第2話 戦禍の街角
第五国境防衛基地。
所属する軍人は希望があれば、宿舎を借りることができる。
しかし、新しく赴任したレン少佐は、いくつかある休憩室のうち一室を利用していた。
少佐として、赴任して1週間。
初めての休みに、ウェンを連れて街を見てまわることにする。
休みの恒例であるご褒美に電子書籍を選んだウェンは、買った直後、いつ読もうかわくわくしている様子だった。
スキマ時間に読むのではなく、まとまった時間に1冊まるまる読み終えるのが好きらしい。
もう読み聞かせる年ではないし、引越す度に本の多さにげんなりしなくてすむという点でも電子書籍は便利だ。
ウェンの日課の指揮シミュレーションのために、ウェンとの共有のタブレットを操作する。
やはり、今日の問題はこれだ。
「ウェン。この指揮シミュレーションをしてみてくれ」
「うん!」
休憩室の奥、パーテーションで区切っている場所からウェンは出てくる。
最初、宿舎を借りようとしていたが、赴任前にふだん指揮をしているのは少尉2年目と、少尉1年目の同期2人と聞いた。休日でもすぐに出勤できるようにしたくて、結局は断ってしまった。
ウェンは、秘密基地みたいと喜んでいるのが救いだ。
わくわくした様子でタブレットを見たウェンだったが、問題を認識した途端、表情が変わった。
「……え?」
「どうした?」
さすがに違和感があるか。私の意図までは伝わるとは思わないが。
不安そうな顔のウェンに、どうしたことない顔をしてみせる。
「……。ここから敵が来てるんだから、この部隊を半分こにして背後にまわって挟み撃ち。より確実なのはさらに半分こにして、前に右と左の2つと、この道とこの反対側の道を使って背後にまわって攻撃」
「うん、そうだね」
「ねぇ、レン、どうしたの?簡単すぎるよ」
あまりにも簡単すぎて不安に感じてしまったみたいだ。
引っ掛け問題かもと疑っていた様子だったけれど、素直に答えてくれる。
うん、それでいいんだよ。
「これが、昨日と同じ戦況だよ」
「えっ……」
ウェンは信じられない顔をする。
無我夢中になって、昨日の戦況をまるで覚えていなかったらしい。
私のタブレットを操作して、昨日のモニターに映ったものと同じ映像を再生する。
「おそらく、昨日も慌てていなければ対処できたんだ。慌てると視野が狭くなる。考えも浅くなる。勝てる確率が低くなる。分かるね?」
「……」
「ウェンはおそらく私より指揮の才能がある。だけど、その才能に甘えてばかりじゃいけない。指揮をする人の空気で、戦況が傾くこともある」
「……もしかして、昨日タブレットを見てたのって。戦況を確認して、本当に危険だったら早く、指揮を交代していたの……?仮眠室にいなかったのって、私や他の少尉たちを試すため……!?」
「試す?いまの実力の確認をしただけだよ」
下を向くウェン。11歳の少女だ。
戦争なんて、大人の考えが汚いってなかなか理解できないだろう。
それでもきっとウェンなりに考えてくれることが多いはずだ。
「難しかったね。さて、気分を変えて外へ出ようか」
指揮シミュレーションが映ったままのタブレットから目を離さずに、ウェンが呟く。
「ねぇ、レン。何で私に指揮のシミュレーションしてくれるの?」
「ウェンには才能がある。指揮が出来て悪かったことなんて無い。自分を守る手段は多ければ多いほどいい」
「ふーん……」
「それに、私にチェスで勝ったのだから、才能が無いと私が困るんだ」
「……レンはこういうところ、子供っぽいよね」
ようやく笑顔を見せたウェンに、出かける準備を促した。
*
タブレットを見ながら、記録されている街の地図と実際の街並みを照らし合わせていく。
いよいよ最後の建物だ。
しかし。
「青果店?……この地域で、果物……?いくらでやりとりするんだ……?」
全部で7つある国境防衛基地の中で、ここ第五国境防衛基地にある街が特に物流の被害が大きかったはずだ。
店に近づくと、私たちに気づいた店主らしき女性が話しかけてくる。
「あらっ、軍人さん!新しく赴任されてきた人だね!」
「おはようございます。そうです。挨拶遅れました。レンです」
「副官の、ウェンです」
ウェンは敬礼をして、軍人じゃないのに軍人らしい挨拶をする。
「あら可愛い副官さんだこと!娘ちゃんかい?」
「いえ、この子は」
……何と説明すればいいんだ?
