第二十三話「父に聞かれました」
翌日、グラウベル伯爵の書斎に呼ばれた。
父と二人で話すのは、もう何年ぶりか思い出せない。エリーゼが十歳のとき、社交デビューに向いていない、家を出した方がいいと言われたとき以来かもしれない。あのとき父は娘の将来を諦めた。エリーゼもそれを察した。それ以来、二人は屋敷の中で挨拶を交わす程度の関係になった。父は娘に何の期待もしていなかった。エリーゼも父に何も期待していなかった。それで二人とも気が楽だった。
「殿下から正式な打診があった」と父は言った。
「はい」
「お前はどうしたい」
エリーゼは少し驚いて顔を上げた。
「……どうしたい、ですか」
「お前の意思を聞いている」
「父上が私の意思を聞かれるのは、初めてです」
「そうか」と父は言った。「すまなかった」
今度こそ驚いた。父が謝るところなど、見たことがなかった。
「ずっと、お前のことを諦めていた」と父は静かに言った。「壁の花だと、社交ができないと、それで終わりだと思っていた。だが先日、ヴェルナー侯爵夫人から手紙が来た。お前のことが書いてあった」
「夫人から……」
「お前は他人をよく見ているらしい。誰のことも馬鹿にせず、丁寧に観察しているそうだ。お茶会で会った令嬢方が、皆お前を慕っているとも書いてあった」と父は言った。「私は娘のことを何も知らなかった。十年間、屋敷の中ですれ違いながら、何も見ていなかった」
エリーゼは黙っていた。
ヴェルナー侯爵夫人がどんな手紙を書いたのか、想像はついた。あの夫人らしい、率直で容赦のない文章だっただろう。父親に向かって「あなたは娘を見ていない」とはっきり書いたかもしれない。そういう人だ。
「だから今は、お前自身の意思を聞きたい。誰の都合でもなく」
エリーゼはその言葉を聞いて、少し止まった。
昨日、殿下が同じことを言った。「答えは君が出すものだ。誰の意見でもなく」と。今日、父も同じことを言っている。エリーゼ・フォン・グラウベルの意思を、二日続けて、別々の人間が問うている。二十年生きてきて、一度もなかったことだ。
「……まだわかりません」
「考える時間はある」と父は言った。「ただ、お前の人生だ。それだけは忘れないでくれ」
エリーゼは部屋を出た。
廊下を歩きながら、ノートを取り出した。
ペンを持った。何かを書こうとして、しばらく止まった。
——本日の観察。父に「お前の意思を聞きたい」と言われた。昨日と同じ言葉だった。二十年生きてきて、初めて二日続けて聞かれた。
たった一行書いて、ノートを閉じた。書けることは、それだけだった。




