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地味令嬢の観察日誌が、なぜか王宮で配られているのですが  作者: トークン
観察者と観察される人

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14/21

第十四話「殿下の観察眼は壊滅的でした」

 三日後、ルードヴィッヒ殿下から小さなノートが届いた。


 表紙には「観察記録・試作」と書いてある。エリーゼはお茶を一口飲んでから、ゆっくりページを開いた。


 ——第一観察対象。ヴェルナー侯爵夫人。所見:怖い。


 エリーゼはページを閉じた。


 開き直した。続きを読んだ。


 ——第二観察対象。ドレフュス子爵令息。所見:詩を読む人。


 ——第三観察対象。マイヤー男爵令嬢。所見:第一王子殿下をよく見ている。がんばれ。


 ——第四観察対象。ランベルト・ハイン子爵。所見:よく走る。


 ——第五観察対象。エリーゼ・フォン・グラウベル。所見:


 そこで文章が途切れていた。空白のまま、ページの半分が余っている。


 エリーゼはしばらくその空白を眺めた。


 三年間、エリーゼは誰かを観察してきた。観察された経験はほとんどない。されていたとしても、それが記録されたことはなかった。なのに今、自分の名前が観察対象として書かれている。そして空白がある。殿下は書きかけて、止めたのだ。何を書こうとして、何が出てこなかったのか。


 エリーゼはページから目を離せなかった。


 ——これは、どう記録すればいいのか。


 その日のうちに王宮へ向かったのは、考え続けても答えが出なかったからだ。直接聞いた方が早いとエリーゼは判断した。少なくとも、そういうことにした。


「読みました」


「どうだった」とルードヴィッヒが聞いた。


「ヴェルナー侯爵夫人の項目から聞かせてください」


「怖い」


「それだけですか」


「それ以外に何がある」


「三年分の観察があります」とエリーゼは言った。「令嬢方には高圧的、侯爵本人には猫のように従順、亥の刻以降は機嫌が良くなる傾向、好物は焼き菓子で夜会では必ず三個取る——」


「……そこまで見ているのか」


「観察とはそういうものです」


 殿下が少し目を細めた。


「ドレフュス令息は」


「詩を読む人ではなく、三年間同じ詩でダンスに誘い続けており、令嬢方の間で様式美として定着しつつあります。本人は誇りに思い始めている模様です」


「……俺の観察眼は」


「壊滅的です」とエリーゼは即答した。「ただ」


「ただ?」


「殿下の記録には、私のにないものがあります」


「何が」


「端的さです」とエリーゼは言った。「「怖い」の一言で終わらせる胆力は、私にはありません」


 殿下が声を上げて笑った。


「それは褒めているのか」


「添削の余地が多いという意味で申し上げました」


 笑い声が収まったところで、エリーゼは少し間を置いた。


「一つ聞いてもいいですか」


「何だ」


「第五観察対象の項目が、空白でした」


 殿下は少し黙った。笑いをこらえている顔ではない。口の左端も上がっていない。


「書けなかった」と殿下は言った。


「何が」


「うまく書けなかった」


 エリーゼはその答えを聞いて、少し止まった。三日前、自分もまったく同じことを思った。殿下のことをどう書けばいいかわからなかった。言葉が出てこなかった。


 それを言うかどうか、三秒迷った。


 言わなかった。


「——共著の件、受けます」とエリーゼは言った。


 殿下が今度こそ声を上げて笑った。


 エリーゼは王宮の門を出てからノートを開いた。


 ——第十四話・観察記録。

 R殿下の観察眼:壊滅的。ただし端的さという点において一定の才能あり。

 補足:第五観察対象の項目が空白だった。理由:「うまく書けなかった」とのこと。

 さらに補足:私も同じだった。記録しておく。

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