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地味令嬢の観察日誌が、なぜか王宮で配られているのですが  作者: トークン
観察者と観察される人

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19/29

第十九話「第五巻、共著になりました」

 夜会から数週間後、第五巻が完成した。


 表紙には二人の名前が並んでいる。


 『王宮観察記録・第五巻 エリーゼ・フォン・グラウベル、ルードヴィッヒ・フォン・クライスト 共著』


 エリーゼはその表紙を、しばらく眺めた。


 第一巻から第四巻まで、表紙には自分の名前しかなかった。それが今、隣に別の名前がある。第一巻を書いたとき、こんなことになるとは思っていなかった。壁際でサンドイッチを食べながら観察していれば十分だと思っていた女が、今年は共著者になった。


 殿下に完成版を渡したのは、いつもの庭のベンチだった。夕暮れどき、石畳を橙色に染める光の中で、殿下はページをゆっくりめくっていた。エリーゼは隣で待った。庭に風が吹いた。


 やがて殿下が顔を上げた。


「できた」と殿下は言った。


「はい」


「俺の項目、添削が多いな」


「観察眼が壊滅的なので」


「三ヶ月でましになったと思うが」


「「怖い」が「声量が場によって異なる、興味深い」になりましたので、成長はしています」


 殿下が笑った。エリーゼも笑った。外側で。


「君の項目も読んだ」と殿下は言った。


「いかがでしたか」


「第四巻より増えていた」


「書くことが増えたので」


「俺のことが十ページある」


「観察対象として密度が高いので」とエリーゼは答えた。「出現回数が多い分、記録も増えます」


「それは俺への褒め言葉か」


「条件違反の記録が大半ですが」


 殿下がまた笑った。エリーゼも、今度はもう少し外側で笑った。


「一つ聞いていいか」と殿下が言った。


「どうぞ」


「第六巻も共著にするか」


 エリーゼは少し間を置いた。


「殿下の観察眼が改善されれば」


「条件付きか」


「添削の量を減らしたいので」


「努力する」と殿下は言った。「——それから」


「まだありますか」


「第六巻には、君自身のことをもっと書け」


 エリーゼは表紙の二つの名前を見た。自分の名前と、隣の名前。第一巻から第四巻まで、ずっと一人だった表紙に、今年初めて別の名前が並んでいる。


「……書くことが増えそうなので」と、気づいたら言っていた。


 自分でもよくわからなかった。ただ、嘘ではなかった。


 殿下が笑った。口の左端だけではなく、両端が上がっていた。エリーゼはその顔を見て、これが今日一番の顔だと思った。


 ノートを開かなかった。


 今この瞬間は、記録より先に感じておきたかった。来年の第六巻には、今日のことを書くかもしれない。でも今夜はまだ、書かなくていい。

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