第3話 異常者
第三章 第3話 異常者
渡り鳥亭を出たヤヌスは、そのまま城門へ向かって歩いていた。
夕暮れの街。
仕事を終えた人々が行き交い、家々からは夕食の匂いが漂い始めている。
その中を。
背中に布で巻かれた大剣を背負った青年が、真っ直ぐ進んでいく。
**門兵3**
「ま、待てって!」
後ろから声が飛んだ。
慌ただしい足音が近づき、肩を掴まれる。
振り返ると。
渡り鳥亭に駆け込んできた門兵が、肩で息をしていた。
**門兵3**
「はぁ……はぁ……」
「本当に1人で行く気なのか!?」
ヤヌスは男を見る。
**ヤヌス**
「ああ」
**門兵3**
「兄ちゃん……魔人と戦ったことはあるのか?」
焦りからか。
声が大きくなっていた。
――魔人。
その言葉に。
通りを歩いていた人々が足を止める。
「今……魔人って言わなかったか?」
「ついにここにも来たのか……?」
「教会は?」
「教会は助けに来てくれないのか……?」
ざわめきが広がっていく。
不安。
恐怖。
昨日まで普通に暮らしていた者たちの顔から、少しずつ笑顔が消えていく。
だが。
ヤヌスは気にする様子もなく答えた。
**ヤヌス**
「魔人と戦ったことはない」
一瞬。
頭の中に。
仮面をつけた男の姿が浮かぶ。
あれを戦いと呼んでいいのなら。
自分は――。
**門兵3**
「だったらなんでだよ!」
その声で。
思考が途切れた。
**門兵3**
「兄ちゃんは魔人の恐ろしさを知らねぇんだ!」
「俺は……俺は見たことあるぞ!」
門兵の顔から血の気が引いていく。
**門兵3**
「あの禍々しい姿……」
「人間とは比べものにならねえ力……!」
「鍛え上げられた教会兵だって、何人も集まって戦った!」
拳が震えていた。
**門兵3**
「それでも……全く歯が立たなかったんだ!」
最後は。
叫ぶような声だった。
恐れている。
魔人を。
過去に見た何かを。
それでも。
ヤヌスは歩き出した。
**ヤヌス**
「そうなのか」
**門兵3**
「お、おい!」
止まらない。
振り返りもしない。
**門兵3**
「あぁ、もう!!」
頭を掻きむしる。
「俺は戦わねぇからな!」
「絶対だからな!」
そう叫びながら。
結局。
男はヤヌスの後を追いかけた。
◇◇◇
巨大な城門を抜け。
橋を渡る。
夕日を受けた川が、赤く輝いていた。
街の喧騒が少しずつ遠ざかっていく。
ヤヌスは隣を歩く男へ視線を向けた。
**ヤヌス**
「ついてきて大丈夫なのか?」
**門兵3**
「し、仕方ねぇだろ!」
「兄ちゃん1人だったら、橋と反対方向に歩いてたじゃねぇか!」
「…………」
ヤヌスは黙る。
図星だった。
**門兵3**
「それに……」
男は頬をぽりぽりと掻く。
「俺も一応、仕事だからな」
「こんな場所に派遣されたんだ」
「街の連中を守らねぇと」
**ヤヌス**
「こんな場所?」
**門兵3**
「兄ちゃん、橋の向こうから来たんだろ?」
「だったら分かるだろ」
男は遠くを見る。
夕暮れに染まる森。
そのさらに向こう。
**門兵3**
「このリヴェルナは、魔族領との境界にある街だ」
「少し前までは、もっとずっと奥まで人間が暮らしてた」
「村もあった」
「街もあった」
声が少し低くなる。
**門兵3**
「……でも」
「魔王軍が侵攻してきた」
ヤヌスは男を見る。
少し考えてから。
**ヤヌス**
「――奪われたのか」
「…………」
門兵は僅かに目を見開いた。
そして。
**門兵3**
「……ああ」
それ以上。
2人は何も話さなかった。
風が吹く。
街から離れるほど。
人の声が消えていった。
◇◇◇
やがて。
森が見えてきた。
門兵が足を止める。
**門兵3**
「……ここだ」
木々が密集する森。
夕暮れの光さえ、奥までは届いていない。
**門兵3**
「朝の巡回組が、この辺りで魔人を見たって報告してきた」
**ヤヌス**
「そうか」
迷うことなく森へ入ろうとする。
