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第1話 副官ウェン、初めての指揮

第五国境防衛基地。

隣国との境目にできた基地である。国境にある防衛基地の中で特に物流の被害が多く、小競り合いは毎日のようにある。


寝起きがつらい。

朝の8時、ギリギリ5分前。朝食は余裕がなくて食べられなかった。

しかし、半年前に少尉に昇格をして司令室勤務になった。前線に出る機会が明らかに少なくなったから、なんとか昼までは持つだろう。

指揮はまだ慣れないけど、同期で僕よりも出世の早いシラス少尉がいるからなんとかなっている。


――そう思っていたのが、つい1週間ほど前まで。

先日赴任してきた少佐が指揮をして、小競り合い程度なら数分程度で終わるようになっていた。

しかも各地点ごとに、交代制の部隊まで駐在させた。しかし部隊編成については、シラス少尉が草案を考えたとのこと。

口を挟むことすらできない。2人のレベルが高すぎて。

しかも指揮が優秀な分、現場は大変そうだ。こんなとき、司令室勤務で良かったと思ってしまう。

楽だ。と思うが、しばらくはまた少尉のままだろう。


「おはよーございます」

「あっ、カルボ少尉さん!おはよー!」


挨拶を返したのは軍服を着ていない11歳の少女・ウェンだった。子供特有の明るい声は慣れていないとキツイ。

ウェンは、軍に所属はしていない。先日ここに赴任してきたレン少佐と共に来た。

あくび混じりに挨拶をしてしまったが、……司令室を見るとレン少佐の姿が無い。


「ウェンさん、おはようございます。レン少佐は?」

「レンなら仮眠室にいるよー。『平和なうちに寝たい』って」

「赴任してきて一週間。ずっと司令室ですもんね」


赴任してから24時間。160時間越え。バケモンかよ。

一睡もしていないと思っていたら、ようやく仮眠室か。

しかし少佐にまで昇ってしまえば、こんなブラック勤務当たり前になってしまうのか。

……さすがに、レン少佐が例外だと信じたい。


少女と会話を続けながら、モニターの前に座る。

異常はいまのところ見当たらない。

忘れずに、通信機器を右につける。


「あっ、でもでも、昨日ようやくおしるしもらったの!」

「おしるし?」

「うん!えーとね、空いてる時間に、指揮シミュレーションをしてるんだけど、『これなら任せられる』って!」

「へー。合格もらったんですね……」


『任せられる』。11歳の、軍知識が何も無い少女に。

僕たちの命を任せられるか?

いつ少佐が仮眠室に入ったのかは知らないが、その間司令室はこの少女1人だけだったのか?

僕だってまだ、自分の指揮に満足してもいないのに。

しかし、相手は少佐の自称・副官。少佐は何も否定はしない。つまり、逆らうと何があるのか分からない。


「……ん?あれ、おしるしじゃなかったかな、えーと、えーーーと……」


言いたい言葉が見つからない少女の言葉を待っていると、司令室にシラス少尉が入ってきた。

時計を見る。朝8時になったばかりだ。

どこから話を聞いていたのか、来て早々、会話に加わる。


「お墨付き、ですか?ウェンさん」

「シラス少尉さん!そうだ、お墨付きだ!」

「指揮シミュレーションだけでなく、そんな難しい言葉も知ってるんですね。僕が11のときは知ってたかなぁ?」


持ち上げることを忘れない。何が昇進に響くか分からない。

シラス少尉は落ち着いた様子で通信機器を右につける。

変わらず少女は自慢げな顔をする。


「でねでね!明日はレンも休みだから、本を買ってもらうんだー。……紙の本じゃないんだけどね」

「紙の本めっきり減りましたもんね」

「そうなの!でもレンは家から1冊だけ持ってきたって言ってた。難しくて私には読めないんだけどね。えっと、Legend of……」


ビーッビーッビーッビーッ!!

突然、警報が鳴り響く。


「えっえっ、嘘嘘。どこどこ?」

「北西の方です、ウェンさん。モニター右上!」


異常があれば、モニターの赤ランプが光り、それと同時に警報が鳴るシステムだ。

少女は慌てふためく。モニターは少女の頭の上にずらりと並んであるため、意識がなかなか上にいかないみたいだ。

ほらやっぱり。こんなのに命なんて任せられない。

なんて思うが、それを少女には気取られないようにする。


「あそこね。えーとえーと。タイト准尉のところ。じゃあ、第3部隊か。えーと、第3部隊、聞こえる!?応対お願いします!」

「了解」

「あとは、ルトゥー曹長のいる救護班、いつでも出動できるように準備しておいて」

「了解です」


……へー。多少は、出来るみたいだ。

部隊と部隊長の名前がもう頭に入っている。

でも、今後どうなるかな?


