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第6話 ひとり

第1章 勇者の終焉


第6話 ひとり


 冷たい風が、奈落の底から吹き上がっていた。


 ルミナは崖の縁に座り込んだまま、動かなかった。


 白い髪が風に乱れている。


 頬を伝った涙は乾かず。


 崖際の土を掴んでいた指にも、もう力は残っていなかった。


「…………」


 見下ろした先には、何もない。


 ヤヌスを呑み込んだ暗闇が、どこまでも続いている。


 何度、名前を呼んだのか分からない。


 声が枯れても。


 喉が裂けるほど叫んでも。


 返事はなかった。


「…………」


 もう、叫ぶことさえできない。


 ただ。


 自分の中にあった大切な何かまで、ヤヌスと一緒に奈落へ落ちてしまったような気がした。


 背後には。


 仮面の魔人が立っている。


 レオンを殺した男。


 ヤヌスの胸を貫き。


 この暗闇へ投げ捨てた男。


 剣を持つ手も。


 黒い外套も。


 何ひとつ乱れていない。


「…………」


 ルミナの唇が、僅かに動いた。


ルミナ

「……どうして……」


 掠れた声が、奈落から吹き上がる風に消えかける。


 仮面の魔人は答えない。


 ルミナは暗闇を見つめたまま、もう1度問いかけた。


ルミナ

「どうして……レオンを殺したの……?」


「…………」


 返事はない。


 ルミナの指が、崖際の土へ沈んだ。


ルミナ

「どうして……ヤヌスまで……殺したの……?」


 その声に、怒りはなかった。


 責める力も。


 立ち向かう意思も残っていない。


 ただ。


 答えを求める子供のように。


 奈落の底を見つめていた。


「…………」


 長い沈黙のあと。


 仮面の魔人が、初めて口を開いた。


仮面の魔人

「……深く染みついた憎しみは、消えない」


「…………」


 ルミナが僅かに顔を上げる。


 何を言っているのか、分からなかった。


 仮面の魔人もまた。


 ヤヌスが消えた奈落を見下ろしていた。


仮面の魔人

「時間と共に育ち――やがて、強大な暴力へと変わる」


ルミナ

「……何を……言ってるの……?」


 仮面の魔人は答えなかった。


 奈落へ向けていた顔を上げ、ルミナへ背を向ける。


 黒い外套が、風を受けて揺れた。


 足音が遠ざかる。


 やがて。


 男の姿は暗い森の中へ消えていった。


 ルミナは追わなかった。


 追う力など、どこにも残っていない。


「…………」


 残された言葉の意味も分からない。


 憎しみ。


 力。


 暴力。


 そんなものは、今のルミナにはどうでもよかった。


 レオンはいない。


 ヤヌスもいない。


 残ったのは。


 自分だけだった。


「…………」


 ルミナは奈落を見る。


 何もない。


 もう1度。


 レオンが消えた場所へ目を向ける。


 そこにも。


 何もなかった。


 身体さえ残っていない。


 夜の森を漂っていた白い光も、いつの間にか消えている。


「…………」


 レオンも。


 ヤヌスも。


 もう、どこにもいない。


 その現実だけが。


 冷たい水のように、少しずつルミナの中へ沈んでいった。


◇◇◇


 どうやって帰ったのか。


 ルミナは覚えていなかった。


 気づけば。


 森の中に建つ、小さな家の前に立っていた。


「…………」


 扉へ手を伸ばす。


 指に力が入らない。


 何度か取っ手の上を滑らせてから、ようやく掴んだ。


 扉を開ける。


 家の中は。


 昨日までと何も変わっていなかった。


 火の消えた暖炉。


 小さな食卓。


 3脚の椅子。


 壁に立てかけられた、ヤヌスの木剣。


 料理の残っている鍋。


 肩から落ちたまま、椅子に置かれている毛布。


 全部。


 昨日のままだった。


 何ひとつ変わっていない。


 なのに。


 誰もいない。


「…………」