**門兵3**
「に、兄ちゃん!」
呼び止められる。
ヤヌスが振り返った。
**ヤヌス**
「なんだ?」
**門兵3**
「ほ、本当に……1人で行っちまうのか?」
**ヤヌス**
「ああ」
「そうだ」
そして。
何かを思い出したように懐へ手を入れた。
小袋を取り出す。
中から。
金貨を1枚。
**ヤヌス**
「それと」
「ここまでの道案内、ありがとうな」
差し出す。
「これ……お金だ」
「助かった」
**門兵3**
「き、金貨!?」
男は慌てて両手で受け取った。
昨日と今日。
少しずつ。
ヤヌスは金の使い方を覚えていた。
たぶん。
まだ間違っている。
ヤヌスは満足したように森へ向き直る。
**門兵3**
「待てぇ!!」
また止められた。
「…………」
振り返る。
門兵は。
金貨を握り締めていた。
手が震えている。
怖い。
顔を見れば分かる。
それでも。
**門兵3**
「俺も……行く」
腰の剣へ手を添える。
**門兵3**
「兄ちゃんみたいな若ぇ奴が行くんだ!」
「俺だって……頑張らねぇと!」
ヤヌスは少しだけ男を見つめた。
**ヤヌス**
「そうか」
それだけ言って。
森へ入った。
**門兵3**
「いや、もうちょっと何かないのかよ……」
小さく呟き。
男も後を追った。
◇◇◇
森の中。
木々が夕日を遮り。
辺りは急速に暗くなっていく。
湿った土。
枯れ葉を踏む音。
鳥の鳴き声すら、いつの間にか聞こえなくなっていた。
ヤヌスは迷いなく歩いていく。
一方。
門兵は剣の柄を握ったまま、何度も周囲を見回していた。
**門兵3**
「な、なあ兄ちゃん」
**ヤヌス**
「なんだ?」
**門兵3**
「……怖くねぇのか?」
「魔人だぞ?」
**ヤヌス**
「怖い?」
ヤヌスは少し考える。
魔人。
その言葉で。
思い出すのは。
仮面。
カイン。
そして。
自分から全てを奪っていった夜。
**ヤヌス**
「……分からない」
**門兵3**
「分からないって……」
門兵が呆れた、その時。
ヤヌスの足が止まった。
風が吹く。
鼻先を掠める。
鉄臭い匂い。
懐かしいほど。
よく知っている匂い。
**ヤヌス**
「血の匂いがする」
**門兵3**
「……え?」
ヤヌスが走り出す。
**門兵3**
「お、おい!」
慌てて後を追う。
木々を抜け。
開けた場所へ出た。
そこで。
門兵の足が止まった。
「…………」
血。
地面一面に広がっている。
人間。
何人も倒れていた。
剣。
弓。
防具。
昨日、渡り鳥亭にいた魔獣狩りたち。
その中心。
3体の異形が立っていた。
人に近い身体。
だが。
皮膚は灰色。
背中には翼。
指先には鋭い爪。
その1体が。
魔獣狩りの首を片手で掴み、軽々と持ち上げていた。
**魔人1**
「弱い」
首を締める。
「弱すぎる」
**門兵3**
「ひっ……!」
門兵が後ずさる。
枯れ枝を踏んだ。
パキッ。
**魔人2**
「ん?」
異形の顔が。
こちらを向く。
**門兵3**
「ま……魔人だ!!」
震える手で弓を構える。
だが。
身体は無意識にヤヌスの後ろへ隠れていた。
**魔人3**
「……へぇ」
口角が。
異様なほど吊り上がる。
「新しい玩具が来た」
ヤヌスは。
足元に転がる死体を見る。
そして。
3体の魔人へ視線を戻した。
**ヤヌス**
「おい」
「お前らに聞きたいことがある」
返事はない。
**魔人2**
「おい」
「次は俺の番だよな?」
**魔人3**
「はぁ?」
「俺だって、さっきの奴らの時は大人しくしてたんだぜ?」
「次は俺に遊ばせろ」
聞こえていないのか。
それとも。
人間の言葉など聞く価値もないと思っているのか。
**魔人1**
「こいつは用済みだ」
掴んでいた魔獣狩りを。
無造作に投げ捨てた。
**魔獣狩り**
「ぐはっ!!」
地面を転がる。
口から血を吐きながら。
それでも。
必死に顔を上げた。
**魔獣狩り**
「に……逃げろ……」
