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第2話 約束

第三章 第2話 約束


 翌朝。


 街の外れ。


 人通りの少ない場所に生えた大木の上で、ヤヌスはゆっくりと目を覚ました。


 枝の上に寝転んだまま、ぼんやりと空を見上げる。


 青い空。


 葉の隙間から差し込む朝日が、顔に落ちていた。


「……ん」


 片腕を伸ばし、大きく伸びをする。


 ぱき、と背中が鳴った。


「少し……寝過ぎたか」


 奈落にいた頃からの癖だった。


 地面で眠れば、いつ何に襲われるか分からない。


 だから眠る時は、木の上。


 いつの間にか、それが当たり前になっていた。


 ヤヌスは枝の上に立つ。


 そのまま躊躇なく飛び降りた。


 数メートルの高さ。


 だが着地した身体はほとんど音を立てない。


 マントを軽く払い、街の方へ歩き出す。


 しばらくして。


 ぐぅぅぅぅ……。


 大きな音が腹から鳴った。


「…………」


 ヤヌスは立ち止まる。


 自分の腹へ手を当てた。


「腹……減ったな」


 その瞬間。


 昨日のことを思い出した。


◇◇◇


**ミレイユ**


「それで」


「明日も」


「明後日も」


「その次の日も」


 柔らかく笑う。


**ミレイユ**


「また食べに来てください」


◇◇◇


「…………」


 ヤヌスは腹をさする。


「また行っても……いいんだろうか」


 言葉にすると、なぜか少し気恥ずかしい。


 そのまま街中を歩いていると。


 路地裏から、険しい声が聞こえてきた。


**商人**


「おい! ここはしばらく安全だったんじゃないのか!」


**商人二**


「安全だったさ!」


「仮面の魔人が現れるまではな……!」


 ヤヌスの足が止まる。


 仮面の魔人。


 その言葉だけで。


 さっきまで腹に向いていた意識が、一瞬で消えた。


**商人二**


「……まさか、あっちの街が一夜で壊滅するとは思わなかった」


「だからこの街も危ねえんだって!」


「いつあの魔人が攻め込んできても、おかしくねえ!」


**商人**


「教会が助けに来てくれないのか?」


**商人二**


「いや……」


「この街は見捨てられるだろうな」


「相手が仮面の魔人なら、尚更だ」


 その言葉が終わるより早く。


 ヤヌスは二人の間へ入り込んでいた。


**ヤヌス**


「おい」


 二人が驚いて振り返る。


「今の話は本当か?」


**商人二**


「うわっ……!」


 男の顔が引きつった。


「に、兄ちゃん……今の話、聞いてたのか」


 バツが悪そうに周囲を見る。


**商人二**


「悪いことは言わねえ」


「兄ちゃんも早くこの街を――」


**ヤヌス**


「この街にいれば、仮面の魔人に会えるのか?」


「…………」


**商人**


「……は?」


**商人二**


「……は?」


 二人の声が、綺麗に重なった。


◇◇◇


 昼前。


 ヤヌスは再び街を歩いていた。


 昨日。


 初めて街へ入った時は、目に映るものすべてが新しかった。


 建物。


 人。


 馬車。


 店。


 食べ物。


 笑い声。


 人間がこれほど多く集まる場所そのものが、ヤヌスには未知だった。


 だが。


 一日経ち、少しだけ慣れてくると。


 違うものも目に入るようになった。


 人で溢れる大通り。


 客を呼び込む商人たち。


 大声で笑う旅人。


 その一方で。


 少し外れた道には、店を閉めた建物が並んでいる。


 荷物を馬車へ積み込み、街を出ていこうとする家族。


 路地裏で小声で話す男たち。


 すれ違う人間たちの中にも、どこか落ち着かない顔をした者がいる。


 昨日は気づかなかった。


 この街には。


 活気と一緒に、薄い恐怖が漂っている。


「…………」


 ヤヌスはその光景を見ながら歩く。


 ぐぐぅぅぅぅ……。


 再び腹が鳴った。


「……腹減った」


 腹を押さえた、その時。


 風に乗って。


 香ばしい匂いが鼻へ届いた。


「……?」


 足が止まる。


 肉の匂い。


 焼けた脂。


 何か甘い香辛料の香り。


 気づけば。


 匂いを追うように、ヤヌスは露店が並ぶ通りへ入っていた。


 そこで。


 炭火の上で肉串を焼いていた男が声を掛けてくる。


**露店の店主**


「そこの兄ちゃん!」


「腹減ってそうな顔してんな!」