 ルミナは家の中へ入った。


 背中で扉を閉める。


 いつもなら。


 誰かの声が聞こえるはずだった。


 おかえり、と。


 帰るのが遅い、と。


 どこへ行っていた、と。


 けれど。


 何も聞こえない。


 静かすぎる部屋の中で。


 ルミナの唇が動いた。


ルミナ

「…………ただいま」


 声が、誰もいない家へ落ちる。


 返事はなかった。


「…………」


 ルミナは扉の前に立ち尽くしていた。


 やがて。


 足から力が抜ける。


 その場へ座り込んだ。


 膝を抱えることも。


 涙を拭うこともしない。


 ただ。


 誰もいない家の中を見つめていた。


◇◇◇


 朝が来た。


 窓から差し込んだ光が、床に座るルミナを照らす。


 ルミナは動かなかった。


 やがて。


 窓から差し込む光が傾き。


 部屋の中が暗くなる。


 火を焚く者はいない。


 食卓に料理が並ぶこともない。


 ルミナは、同じ場所に座っていた。


 そして。


 また朝が来る。


「…………」


 食卓には、3人分の器が置かれている。


 レオンの器。


 ヤヌスの器。


 ルミナの器。


 最後に使った時のまま。


 片付けられずに残っていた。


 鍋の中の料理は冷え。


 やがて、嫌な臭いを放ち始める。


 それでも。


 ルミナは片付けなかった。


 片付けてしまえば。


 もう2人が帰ってこないことを、自分で認めてしまう気がした。


「…………」


 窓の外で、雨が降り始めた。


 細い雨粒が屋根を叩く。


 森の木々を濡らし。


 窓ガラスを伝って落ちていく。


 雨は長く降り続けた。


 やがて止んだ。


 雲の隙間から、光が差し込んだ。


 その光も消え。


 また、夜が来る。


 それでも。


 ルミナは動かなかった。


 何も食べていない。


 水も、ほとんど口にしていなかった。


 服も着替えていない。


 白い髪は乱れ。


 頬には乾いた涙の跡が残っていた。


 眠ったのか。


 起きていたのか。


 それさえ分からない。


 ただ。


 窓の外だけが明るくなり。


 暗くなる。


 家の中で。


 ルミナの時間だけが止まっていた。


「…………」


 壁には、ヤヌスの木剣がある。


 何度も握ったせいで、柄の部分だけ色が変わっていた。


 最初の頃は。


 剣を振るたびに手から抜け、庭のどこかへ飛んでいった。


 そのたびにレオンが拾い。


 ヤヌスは、木剣が悪いと言い張った。


 レオンに。


 握り方が悪い、と一言で返されていた。


 椅子には、毛布が掛かっている。


 最後の夜。


 眠ってしまったヤヌスへ、ルミナが掛けたもの。


 肩からずり落ちかけた毛布を。


 レオンが、黙って掛け直していた。


 棚には。


 レオンが使っていた木の器。


 長く使い続けたせいで、小さな傷がいくつも残っている。


 どこを見ても。


 2人がいた。


 声が聞こえそうだった。


 目を閉じれば。


 ヤヌスが笑い。


 レオンが呆れた顔をしている。


 けれど。


 目を開けば。


 誰もいない。


 手を伸ばしても。


 何も掴めない。


「…………」


 最初は、泣いていた。


 涙は止まらなかった。


 胸が痛くて。


 息をするたびに、喉の奥から声が漏れた。


 やがて。


 涙さえ出なくなった。


 何日経ったのか分からない。


 空腹も。


 喉の渇きも。


 もう、ほとんど感じなかった。


 身体が重い。


 指先ひとつ。


 動かす理由が見つからない。


 レオンはいない。


 ヤヌスもいない。


 なら。


 自分だけが生きていて。


 何になる。


「…………」


 復讐したいとも思わなかった。


 仮面の魔人を憎む力さえ。


 今のルミナには残っていない。


 外の世界がどうなろうと。


 誰が生きようと。


 誰が死のうと。


 もう、どうでもよかった。


