはウェンの方が強くなっていたな。私が勝てなくてチェスの相手を逃げていると、チェスをしたくなったウェンが、基地にいる全員を巻き込んでチェスをするんだ。いい度胸しているだろう?」
「ふふん。すごいでしょー!」
……まさか、この少佐、隊員の前で負けるのが嫌で、仕事を建前にウェンのチェスから逃げた……?
けど、負けたままではなんか悔しい。
年下のウェンに、大人げないかもしれないが、何か勝てる勝負は……。
「あっ、じゃあ、ポーカー!ポーカーで勝負しましょう!」
「ポーカー?なに?ルール知らない」
「じゃあ、僕が説明しますね。まずは……」
すぐにルール覚えたウェンが、ポーカーでも基地内最強となってしまったのは、数時間後のことだった。
「くそっ、何で勝てないんだ!」
「レン少佐も勝負に出てくださいよ!ポーカーなら勝てるかもしれないでしょ!」
「私は勝てる勝負しかしない主義なんだ!」
ウェンの評価が、ただの出しゃばりな少女から意外とやるかもしれないと変わった日だった。