「一本どうだい?」


 ヤヌスは足を止める。


 網の上。


 串に刺された肉が、じゅうじゅうと脂を落としていた。


 視線が釘付けになる。


**露店の店主**


「兄ちゃん、魔獣狩りだろ?」


「いつも俺たちのためにありがとな!」


**ヤヌス**


「俺は魔獣狩りとやらではない」


「生きるために魔獣を殺したりはしたがな」


**露店の店主**


「それを魔獣狩りって言うんじゃねえのか!」


 豪快に笑う。


 焼き上がった串を一本取り、ヤヌスへ差し出した。


**露店の店主**


「ほら!」


「これはいつもの礼だ!」


 差し出された串。


 ヤヌスはそれを見つめた。


 そして。


 昨日の出来事を思い出す。


「……金」


 懐へ手を入れた。


 小袋。


 そこから金貨を一枚取り出す。


**ヤヌス**


「これで足りるか?」


「…………」


 店主は目を丸くした。


 ヤヌスの顔。


 金貨。


 もう一度ヤヌスを見る。


 そして。


**露店の店主**


「はははははっ!!」


「金なんていいって!」


「それに俺の串は、そんなに高くねえよ!」


 腹を抱えて笑う。


 ヤヌスは金貨を見下ろした。


**ヤヌス**


「……そうなのか」


 金貨を袋へ戻す。


 串を受け取った。


「……すまん」


**露店の店主**


「いいってことよ!」


 ヤヌスは少し離れた場所にあったベンチへ腰掛けた。


 串へ齧りつく。


「…………」


 噛んだ瞬間。


 目が大きく開いた。


「……美味い」


 塩気。


 焦げた脂。


 噛むたびに染み出す肉汁。


 昨日の料理とはまた違う。


 手が止まらない。


 一本。


 また一口。


 食べながら。


 ヤヌスは街を見渡した。


 露店へ群がる客。


 値段を巡って言い争う商人。


 追いかけっこをしている子どもたち。


 それを叱る母親。


 何でもない光景。


 何でもない一日。


「人間の街は……平和だな」


 ぽつりと呟く。


 だが。


 すぐに。


 さっき聞いた言葉が頭をよぎる。


◇◇◇


**商人二**


「だからこの街も危ねえんだって!」


「いつあの魔人が攻め込んできても、おかしくねえ!」


◇◇◇


 そして。


 さらに古い声が重なる。


◇◇◇


**???**


「世界は驚くほど単純なんだ」


「強者は奪う」


「弱者は奪われる」


◇◇◇


「…………」


 ヤヌスは、遊んでいる子どもたちを見つめる。


 笑っている。


 何も知らずに。


 明日も同じ日が来ると信じている。


「こいつらも……」


 一口。


 肉を噛む。


「奪われるのか」


 その声は。


 誰にも聞こえなかった。


◇◇◇


 ――一日前。


 魔女の街。


 修練場。


 広い石造りの空間。


 その中央で。


 ルミナとエリュシアが向かい合っていた。


 少し離れた場所には、ノクスとリリア。


 三人とも。


 幼さはもう残っていない。


 三年という月日が。


 少女だった彼女たちを、確かに大人へ近づけていた。


**ルミナ**


「はぁ……はぁ……」


 膝へ手をつく。


 肩で息をしている。


 額から汗が滴り、床へ落ちる。


 魔力を使い果たした身体は、立っているだけでも辛そうだった。


 対するエリュシアは。


 息一つ乱れていない。


 だが。


 その足元。


 透明な破片が無数に散らばっていた。


 ガラスのように薄く。


 光を受け、淡く輝いている。


 ――結界魔法の残骸。


 エリュシアが静かにそれを見る。


**エリュシア**


「どうやら……間に合ったようだな」


**ルミナ**


「はぁ……はぁ……はぁ……?」


 顔だけを上げる。


 何を言われたのか。


 理解する余裕すら残っていない。


 その時。


**リリア**


「ルミナー!!」


**ノクス**


「ルミナ!」


 二人が一斉に駆け寄った。


 倒れそうになる身体を、左右から支える。


**リリア**


「大丈夫!?」


**ノクス**


「無茶をしすぎだ!」


 ルミナは答えようとする。


 だが。


 まだ呼吸が整わない。


 そんな三人を見ながら。


 エリュシアが静かに告げた。


**エリュシア**


「先刻――」


 一拍。


「ヤヌスが“森”から出た」


「…………」


 ルミナの呼吸が止まった。