 ルミナの世界は。


 あの夜に。


 すべて、なくなってしまった。


「…………」


 虚ろな目で、床を見つめる。


 その視界の端で。


 何かが動いた。


 窓の隙間から入り込んだ風が、机の上を撫でていく。


 ぱらり、と。


 紙のめくれる音がした。


「…………」


 ルミナの瞳が。


 ほんの僅かに動いた。


 机の上。


 そこに。


 1冊の手記が、開かれたまま置かれている。


 最後の夜。


 レオンが何かを書いていた手記。


「…………」


 ルミナは、しばらくそれを見つめていた。


 立ち上がろうとはしない。


 手を伸ばそうともしない。


 けれど。


 再び、風が入り込む。


 ぱらり。


 もう1枚。


 ページがめくれた。


「…………」


 ルミナの指が動いた。


 床へ手をつく。


 力が入らず、身体が傾いた。


 肩が壁へぶつかる。


 それでも。


 もう1度、床へ手をつく。


 壁に縋りながら。


 ゆっくりと立ち上がった。


 何日ぶりに。


 自分の意思で動いたのか。


 もう分からなかった。


「…………」


 覚束ない足取りで、机へ近づく。


 椅子には座らない。


 机へ両手をつき。


 開かれたページを覗き込んだ。


 レオンの字。


 何度も見た。


 不器用で。


 少し右へ傾いた文字。


 その最初に。


 2人の名前が書かれていた。


『ヤヌス。ルミナ。


 これを2人が読んでいる頃には、俺はもう、この世にはいないだろう』


「…………」


 ルミナの指が止まった。


 文字を追っていた瞳が、動かなくなる。


ルミナ

「……え……?」


 声が震えた。


 レオンは。


 自分が死ぬかもしれないことを、知っていた。


 この手記は。


 偶然残されたものではない。


 いつか。


 自分達が読む日のために。


 レオンが残したものだった。


「…………」


 ルミナは続きを読んだ。


『2人には、話していないことがある。


 知らなくていいと思っていた。


 俺が生きているうちは、それでいいと考えていた。


 だが。


 俺がいなくなったのなら。


 これから先を決めるのは、お前たちだ。


 だから、俺が知っていることをここに残す』


「…………」


 ルミナの手が、震え始める。


 次のページへ指を掛ける。


 躊躇いながら。


 紙をめくった。


「…………」


 そこには。


 レオンが生きてきた時間が記されていた。


 戦ってきたもの。


 見てきたもの。


 そして。


 最後まで信頼していた者達の名。


 魔女のエリュシア。


 剣聖ヴァルド。


「…………」


 さらに読み進める。


 レオンが何を知り。


 何を疑い。


 なぜ、この森で自分達と暮らしていたのか。


 ページをめくるたび。


 ルミナの知らなかった事実が、静かに積み重なっていく。


「…………」


 やがて。


 ルミナの指が止まった。


 僅かに残っていた顔の血の気が、一気に失われる。


ルミナ

「…………え?」


 同じ行を、もう1度読む。


 信じられない。


 ページを戻す。


 前に書かれていた文章を読み直し。


 再び、同じ場所へ戻る。


「…………」


 指が震える。


 紙の端が、かさりと鳴った。


 そこには。


 仮面をつけた魔人について記されていた。


 レオンは。


 あの魔人を知っていた。


 昨夜、初めて出会ったわけではない。


 レオンとルミナとヤヌス。


 3人が、この森で暮らし始めるよりも前から。


「…………」


 ルミナは息を止めたまま、次の文章へ目を移した。


 右手の黒い痣。


 普通の人間とは違う身体。


 失われている、ヤヌスの過去。


 レオン自身にも。


 すべてが分かっていたわけではなかった。


 だからこそ。


 2人には話さずにいた。


 何も知らない少年が。


 ただのヤヌスとして。


 自分達と一緒に暮らせるように。


