第七話「お茶会に呼ばれました」
夜会から五日後、エリーゼに招待状が届いた。
差出人はヴェルナー侯爵夫人だった。エリーゼの記憶では、これまでの人生でお茶会に招かれたことは一度しかない。三年前、誤配だったことが後で判明した案件だ。今回は正真正銘、自分宛てである。名前もちゃんと書いてある。エリーゼ・フォン・グラウベルと。
エリーゼはノートを開いた。
——緊急観察事項。ヴェルナー侯爵夫人よりお茶会の招待が届いた。目的が不明である。先日の夜会での一件との関連を疑う。警戒レベル:中。
少し考えて付け足した。
——なお、誤配の可能性は今回低いと思われる。一応確認はする。
当日、屋敷に着くとヴェルナー侯爵夫人が満面の笑みで出迎えた。
「エリーゼ様、よくいらっしゃいました。皆さんも首を長くして待っていましたのよ」
テーブルには六人の令嬢が座っていた。全員がエリーゼを見ている。エリーゼは内心でノートを開いた。お茶会の席でノートを取り出すのはさすがに躊躇われる。今日は頭の中に書くことにする。
——出席者を確認する。
シュタインフェルト令嬢——栗色の髪の、快活そうな令嬢だ。遠慮のない目をしている。
リヒター令嬢——薄茶色の髪の、おとなしそうな令嬢だ。
ケスラー令嬢——落ち着いた顔をしている。
ダインハルト令嬢——目が静かだ。
ブレーマー令嬢——口元が柔らかい。
ヴァイス令嬢——背筋が良い。
全員、夜会での観察記録に名前が出ている顔ぶれだ。目的が、ますます不明である。
「エリーゼ様って、本当に第二王子殿下と親しいの?」とシュタインフェルト令嬢が身を乗り出した。
「親しいというより……殿下が盾になると仰ったので」
「盾?」とヴェルナー侯爵夫人が眉を上げた。「まあ、素敵な表現ね」
「比喩ではなく文字通りの意味なのですが」
テーブルがくすくすと笑いに包まれた。笑い方が意地悪ではない。純粋に面白がっている笑い方だ。エリーゼは頭の中でそれを書き留めた。
「ところでエリーゼ様」とリヒター令嬢が言った。声が少し遠慮がちである。「今年の観察記録、私たちも読めますか?」
「読めません」
「なぜ?」
「読まれると困るので」
「先日の夜会では殿下に読まれたではないですか」
「あれは事故です」
また笑いが広がった。エリーゼは紅茶を一口飲んだ。
居心地が、悪くない。
それが何なのか、少し考えた。エリーゼはこれまで社交の場で「居心地が悪くない」と思ったことがほとんどなかった。壁際にいれば安心できたのは、観察者の立場を保てるからだ。見る側でいれば、見られることを気にしなくて済む。
しかし今、エリーゼは見られている。六人に。それなのに居心地が悪くない。
——なぜだろう。
「エリーゼ様」とヴェルナー侯爵夫人が言った。穏やかな声だった。「私ね、あの夜の高座でのお話、ずっと考えていたのよ。みんな一生懸命で、根っこは同じだって」
エリーゼは紅茶のカップを持ったまま止まった。
「あなたが一番正直だったと思うわよ」
ヴェルナー侯爵夫人は続けた。
「自分のことも含めて、って言ったでしょう。このテーブルの全員、あそこで笑えなかったのよ」
しん、とテーブルが静まった。シュタインフェルト令嬢が目を伏せた。リヒター令嬢が紅茶をゆっくりかき混ぜた。
エリーゼは頭の中にずっと書き続けていた記録を、一度止めた。
——追記。ヴェルナー侯爵夫人の目的が判明した。観察記録の入手ではない。悪意もない。ただ単純に、話したかっただけのようだ。あの夜のエリーゼの言葉を、持ち帰って考えていた人間が、このテーブルにいる。
——さらに追記。居心地が悪くない理由が、少しわかった気がする。見られているのに安心できるのは、この人たちがエリーゼを「観察記録を書いた珍しい令嬢」ではなく、ただ「エリーゼ様」として呼んでいるからかもしれない。これが「友人」というものに近いのかどうか、二十年近く生きてきてよくわからないが、悪くないと思っている自分がいる。観察者として恥ずかしい見落としである。
「エリーゼ様」とヴェルナー侯爵夫人が言った。「来月もいらっしゃいますよね?」
エリーゼは少し考えた後、頷いた。
「……はい。ぜひ」
ヴェルナー侯爵夫人が嬉しそうに笑った。栗色の令嬢が「やった」と小声で言った。薄茶色の令嬢がほっとした顔をした。
エリーゼは屋敷を出てから、ノートを取り出してペンを走らせた。
——本日の観察記録。
シュタインフェルト令嬢——快活型、遠慮のない発言が多い。場を引っ張る。
リヒター令嬢——慎重型、観察眼がある可能性。要注目。
ケスラー令嬢——相槌が多い。場の空気を読む型。
ダインハルト令嬢——ほとんど喋らなかったが、目がよく動いていた。観察している側の人間かもしれない。
ブレーマー令嬢——笑い声が一番大きかった。
ヴァイス令嬢——紅茶を三杯飲んでいた。緊張型と見る。
補足:全員まとめて友人候補に分類する。
ただし今回に限り、観察というより、また会いたいという気持ちの方が若干勝っているかもしれない。記録しておく。