「皆に……知らせるんだ……」
震える指が。
魔人たちを指す。
**魔獣狩り**
「街が……壊される……!」
「こいつらは……Bランク以上だ……!」
**門兵3**
「B……ランク……」
弓が下がる。
顔から血の気が消えた。
**門兵3**
「……終わりだ」
だが。
ヤヌスは。
まるで聞いていなかった。
**ヤヌス**
「おい」
再び。
魔人へ問いかける。
「仮面の魔人はどこにいる?」
「…………」
魔人たちの会話が止まった。
3体。
一斉に。
ヤヌスを見る。
**魔人1**
「……今」
「なんと言った?」
空気が変わる。
殺気。
門兵の身体が強張った。
それでも。
ヤヌスの声は変わらない。
**ヤヌス**
「仮面の魔人はどこにいるかって聞いてるんだ」
**魔人1**
「……人間」
額。
首。
腕。
魔人の全身に血管が浮かび上がっていく。
**魔人1**
「人間ごときが……」
「あのお方に何の用だ?」
**門兵3**
「に、兄ちゃん……!」
ヤヌスの肩を掴む。
**門兵3**
「もうそれくらいにして……逃げよう!」
ヤヌスは。
止まらなかった。
**ヤヌス**
「用はない」
一拍。
「見つけて――殺すんだ」
「…………!」
地面が弾けた。
**魔人1**
「人間ンンン!!」
「殺す!!」
一瞬。
門兵には。
魔人の姿が消えたように見えた。
速い。
反応すらできない。
魔人とヤヌスの身体が交わる。
――ザッ。
そして。
通り過ぎた。
「…………」
ボトッ。
何かが地面へ落ちた。
門兵が見る。
魔人の。
頭だった。
「…………は?」
頭を失った身体が。
数歩進む。
そして。
膝から崩れ落ちた。
ヤヌスは。
自分の右手を見ていた。
指先。
血が滴っている。
**ヤヌス**
「……しまった」
足元。
魔人の頭が転がっている。
**ヤヌス**
「いきなり来るから」
「殺してしまった」
剣は。
背中にある。
抜いてすらいない。
ヤヌスが振るったのは。
ただの手刀。
**魔人2**
「な……」
**魔人3**
「…………」
言葉が出ない。
門兵も。
尻餅をついたまま。
ヤヌスを見上げている。
次の瞬間。
プシャァァァッ!!
首を失った身体から。
血が噴き上がった。
**門兵3**
「うわぁぁっ!?」
血の雨が門兵へ降り注ぐ。
顔も。
服も。
真っ赤に染まった。
ヤヌスは。
残った2体を見る。
**ヤヌス**
「なあ」
「お前らは知ってるか?」
**魔人2**
「き、貴様……!」
「何をしやがった!!」
**ヤヌス**
「間違って殺してしまった」
**魔人3**
「見え……なかった……」
さっきまで浮かべていた笑みが。
消えている。
**魔人2**
「ありえない……」
「ありえないぞ……!」
震えている。
怒りか。
恐怖か。
本人にも分からない。
**魔人2**
「勇者でもない……ただの人間に……!」
「我々魔族が……!」
「劣等種族の雑魚に殺されていいわけがないんだぁぁぁ!!」
地面を蹴る。
**魔人3**
「おい! 待て!!」
制止は届かない。
魔人がヤヌスへ突撃する。
そして。
また。
交わる。
――ザッ。
**魔人2**
「……なっ」
ボト。
ボトッ。
地面へ。
2本の腕が落ちた。
魔人が。
自分の肩を見る。
両腕がない。
**ヤヌス**
「ふぅ……」
血に濡れた両手を見る。
「今度は殺さずに済んだ」
**魔人2**
「ぐ……」
一拍遅れて。
**魔人2**
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
絶叫。
肩口から血が噴き出す。
**門兵3**
「う……嘘だろ……」
門兵は動けない。
理解できない。
目の前で何が起きているのか。
それは。
魔人たちも同じだった。
ただ1人。
ヤヌスだけが。
何も変わらない。
**魔人3**
「……そうか」
魔人3の視線が。
ヤヌスの背中へ向く。