「…………」


 さらに、ページをめくる。


 そこに書かれていたものを見て。


 ルミナの唇が震えた。


ルミナ

「……ヤヌスが……?」


 言葉は続かなかった。


 何度、読み返しても。


 書かれている内容は変わらない。


 ルミナが知っていたヤヌス。


 泥だらけで帰ってきて。


 肉を取られたと騒いで。


 レオンに何度負けても、次の朝には木剣を握っていた少年。


 そのヤヌスには。


 本人さえ知らない過去があった。


「…………」


 ルミナの脳裏に。


 この前の光景が蘇る。


 仮面の魔人。


 ヤヌスを見た時の、僅かな反応。


 胸を貫いたあと。


 黒に呑まれていくヤヌスを、観察していた目。


『……まだ、弱い』


 あの言葉。


 初めて会った相手へ向けたものではなかった。


「…………」


 ルミナは手記へ視線を戻す。


 レオンの記録が正しいのなら。


 仮面の魔人は。


 以前からヤヌスのことを知っていた。


 あの黒い痣が何なのかも。


 ヤヌスが普通の人間ではないことも。


 何かを知っていた。


「…………」


 なら。


 なぜ。


 あの場で、確実に命を奪わなかった。


 胸を貫いた。


 奈落へ落とした。


 普通なら、助かるはずがない。


 それでも。


 ヤヌスが普通ではないと。


 あの男が知っていたのなら。


「…………」


 ルミナの呼吸が、僅かに速くなる。


ルミナ

「待って……」


 崖の上。


 仮面の魔人は。


 奈落の底を見つめていた。


 そのまま立ち去ることもできたはずなのに。


 ヤヌスが闇へ消えたあとも。


 僅かな間。


 そこに立っていた。


 そして。


『……憎しみは、力だ』


「…………」


 ヤヌスを殺すことだけが目的なら。


 なぜ、あんな言葉を残した。


 なぜ。


 憎しみが育つことを語った。


 誰の憎しみを。


 何のために。


「…………」


 分からない。


 何ひとつ、確信はない。


 あの傷。


 あの高さ。


 生きていると考える方が、おかしい。


 それでも。


 ヤヌスが普通の人間ではないのなら。


 仮面の魔人が、それを知った上で奈落へ落としたのなら。


 もしかすると。


「…………」


 ルミナの唇が。


 震えながら動いた。


ルミナ

「もしかして……」


 喉が詰まる。


 声にしてしまえば。


 それだけで消えてしまいそうだった。


 それでも。


 ルミナは手記を握り締めた。


ルミナ

「まだ……ヤヌスは、生きてる……?」


 返事をする者はいない。


 確信などなかった。


 根拠と呼ぶには、あまりにも頼りない。


 けれど。


 何もなかった。


 暗闇しか残されていなかった胸の中に。


 たったひとつ。


 わずかな希望が生まれた。


 触れれば壊れそうなほど。


 小さく。


 弱い希望。


 それでも。


 ルミナには十分だった。


「…………」


 まだ、終わっていない。


 最後のページまで。


 レオンの残した言葉を読まなければならない。


 ルミナは、震える指でページをめくった。


 最後のページには。


 他の記録から少し離して。


 再び、2人の名前が書かれていた。


『ヤヌス。ルミナ。


 もし俺がいなくなり。


 どうすればいいか分からなくなった時は。


 エリュシアを頼れ』


「…………」


 知らない名前ではなかった。


 ルミナの誕生日。


 レオンが珍しく酒を飲み。


 いつもより少しだけ、口数が多くなった夜があった。


『昔、随分と面倒な魔女に会った』


 そう言ったレオンに。


 どんな人だったのかと尋ねると。


『口が悪い』


 少し考えてから。


『あと、性格も悪い』


 真顔で付け加えた。


 ヤヌスが笑い。


 ルミナも、つられて笑った。


 その時に聞いた名前。


 エリュシア。


「…………」


 ルミナは、手記へ目を戻した。


