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地味令嬢の観察日誌が、なぜか王宮で配られているのですが  作者: トークン
観察日誌が配られた夜

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第四話「翌朝の手紙」

 翌朝、エリーゼの自室に手紙が届いた。


 一通ではなかった。


 侍女のマルタが盆に乗せて持ってきたとき、その顔に「お嬢様、一体昨夜何をなさったのですか」と書いてあった。エリーゼは「観察記録が読まれた」とだけ答えた。マルタの顔に今度は「やはり何か大変なことをなさったのですね」と書かれたが、それ以上は聞かなかった。良い侍女だ。


 まずヴェルナー侯爵夫人から。封を開けると、丁寧な筆跡でこう書かれていた。


 ——昨夜の記述について申し上げたい。私が夫に従順なのは「子犬のように」ではなく「猫のように」が正確である。子犬は主人に懐くものだが、猫は主人を選ぶ。まったく異なる。訂正を求める。


 エリーゼはしばらく手紙を眺めた。


 怒っているのかと思ったが、そうではない。訂正を求めているのだ。抗議ではなく、修正申告だ。三年間観察してきたヴェルナー侯爵夫人の、これは非常に正確な自己認識である。


 エリーゼは新しいノートを開いた。


 ——第四巻、観察記録開始。補足事項。ヴェルナー侯爵夫人より訂正申告あり。「子犬」を「猫」に修正。なお、この訂正要求自体が観察対象として非常に興味深い。自らを猫と定義する婦人が、わざわざ手紙を寄越した事実は、三年間の観察を本人が肯定したことと同義ではないか。要継続観察。


 次はドレフュス子爵令息から。


 ——昨夜の件、大変恥ずかしかった。ただ正直に聞きたいのだが、あの詩はまだ使えるだろうか。三年使い続けているので愛着がある。


 エリーゼは少し笑った。開き直りが清々しい。怒るでも居直るでもなく、ただ純粋に実用的な質問をしてくるあたり、この令息の本質は誠実なのだと思う。詩の選択眼はともかくとして。


 ——補足。ドレフュス子爵令息より問い合わせ。「まだ使えるか」とのこと。観察者としての意見は「使いたいなら使えばいい、ただし令嬢方は全員知っている」である。なお、このような問い合わせを観察者に送ってくる行動力は評価したい。安定株から「愛嬌株」に分類を変更する。


 マイヤー男爵令嬢からは、小さな紙切れが一枚。


 ——応援、実はちょっとうれしかったです。


 エリーゼは今度こそ、はっきりと笑った。たった一行なのに、この紙切れが今朝届いた手紙の中で一番重かった。三年間、一方的に観察して「がんばれ」などと書いた相手から、こんな言葉が返ってくるとは思っていなかった。


 ——補足。マイヤー男爵令嬢より。「うれしかった」とのこと。観察者としては、これが一番の誤算だった。記録とは本来一方通行のものだが、どうやらそうでもないらしい。要再考。


 最後の一通は、他と違った。


 封蝋に王家の紋章が押されている。エリーゼはしばらくそれを眺めた。昨夜の高座での一件が走馬灯のように蘇り、全部忘れて田舎に帰りたくなったが、すでに開封する前からマルタが固唾を呑んで見ているので逃げられなかった。


 開くと、一行だけ書いてある。


 ——第四巻、楽しみにしている。次の招待状には名前を書く。 R


 エリーゼは、その一文を二度読んだ。


 次の招待状には、名前を書く。


 三年間。招待状には毎年「グラウベル伯爵令嬢」とだけ印字されてきた。名前のない招待状を受け取るたびに、まあ構わないと思ってきた。観察が目的なのだから名前がなくても会場には入れると思ってきた。


 構わないと思っていた。


 本当に、構わないと思っていた。


 ——たぶん。


 エリーゼはその手紙を、少しの間眺めた。


 そっと、新しいノートに挟んだ。記録と一緒に。

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