「ウェンさん、タイト准尉です。こちら、敵思ったより来ています!」

「えっえっ、何人!?」

「40……いや、それ以上です」

「多い多い……。持ち堪えれる!?」

「やってみます」

「えーと、いま空いてるのは東側……。でも東が手薄になったらそこを狙われるかも。うーーーん、うーーーーーーーーーん……」


なるほど。確かに陽動作戦の可能性もある。

しかも、東に駐在している部隊を北西に移動させるとなると時間がかかりすぎる。

正直僕も何が正しいのか分からない。

何も口だそうとしないシラス少尉もきっと同じだろう。


「ウェンさん、どうしますか?」

「……っ、レン、レン呼んできて!『何かあれば起こせ』って言ってた!」

「はい!レン少佐を呼べ!仮眠室だ!」

「はいっ!」


連絡係のスカイ軍曹に任せる。

仮眠室にいるなら、通信機器をはずしている可能性があるからだ。

変わらず少女の観察を続ける。

しかし、そろそろ現場も危なくなってくる頃だ。


「この駐屯地にいる……、えーと、第7部隊、ブルー准尉、援軍いける!?第3部隊がいる、北西!」

「出動します」

「えーとえーと……あとは」


司令室の扉がバンッと音を立てて開き、反射的に音のした方を見てしまう。


「ウェンさん!レン少佐、仮眠室いません!」

「えぇっ!?どうしよっ!!……っ、あー、放送で呼べる!?」

「はいっ!レン少佐、レン少佐、至急司令室まで。至急司令室まで!」


そのとき、通信機器の方からパーンッと銃声が聞こえてきた。


「ウェンさん!こちらタイト准尉!すみません、敵突破されました。軽傷ですが、撃たれたものがいます!」

「えっえっ、大丈夫!?えーと、救護班、第3部隊まで向かって!あとは……」


ダメだ。指揮が動揺していちゃ死ななくていい人まで死んでしまう。

少女の慌てっぷりで、僕もきちんと思考がまわらない。

これは前線に出ないといけないな。


シラス少尉と顔を見合わせる。


「ウェンさん、僕も行ってきます」

「私も行きます」

「カルボ少尉、シラス少尉、よろしく!ケガに気をつけて!」

「了解!」


司令室を出ると、のんきに司令室へ歩いてくる男が見えた。

仮眠室とは反対の方から。しかも、タブレットを見ながら。

コツ、コツと、軍靴が鳴り響いている。

遅い。遅すぎる。

しかし、レン少佐が指揮をするなら、戦況はマシになるだろう。

その「少佐」の肩書きがハリボテじゃないのなら。


「えーと、えーーーと……」

「第3部隊、怪我のない者は静かに敵を追え。挟み撃ちをする。援軍に向かった第7部隊、カルボ少尉、シラス少尉、敵に気づかれないよう、狙え」

「了解!」

「っ……、レン……!」

「すまない。平和すぎて寝すぎたようだ。一気に立て直す。ウェンはモニターを見ててくれ。なにか違和感があればすぐに知らせを」

「うん!」


*


数時間後。


「レン少佐、ウェンさん、こちらカルボ少尉。敵撃破確認しました」

「分かった。負傷者はいるか?」

「いません」

「よし、帰還してくれ」

「了解」

「第3部隊、第7部隊、シラス少尉。あと救護班も。帰還してくれ。なにか違和感があればすぐに連絡を」

「了解」


前線へ出て分かった。

これはこんなに出動するほどのことじゃなかった。

レン少佐の指揮で、一気にカタがついた。

やはり、軍知識が無い少女なんかに指揮なんて出来るはずがない。

まだ半年の積み重ねがある僕や、それよりも指揮の経験があるシラス少尉が指揮する方がマシだったのではないか。

なんて、少佐に進言する覚悟が無い。

今言ったとしても、後付けとしか思われない。


それにしても、久しぶりの前線は予想以上に疲れてしまった。

今後も前線に出る機会が増えるのか。

せっかく、少尉になったというのに。


*


「ふぅ〜……。なんとかなったー」

「大変だったね、ウェン」

「ねぇ、レン。どこにいたの?」

「仮眠室の後、コーヒーを飲みに行ってた」

「あー、そこで入れ違いになっちゃったのかなー」

「カルボ少尉、ただいま帰還しました」

「シラス少尉、帰還いたしました」


司令室へ入ると、モニター前の椅子で少女はくるくると回転していた。

さっきまで小競り合いがあったとは思えないほどの能天気さだ。

僕たちが前線に出たことなんて忘れてるのかと思うほど、楽観的に。


「おかえりー!ありがとー!」

「ウェンさんも、指揮おつかれさまです」


しかし持ち上げることも忘れずに。

昇格すれば、前線に出る機会も今よりぐっと少なくなるからだ。

問題のレン少佐はずっとタブレットを見ている。

……まさかずっと、ずっとタブレットを見ていたのか?


「レン少佐?どうしたんですか?」

「……。いや、何でもない」


何でもないことは無いだろう、何でもないとは。

少女のことも分からないが、僕はこのレン少佐という人が1番分からない。

するとレン少佐は言葉を続ける。


「明日は休みだからな。ウェンと近辺の挨拶へ行こうと思って」

「お外行くの!?楽しみー!」

「うん。まだ1日あるからね、ウェン。とりあえず、何か食べるか。えーと……」


レン少佐は、司令室に控えているスカイ軍曹と顔を合わせる。

まさか……。

スカイ軍曹も気づいて少し苦笑いをしていた。


「スカイ軍曹だよ、レン。私、ピーナッツバターパン食べたい!」


赴任して1週間なのに人の顔を覚えられない少佐に、しっかり顔を覚えて当然のように出しゃばる少女。

楽観思考に呆れる。

しかし、朝食をまだ食べていないことを思い出してしまって、僕も何かしらを食べたくなった。


レン少佐が休みなら、この少女とも会わないですむだろう。つまり明日は久しぶりに、前の落ち着いた司令室に戻る。

そう思うと、一気に1週間分の疲れがどっと押し寄せてきてしまった。

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