「分かったぞ……!」
布に包まれた大剣。
**魔人3**
「その剣だ!!」
「聞いたことがある!」
「人間は魔道具というものを使うとな!」
ヤヌスを指差す。
**魔人3**
「その剣に何かカラクリがあるんだ!」
「そうに決まっている!!」
**ヤヌス**
「……?」
首を傾げる。
「魔道具が何かは分からない」
右手を上げる。
血に濡れた手。
それを。
手刀の形にする。
**ヤヌス**
「でも」
「今のはこれでやったぞ」
「…………」
**魔人3**
「ば……馬鹿な……!」
「劣等種族などに!」
「魔族が素手でやられるなど、ありえん!!」
そして。
何かに気づいたように目を見開く。
**魔人3**
「はっ……!」
「貴様……勇者か!?」
「…………」
ヤヌスの瞳に。
一瞬だけ。
別の男が映った。
大きな背中。
聖剣。
そして。
自分たちを守り続けた父親。
**ヤヌス**
「違う」
静かに。
「俺は……あんなに立派じゃない」
右手を下ろす。
**ヤヌス**
「それより」
「お前は知ってるのか?」
魔人を見る。
「仮面の魔人」
「名前は――カイン」
「…………!」
魔人3の目が見開かれる。
**魔人3**
「貴様……」
「カイン様の名まで知っているのか……」
その瞬間。
ヤヌスの目が変わった。
初めて。
僅かに感情が滲む。
**ヤヌス**
「知ってるんだな?」
1歩。
魔人へ近づく。
**魔人3**
「……っ」
魔人が。
1歩下がった。
さっきまで。
人間を玩具と呼んでいた魔人が。
人間から。
逃げるように。
**ヤヌス**
「どこにいる?」
**魔人3**
「し……知らん!」
「俺たちのような下級の者が、カイン様の居場所など知るわけが――」
ヤヌスの足が止まる。
**ヤヌス**
「そうか」
興味が消えた。
それが分かった。
**魔人3**
「ま、待て!」
魔人の顔が青ざめる。
**魔人3**
「本当に知らないんだ!」
「だ、だが!」
「探す方法なら――」
**ヤヌス**
「知ってるのか?」
**魔人3**
「…………」
魔人は言葉に詰まった。
嘘。
それだけで十分だった。
ヤヌスが歩き出す。
**魔人3**
「ひっ……!」
魔人が後ずさる。
**魔人3**
「ま、待て……!」
「俺は何もしていない!」
足元。
人間の死体。
さっきまで笑いながら。
玩具と呼んでいた。
**魔人3**
「殺したのは俺じゃない!」
「あいつだ!」
首を失った仲間を指差す。
「俺は見ていただけだ!」
「だから――」
ヤヌスが。
足を止めた。
**ヤヌス**
「……お前らも」
「?」
魔人を見る。
**ヤヌス**
「奪ったんだろ?」
魔人の視線が。
足元へ落ちる。
死体。
血。
奪われた命。
**魔人3**
「そ、それは……」
**ヤヌス**
「だったら」
ヤヌスは。
何の感情もなく言った。
「奪われても仕方ないだろ」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間。
門兵の背筋に。
寒気が走った。
あれは。
怒っている人間の顔ではない。
憎んでいる顔でもない。
もっと。
恐ろしい何か。
**魔人3**
「ま、待――」
――ザッ。
声が途切れた。
首が。
宙を舞う。
ボトッ。
地面へ落ちる。
残ったのは。
両腕を失った魔人だけ。
**魔人2**
「ひ……」
さっきまで叫んでいた魔人が。
震えている。
**魔人2**
「た……助け……」
ヤヌスが振り返る。
**魔人2**
「助けてくれ……!」
「頼む……!」
「もう人間は殺さない!」
「もう何も奪わない!」
地面へ膝をつく。
血を流しながら。
必死に頭を下げる。
**魔人2**
「だから……!」
「命だけは……!」
ヤヌスは。
黙って見下ろした。
その姿に。
昔の自分を重ねることはなかった。
許そうとも思わなかった。
ただ。
頭の奥で。
あの声が蘇る。
◇◇◇
