第十話「常連たちが騒いでいます」
第四巻を書いているという噂が、どこからか広まった。
心当たりは一つしかない。エリーゼはランベルトの顔を思い浮かべた。あの男は口が軽い。いや、正確には「悪意なく漏らす」型だ。第二巻に十二ページ分記録してある。
エリーゼはノートを開いた。
——緊急観察事項。第四巻執筆の噂が広まった。発生源:ランベルト・ハイン子爵と推定。根拠:他に候補がいない。対応策:諦める。
最初に来たのはヴェルナー侯爵夫人だった。
「エリーゼ様、第四巻に私は出てきますか?」
「出てきます」
「何ページですか」
「現時点で八ページです」
「昨年より増えましたわね」と夫人は満足そうに言った。「内容は?」
「お茶会の観察です」
「あら、素敵。——ところで「猫タイプ」の件、今年は正確に書いてくださいましね」
「承知しています」
「それから」と夫人は少し声を潜めた。「シュタインフェルト令嬢のことも書いてあげてください。あの子、エリーゼ様のことをずいぶん気に入っているのよ」
「……すでに書いてあります」
「何ページ?」
「三ページです」
ヴェルナー侯爵夫人が嬉しそうに笑った。まるで自分のことのように。
次はドレフュス子爵令息から手紙が届いた。
——今年も詩を使ったのですが、令嬢方の反応が「またか」から「待ってました」に変わりました。様式美として定着した模様です。記録をお願いしたい。追伸:先日、令嬢の一人から「あの詩、好きです」と言われました。報告まで。
エリーゼは手紙を二度読んだ。追伸の一行を、もう一度読んだ。
——ドレフュス子爵令息・今年の観察。詩が様式美として昇華した。令嬢から「好きです」との評価を得た模様。観察者として感慨深い。三年間、安定株として記録し続けた甲斐があった。来年の動向が楽しみである。がんばれ。
マイヤー男爵令嬢からは直接訪問があった。
「エリーゼ様、第一王子殿下と三回目のダンスを踊りました」
「おめでとうございます」
「全部エリーゼ様の「がんばれ」のおかげです」
「私はノートに書いただけです」
「それが力になりました」とマイヤー令嬢は言った。目が潤んでいる。「第四巻にも書いてください。「がんばれ」って」
エリーゼは少し迷った。ノートとは観察記録だ。応援の言葉を書く場所ではない。しかし、と思う。三年前に壁際で書いた「がんばれ」が、この令嬢の三回目のダンスに繋がったのだとしたら——それは記録する価値がある。
エリーゼはノートを開いた。
——マイヤー男爵令嬢・今年の観察。三回目のダンス成功。観察者として、がんばれ。
「書きました」
マイヤー令嬢が今度こそ泣き出した。
エリーゼはしばらくその様子を眺めた。三秒考えた。ハンカチを差し出した。
マイヤー令嬢がそれを受け取りながら「ありがとうございます」と言った。エリーゼは「いえ」と答えた。
それからノートにもう一行書き加えた。
——嬉し泣きであることは把握している。とりあえずハンカチを渡した。これで良かったのかはまだわからない。




