第十八話「記録が増えました」
夜会から数日後、殿下に呼ばれた。
いつもの庭のベンチだった。夕暮れの光が石畳を橙色に染めている。殿下の手元に、共著の途中原稿がある。前回ここに来たのは、木の葉が色づき始めた頃だった。あのときも夕暮れだったと思い出した。
「一つ話がある」と殿下が言った。
「はい」
「共著を提案した理由、ちゃんと話していなかった」
エリーゼは黙って続きを待った。
「書きたかったのは本当だ」と殿下は続けた。「ただそれだけじゃない。——君の見ている世界を、俺も見てみたかった」
「私の見ている世界」
「三冊分の記録を読んで思ったことがある。君は人間が好きなんだろう。滑稽だと言いながら、全員に対して丁寧だ。ヴェルナー侯爵夫人も、ドレフュス令息も、マイヤー令嬢も——誰のことも馬鹿にしていない」
エリーゼは少し止まった。
三年間、観察してきた。面白いから書いた。滑稽だから書いた。そう思っていた。しかし言われてみれば——ヴェルナー侯爵夫人の訂正申告を受けたとき、嬉しかった。ドレフュス令息の詩が様式美として昇華したとき、感慨深かった。マイヤー令嬢が三回目のダンスを踊ったとき、ノートに「がんばれ」と書いた。
面白いだけではなかったのかもしれない。
「……そう見えましたか」
「そう読めた」
「意識したことはありませんでした」とエリーゼは言った。「ただ面白かっただけだと思っていました」
「それが君の見方だ」と殿下は言った。「俺にはない」
風が吹いた。エリーゼはノートを膝に置いたまま、開かなかった。開く気になれなかった。
「殿下は」とエリーゼは言った。「人の感情を見ています。私にはそれができない」
「だから共著か」と殿下が言った。
それはさっきエリーゼが言ったのと同じ言葉だった。殿下が笑った。エリーゼも、今度は外側で少し笑った。
しばらく、二人とも何も言わなかった。夕暮れの光が少しずつ薄れていく。エリーゼはその光を見ながら、今夜の記録をどう書けばいいのかをぼんやり考えていた。
庭を出てから、ノートを開いた。
——夜会から数日後・記録。
R殿下、共著の本当の理由を話した。
「君の見ている世界を見たかった」
補足:三年間、面白いから書いていると思っていた。好きだから書いていたのかもしれない、と初めて思った。
さらに補足:この一文を、どの項目に入れるべきかまだわからない。
——「君の見ている世界」が、少し違って見え始めている。記録しておく。