**???**
「世界は驚くほど単純なんだ」
「強者は奪う」
「弱者は奪われる」
◇◇◇
「…………」
ヤヌスは。
魔人の前へ立った。
**ヤヌス**
「お前」
「今まで何人から奪った?」
**魔人2**
「え……」
**ヤヌス**
「命」
「家族」
「家」
「……色々あるだろ」
魔人の唇が震える。
答えない。
ヤヌスは。
その沈黙を見つめる。
**ヤヌス**
「俺も奪われた」
一瞬だけ。
瞳の奥に。
レオン。
ヴァルド。
家。
墓。
全てが浮かんだ。
そして。
消える。
**ヤヌス**
「だから」
右手を上げる。
「俺も奪うことにした」
**魔人2**
「や……やめ――」
――ザッ。
血が。
森の中へ散った。
静寂。
鳥の声もない。
風だけが。
血の臭いを運んでいく。
ヤヌスは。
血に染まった右手を見つめる。
そして。
何事もなかったかのように振り払った。
◇◇◇
**門兵3**
「…………」
門兵は。
まだ地面に座り込んでいた。
目の前。
3体の魔人。
全滅。
時間にすれば。
ほんの僅か。
剣すら抜いていない。
それどころか。
ヤヌスには傷1つない。
**門兵3**
「に……兄ちゃん……」
声が震える。
「戦わないって……」
「言ったよな……?」
ヤヌスが振り返る。
**ヤヌス**
「ああ」
「言った」
**門兵3**
「じゃ、じゃあ……」
死体を見る。
「これは……なんなんだよ……」
「…………」
ヤヌスも。
3体の死体を見る。
そして。
**ヤヌス**
「戦ってない」
「……は?」
**ヤヌス**
「あいつらは」
「俺より弱かった」
一拍。
「だから――」
血のついた右手を見つめる。
**ヤヌス**
「俺が奪っただけだ」
「…………」
門兵は。
何も言えなかった。
夕暮れの森。
血まみれの青年。
その背中にある大剣は。
最後まで。
1度も抜かれなかった。
◇◇◇
日が沈む頃。
リヴェルナ。
カラン、カラン――。
《渡り鳥亭》の扉が開いた。
**ニコ**
「……!」
入口をずっと気にしていたニコが。
真っ先に振り返る。
そこに。
ヤヌスが立っていた。
服には。
魔人の返り血。
その後ろ。
同じく血まみれになった門兵が。
青ざめた顔で立っている。
「…………」
ニコの目が。
大きく開いた。
そして。
**ニコ**
「ヤヌスお兄ちゃん!!」
椅子を蹴るように立ち上がる。
そのまま。
ヤヌスへ駆けていった。
ヤヌスは。
飛び込んでくる小さな身体を見下ろす。
**ニコ**
「帰ってきた……!」
「本当に帰ってきた!」
服を。
ぎゅっと掴んでいる。
ヤヌスは。
少し困ったようにニコを見る。
その奥。
ミレイユが立っていた。
胸へ手を当て。
安堵したように笑っている。
**ミレイユ**
「……おかえりなさい」
「…………」
ヤヌスは。
その言葉に。
僅かに目を見開いた。
――おかえり。
久しぶりに。
聞いた気がした。
昔。
自分にも。
帰る場所があった。
帰れば。
誰かがいた。
それが当たり前だった。
でも。
もう――。
**ニコ**
「ヤヌスお兄ちゃん!」
「ほら!」
「おすすめ、まだいっぱいあるから!」
腕を引っ張られる。
ヤヌスは。
しばらくニコを見つめた。
そして。
小さく息を吐く。
**ヤヌス**
「……そうだったな」
店の中へ。
1歩。
足を踏み入れる。
**ヤヌス**
「腹、減った」
**ニコ**
「お母さん!」
「ヤヌスお兄ちゃんのご飯!」
**ミレイユ**
「はいはい」
笑い声。
料理の匂い。
暖かな灯り。
その光景を。
門兵だけが。
入口で呆然と見ていた。
**門兵3**
「…………」
「いや……」
一瞬前までの光景を思い出す。
首が飛び。
腕が落ち。
命乞いする魔人を。
何の躊躇もなく殺した青年。
それと。
目の前で腹を空かせている青年。
**門兵3**
「……なんなんだよ、兄ちゃん」
その呟きは。
店の喧騒に消えていった。