娘?嘘はいけない。
妹?歳が離れすぎているし、そもそも嘘だ。
副官は嘘じゃないから否定しなくてもいい。……軍人でないから、正確には「副官」でもないけれど。
「違います!レンの未来のお嫁さんです!」
私の左手をぎゅっと握って、ウェンが答える。
「っ……!?」
突然何を言いだすんだ、ウェンは!
いや、確かほんの5年ほど前、私のお嫁さんになると言っていたような記憶がおぼろげにあるが……。
しかし、それからもうだいぶウェンは大きくなっている。小さい子特有の夢見る少女から、子供の冗談として流されないくらい。
本気に捉えられたらまずい。
「!」
私が動揺したことに気づいたのか、ウェンは私を見たあと、そっと、手を離した。
「あらあら、可愛らしいこと!あっ、そうそう。軍人さん、良い人、いないのかい?」
「……良い人、とは?」
良かった。子供の発言だと思って流してくれたか。
安心して会話を進めていく。
良い人、という含みのある言葉は気になるが。
「この子、この子ね、私の娘なんだけど。どうだい?可愛らしいでしょ」
見ると、見合い写真のようだ。
少しむすっとしているが、おそらく笑ったら可愛らしい15,16頃の女性が映っている。
「確かに、可愛らしい方ですね」
「そうでしょそうでしょ!どうだい?軍人さんの嫁として」
「えっ」
ウェンから反応があった。
心意は読めないが、ウェンからしたら私が結婚すると、いまのような生活が送れない不安があるのだろう。
そもそも、私が赤の他人なんかと生活なんて出来そうにないが。
そもそも写真の女性とは10以上離れている。
「……確かに素敵な方だとお見受けしますが、こういう大事な話はご本人がいないところで勝手に進めるのは」
「いいじゃないか!可愛いんだろ」
「いい加減にしなよ」
店の奥から旦那さんらしき人が声をかける。
旦那さんらしき人は、椅子から立たずに機嫌悪そうな声を出す。
「お前がそうやって好き勝手に言うから、あいつはこの街を出ていったじゃねぇか。いねぇ奴とどう結婚するんだ」
「あの子だって軍人と、しかもこんなイケメンと結婚できると知ったら帰ってくるよ!」
「こんな寂れた街になんか帰ってくるか!見ろ!青果店なのに果物が並んでいねぇ。あっても高すぎて誰も買わねぇ!この店はもう雑貨屋だ。それを客引きみたいに声をかけて……。すまねぇ、軍人さん。忘れてくれ」
店の前に並んでいる机をちらりと見る。
品物がたった1つしか置かれていない。確かに、青果店にしては机の上が寂しい。
変わって店の奥に進むにつれ、雑誌、文房具など、品物が多く並んでいるように見えた。
店主の女性には悪いが、旦那さんの方が言い分的にはかなり正しい気がする。
「いえ……。そうですね、結婚の話は一度、娘さんと話し合われた方がいいかもしれませんね」
「話ができたらいいが」
これ以上、私生活の話を聞き入ってはいけない。
もしもの時、判断が鈍ってしまうおそれがある。
……もしもってなんだ。人を守れなくて、何が軍人だ。
敵は殺してしまったとしても、せめて自国の、この基地に住んでいる人は守らなければ。
「行こう、ウェン。……どうした?」
「レン。この、真っ赤なもの、なぁに?」
唯一机の上に置かれていた品物が、ウェンには大変珍しかったみたいだ。
「りんごだよ。食べたい?」
「食べたい!」
「そう。じゃあ、いただこうか」
記憶のりんごよりもかなり高い。りんご1つで、数日の食費と同等になってしまうような、かなりの贅沢品だ。
しかし、これも教育のためだろう。惜しみなく金を出す。
「えっ……。ありがとう、ございます」
「ありがとう!またおいで!」
男性は信じられないものを見たような声を出し、店主は両手で拝むように金を受け取る。
ウェンはバイバイと手を振り、私たちは店を後にする。
「……やっぱり軍人さんは金持ちだなぁ」
そんな声が聞こえた気がした。
がぶりとりんごを噛むウェンは、目を輝かせる。
「美味しい〜!」
やっぱり買ってよかった。
自然と笑顔になるのが分かった。
「食べながら歩くと危ないよ、ウェン」




