第二十八話
「おえ?えっ、倒したって、あの緑を?」
「うん、まぁ」
あわあわと開けた口を揺らす東堂さん。
拍子が抜けたようなその表情、珍しく彼女が素で驚いているようで、その新鮮な表情を見ると、「お、おう」っという気分になる。
「うぇ、うぇえ、うぇ~い」
「すっごいよ、田中君」
埼玉君と河合さんも頬をピクピクさせて硬直している。
しかし数秒後、時間を取り戻したようにわーわーっと喜びだし、「凄い」という意味の言葉を様々な言葉で連呼する彼ら。
その過剰?な褒めを受けると、いたたまれなくなり、
「あははは」
右手を頭の後ろに回し、ポリポリと書く。
それしかできないですね、はい。
しかし何でしょう、この微妙な感じ、おかしいなぁ、すっごく居心地が悪い。
褒められているのに何かピーンと張りつめられたような違和感、綱渡をしているかのような緊張感を感じる、何かがおかしい。
「やっほー、やったじゃんじゃん、それじゃ、俺達レベルUPしたんじゃね」
埼玉君が首から下げているプレートを胸元から取り出して見るが、その表情に「?」が浮かぶ。首をかしげ、プレートを目に近づけたり放したり、何度も裏と表を見る彼。
そして呟く、
「あれ?変わってなくね、なくね?」
「えっ?そうなんですか?」
「んなぁ、まさか?」
同じように東堂さんと河合さんも、胸元から自分のプレートを取り出す。
あまり意識していなかったが、二人共そこそこ大きな胸をしており、目測だとC or Dカップ程か。さすがにこの世界でパッドは付けていないだろうから、多分正しいだろう。
服の中からプレートを取り出すその仕草に、ドキッと胸が震える。
女性というより仲間として意識していたためか、ふいに垣間見た彼女たちのそれに動揺して目をそらす。最後にちらりと見えた柔肌が眩しく記憶に残る。
「変わってねーし」
「私もですぅ」
「おい、田中、どういうこった。おらぁあああ!ただじゃおかねーし」
何故か俺にキレる東堂さん。
プレートを指で摘まんでプラプラさせながら、微風を送ってくき、その風が僅かに髪を揺らす。
本当に何で?何で俺に怒るの?
え、その、いやはや、私に言われましても困るのですが・・・
俺関係なくない?なくない?ないよね?
「えっ、その、よく分からないけど。俺、プレートないし」
「でも、体の変化ぐらい分かるっしょ、レベルUPすると、すぅーてなるらしいし、すぅーってさ」
曖昧な表現で良く分からないが、それは先程感じた感覚と似ているのかもしれない。
なんとなくそんな気もしなくはなく、体中に漲っているエネルギーがそれを裏付ける。
さっきは爽快感溢れる感触だったが、今では嫌な感覚だ。
俺、どうやらレベルUPしたらしい。
ゲームみたいに数値が出ないので良く分からないが、多分そうだと悟る。
「それなら、えっと、さっき、した・・・かな」
言葉を濁しなが、申し訳なさそうにチラチラと皆を伺う。
そんな必要はないと思うけど、その空気に押されてそうしてしまう。
「うわぁ、独り占めかよ、まじかよ、最悪~、ぶぅ~、ぶぅ~」
「くっきー、ひどいっしょ」
「田中くん・・・」
あれ?なんかもの凄いアウェイな感じなんですが。
東堂さんは狂ってるからまだしも、埼玉君と河合さんまで落胆した表情を見せている。
おかしいな、おかしい。
私、皆を守ったと思ったんですがね、本当に。
おかしくないすか、おかしいですよ~。
だが、不満を述べていても意味は無い。
彼女らからくる暗い空気の波動、このガッカリ雰囲気をなんとかせねば。
我、村八分は嫌ですぞ、ご近状付き合いは大事ですから。
「大丈夫だよ、大丈夫。今回倒せたから次も楽勝だよ。その時、皆でレベルUPすればいいと思うよ」
ちょっと苦しいと思ったが、そういいながら再びチラチラと皆の反応を伺う。
だがあまり良い雰囲気ではないので、さらに言葉を紡ぐ。