『このしおりを持って、廃棄の森を出ろ。


 お前たちが、あいつを探す必要はない。


 しおりに残したものへ気づけば。


 向こうから見つけるはずだ』


 最後のページには。


 1枚のしおりが挟まれていた。


 長く使われてきた、小さなしおり。


 角は擦れ。


 表面にも、いくつか傷がついている。


 ルミナは指先で、そっとしおりに触れた。


「…………」


 温かい。


 ほんの僅かに。


 誰かが、つい先ほどまで握っていたような温もりが残っていた。


 それだけで。


 レオンの大きな手を思い出した。


『エリュシアは、俺よりもずっと多くのことを知っている。


 困った時は、あいつを頼れ。


 ……まあ。


 素直に助けてくれるかは、分からないが』


「…………」


 その一文だけ。


 レオンが少し困ったような顔で書いている姿が浮かんだ。


 唇が震える。


 笑うことはできなかった。


 けれど。


 枯れたはずの涙が。


 ルミナの頬を、もう1度伝った。


 最後の文章へ。


 視線を落とす。


『それと――


 2人とも、生きろ』


「…………」


 涙が、手記の上へ落ちた。


 文字が僅かに滲む。


ルミナ

「……ずるいよ……」


 手記を胸へ抱き締める。


 固い表紙が、痩せた身体へ食い込んだ。


ルミナ

「そんなこと……書かれたら……」


 声が詰まる。


 あの夜。


 レオンがヤヌスへ何かを告げたことは分かっていた。


 けれど。


 泣き叫ぶ自分の声と。


 辺りを包んだ光に遮られ。


 何を言ったのかまでは、聞き取れなかった。


 今なら分かる。


 レオンは。


 最後まで。


 自分達に生きてほしいと願っていた。


「…………」


 レオンはいない。


 もう、答えてくれない。


 抱き締めることも。


 もう1度、名前を呼んでもらうこともできない。


 それでも。


 残された文字の中に。


 レオンの声があった。


『生きろ』


 死の間際。


 ヤヌスへ残した言葉。


 そして今。


 手記を通して。


 その言葉が、ルミナにも届いた。


「…………」


 ルミナは泣いた。


 枯れたと思っていた涙が。


 次から次へと溢れてくる。


 何も戻ってこない。


 レオンが生き返るわけではない。


 ヤヌスが生きている保証もない。


 それでも。


 もう。


 何もないわけではなかった。


「…………」


 ルミナは手記を胸に抱いたまま。


 最後のページから、しおりを抜き取った。


 指先へ伝わる、微かな温もり。


 弱々しく。


 それでも確かに。


 レオンが、そこに残してくれたものだった。


「…………」


 机から手を離す。


 足に力を入れる。


 何日もまともに食べていない身体は、簡単には動かなかった。


 膝が震える。


 視界が暗くなる。


 倒れそうになり、机へ手をついた。


 それでも。


 座り込まなかった。


「…………」


 息を吸う。


 乾いた喉が痛む。


 もう1度。


 足へ力を込める。


 立つ。


 手記を胸に抱き。


 しおりを強く握る。


 足元は覚束ない。


 何も解決していない。


 ヤヌスが生きていると、決まったわけでもない。


 けれど。


 生きているかもしれない。


 なら。


 確かめなければならない。


 見つけなければならない。


 もう1度。


 あの名前を呼ばなければならない。


ルミナ

「待ってて……ヤヌス」


 掠れた声だった。


 それでも。


 今度は、はっきりと前を向いていた。


 レオンが遺した、最後の道標。


 エリュシア。


 その魔女がいる場所へ。


 そして。


 ヤヌスへ繋がる道を探すために。


 止まっていたルミナの時間が。


 ほんの僅かに。


 再び、動き始めた。

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