第二十話「共著、二冊目に入りました」
第六巻の制作は、いつの間にか始まっていた。
第五巻が完成したのが十二月の初め。それから二週間も経たないうちに、ルードヴィッヒ殿下が新しいノートを持って執務室に現れた。
「次の表紙、どうする」
エリーゼはペンを止めた。第五巻の余韻もまだ消えていない。表紙の二つの名前を眺めて、少し感慨に浸る期間というものがあってもいいのではないかと思う。それを十四日で終わらせるのが、この殿下らしいといえばらしい。
「もう書き始めるのですか」
「書きたいことがある」
「具体的には」
「君の添削が減ってきたから、その記録を残したい」と殿下は真顔で言った。
エリーゼは三秒考えた。
「……それは観察記録ではなく、自慢の記録になりませんか」
「成長記録だ」
「成長記録、ですか」
「観察者として、書く価値があると思うが」
エリーゼはため息をついて、新しいノートを開いた。
——第六巻、開始。本日の第一観察対象:R殿下。所見:観察記録の私物化を試みている。要監視。
共著作業は、もうすっかり日常になっていた。週に二度ほど王宮の執務室に通い、並んで座って記録をつける。最初の頃は「距離が近い」と意識していたが、三ヶ月もするとそれが普通になっていた。慣れる、と最初の添削のときにノートに書いた対応策は、結局その通りに機能した。観察者の予測が当たった例として記録に値する、と思って書こうとして、やめた。書く必要のない種類の予測だった。
「ヴェルナー侯爵夫人の項目、書いてみた」と殿下が言った。
エリーゼは渡されたページを読んだ。
——ヴェルナー侯爵夫人。所見:令嬢方への声量と侯爵への声量に大きな差がある。声量で観察対象の心情を測るという観察手法が、本人にとっては有効である可能性が高い。
エリーゼはしばらくその文章を眺めた。
三ヶ月前、殿下は「怖い」の一言で書いていた。それが今、観察対象への敬意と具体性を備えた記録になっている。添削を重ねた人間の文章だ。エリーゼはこの三ヶ月、何度も殿下の記録を直してきた。直してきた成果が、目の前にある。
「……書けるじゃないですか」
「君の添削の成果だ」
「具体的で、観察対象への敬意もあります。第五巻の「怖い」とは別人ですね」
「別人になったつもりはない」
「観察眼が」
「ああ」
エリーゼは思わず笑った。それを殿下がじっと見ていた。少し長いな、とエリーゼは思った。観察対象を見つめる目とも違う。何かを確かめているような目だ。
「何ですか」
「いや」と殿下は言った。「最近、外側でも笑うようになったな」
エリーゼはノートを開いて、何かを書こうとした。
手が止まった。
その指摘を、どの項目に入れていいのかわからなかった。