「本当、本当。それにちゃんと援護してすぐにレベルUPできると思うよ。そうだ、それに、皆に一つ絵をかいて本から何か出してあげる。上手くいくか分からないけど」
再び皆をチラ見すると、ニヤッと唇を緩ます東堂さん。
「しょうがないね。それで許してあげるし。あーしには二つね」
「くっきー、まじ救世主」
「田中君」
よ、よく分からんが空気は一変した。
提案が受け入れられたようで、微妙な空気は押し流されて去っていく。
何で俺が提案してるのかさっぱり分からないが、まぁ、良かったと安心しよう。
絵を描くぐらい問題ないしね。無茶苦茶な要求でもなければなんとかなるはずだ、きっと。それに、ある程度能力を解明したら普通に仲間の依頼を多く受けようとも思っていた。
「それより倒したから、予定通り徹君に知らせないと」
「おーらい、あーしがやるね。ほら、ちょ、あれあれ」
「お、おう」
天使の袋から打ち上げ花火のようなものを取り出し東堂さんに渡す。
それは徹君から受け取った魔道具の一つ。
魔道具を地面に設置し、それからピンを抜く彼女。
「みな、さがって、あぶないよ。ほら、にっげろぉー」
俺達がその魔道具からさっと放れると・・・
その次の瞬間、空に放たれる閃光弾、夜空に輝く赤い光。
これは上手くいった時に送る合図、それが夜空に輝いている。
どこかで見ているだろう徹君に届いていればいいが。
これに気付いていれば、親ゴブリンを引きつけているはずの徹君は、その場をすぐに離脱し、返事の閃光団を放つはず。彼も同じ物を持っているのだから。
数十分後。
返事が来ない。
皆で地面に座って空を見ていたが、何も変化がない。
夜空の星を久しぶりに眺めていたためか、たいして退屈ではなかった。
星座には詳しくないのでこの世界の星空と、現実のそれが同じなのか、違うのかは分からない。しかし、赤い月や緑の星など分かりやすい違いはなく、同じような空に見える。
「徹、大丈夫かな?」
「大丈夫っしょ」
「はい、徹君なら大丈夫ですよ」
不安になる一同。
並んで星空を見ながらそんなセリフをやり取りする。
時々誰かが立ち上がり、周りをぶらりと散策する。
何度目かのその時、埼玉君と河合さんが立ち上がり付近をちょこちょこ見回る。
俺と東堂さんが二人きりになる。
気まずい間。
だが直ぐにその沈黙は消える。
「ねぇ、あんた?」
「んん、何?」
「空見てて、そんなに楽しい?頬緩んでるし」
「うっ、別に、そんなことないよ」
手で頬に触れると、確かにいつのまにか笑っていたようで、頬が柔らかくなっており、へこんでいる。
「別に隠さなくてもいいし。そこそこ綺麗じゃん」
そうだよ、彼女の言う通り、なんで俺は否定したんだろう?
なんでだ?星を見て楽しかったのなら、隠す必要などないのに、何故か反射的に隠そうとしてしまった。何故だろう?
「そうだな」
「あんた、ちゃんと普通に笑えるじゃん」
「当たり前だろ。何だと思ってたんだよ?」
「べつに、なんも思ってないし。そっ、良かったし、あたり前の事できて」
よく分からない彼女の言葉、その彼女の表情はどこか満足げだった。
いつものような強気のそれとは少し違うその表情、そちらが彼女の素の笑顔なのかもしれないと思った。いつもの笑顔も自然だけど、それとは違ったそ笑顔だった。
「そんなら、徐々にそうすれば」
「何をするんだよ?」
よく分からない彼女。
「うわぁ、面倒くさ。そういうの、普通聞く?聞いちゃう?」
「?」
よく分からない彼女。
「せっかく、あーしがアドったのに」
はぁ~、何故か申し訳なく感じる今日この頃。
彼女は落胆しておられる模様。
「まぁ、いいし。そんより今はだべってる場合じゃないし」
彼女は立ち上がると、埼玉君と河合さんを呼ぶ。
二人が揃うと、宣言する。
「んじゃ、待っててもしょうがないし、皆であの洞窟に戻フ」
俺達はそれに賛成し、ゴブリンの巣に向かう事にした。
夜空の下をゆっくりと歩き始めた。




