第九話「条件、守られていません」
交渉から三日後、エリーゼは王宮の図書室で第四巻の整理をしていた。
「ここにいたのか」
殿下だった。
「話しかけないという条件でしたが」
「話しかけていない。ただ声をかけただけだ」
「それを話しかけると言います」
殿下は涼しい顔で向かいの椅子に座った。エリーゼはため息をついてノートを開いた。
——条件違反、一回目。初日である。
翌日、中庭でメモをまとめていると背後に気配がした。
「邪魔じゃないか?」
「邪魔です」
殿下が声を上げて笑った。そのまま隣に座った。
——条件違反、二回目。二日目である。早い。
その翌々日、王宮の廊下を歩いていると、いつの間にか隣に人の気配があった。
「いつからいらっしゃいましたか」
「さあ」
「……廊下で待ち伏せですか」
「通りかかっただけだ」
廊下は一本道だった。エリーゼは一秒考えて、追及をやめた。
——条件違反、三回目。廊下は一本道だった。それだけ記録しておく。
エリーゼは観念してノートに新しい項目を作った。
——生態記録・R殿下。
出現回数:三日で三回。
話しかけた回数:三回。
条件を守った回数:ゼロ。
感想:条件とは何だったのか。
「何を書いた」と殿下が覗き込んだ。
「殿下の生態記録です」
「生態」
「はい」
「俺は動物か」
「観察対象は平等に扱います」
「……法則性とは何だ」
「出現場所に規則性があるかどうかの調査です」
「ない」
「それも記録します」
殿下が何か言いかけたところへ、ランベルトが飛び込んできた。
「殿下、議会の資料が——」
部屋の状況を見て固まった。殿下とエリーゼが並んで座り、エリーゼがノートに何かを書いている。
「……俺も書かれますか」とランベルトが恐る恐る聞いた。
「すでに第二巻に載っています」
「何ページですか」
「十二ページです」
「十二!?」
ランベルトが頭を抱えた。
「……何が書いてありますか」
「隠し事をしているときの顔の特徴と、その頻度です」
「頻度まで!?」
殿下が声を上げて笑い出した。エリーゼはそれを全部記録した。
——本日の観察。
条件違反:三件。
ランベルト子爵の動揺:想定以上。
充実度:高。疲労度も:高。