**ルミナ**


「……え?」


 顔が上がる。


 疲労で曇っていた瞳が、一瞬で変わる。


**エリュシア**


「なんとか」


「ヤヌスの出立に、“間に合った”ということだ」


 ルミナは、まだ理解できていない。


 エリュシアを見つめたまま。


 ただ待つ。


 そして。


**エリュシア**


「――合格だ」


「…………!」


 その瞬間。


 ルミナの顔が、一気に明るくなった。


**ルミナ**


「ほ……ほんとう――」


**リリア**


「やったぁぁぁぁ!!」


 最後まで言わせなかった。


 リリアが思い切り抱きつく。


**ノクス**


「……やったな、ルミナ」


 反対側から、ノクスも抱き締める。


 二人とも笑っていた。


 それなのに。


 目には涙が浮かんでいる。


**リリア**


「ルミナ! おめでとう!」


**ノクス**


「お前は……本当に凄いやつだ」


**ルミナ**


「お姉さんたち……」


 ルミナも。


 二人の背中へゆっくりと腕を回した。


 ぎゅっと。


 力いっぱい抱き締める。


 三年間。


 ずっと支えてくれた。


 何度失敗しても。


 何度倒れても。


 いつも隣にいてくれた。


**エリュシア**


「ルミナ」


 声に反応し。


 三人が顔を上げる。


**エリュシア**


「準備ができたら教えろ」


「正確な位置までは無理だが、ヤヌスの近くまでゲートを繋いでやる」


 ルミナは二人から離れた。


 そして。


 エリュシアへ向き直る。


 深々と頭を下げた。


**ルミナ**


「お師匠様」


「ありがとうございます」


 顔を上げる。


 今度は。


 リリアとノクスを見る。


**ルミナ**


「お姉さんたちも……ありがとう」


 もう一度。


 二人を抱き締めた。


**エリュシア**


「出立の時期は、お前に任せる」


「長旅になる」


「必要なものは、しっかり準備しておけ」


 一拍。


 エリュシアの声が、僅かに低くなる。


**エリュシア**


「――心の準備もな」


「…………」


 ルミナの表情が少しだけ引き締まった。


 それでも。


 迷いはない。


**ルミナ**


「はい!」


「お師匠様!」


◇◇◇


 ――現在。


 リヴェルナ。


 夕刻。


 ヤヌスは街を歩いていた。


 朝から。


 仮面の魔人について聞き回った。


 だが。


 有力な情報は、何一つ得られていない。


 名前を出した瞬間。


 顔色を変えて逃げる者。


 口を閉ざす者。


 店から追い出す者までいた。


 恐れられている。


 それだけは分かった。


 仮面の魔人。


 カイン。


 その名を知る者はいても。


 近づこうとする者はいない。


「…………」


 気づけば。


 空が赤く染まり始めていた。


 そして。


 足が止まる。


 見覚えのある看板。


 翼を広げた鳥。


 ――《渡り鳥亭》。


 ヤヌスは店を見上げた。


◇◇◇


**ミレイユ**


「明日も」


「明後日も」


「その次の日も」


「また食べに来てください」


◇◇◇


 ぐぅぅぅぅ……。


 腹が鳴った。


「…………」


 腹を押さえる。


「来ていいって……言ってたしな」


 少しだけ躊躇する。


 そして。


 恐る恐る扉を開いた。


 カラン、カラン。


**ニコ**


「いらっしゃいま――」


「あっ!」


 声が跳ねる。


**ニコ**


「昨日のお兄ちゃんだ!」


「本当に来てくれたんだね!」


 目を輝かせながら駆け寄ってくる。


 その声を聞き。


 店の奥からミレイユも顔を覗かせた。


**ミレイユ**


「ふふっ……」


「いらっしゃいませ」


 昨日と同じ。


 柔らかな笑顔。


 ヤヌスは少し気まずそうに立っていた。


**ヤヌス**


「……駄目だったか?」


**ニコ**


「駄目じゃないよ!」


「今日は僕のおすすめ食べてくれるんでしょ!」


 ニコがヤヌスの手を引く。


 昨日と同じ席へ案内した。


 今日はまだ少し時間が早い。


 店内に客はほとんどいない。


 聞こえるのは。


 厨房から響く包丁の音と。


 火の弾ける音くらいだった。


**ニコ**


「お母さーん!」


 奥へ走っていく。


**ミレイユ**


「はいはい」


 どこか機嫌の良さそうな返事。


 すぐに。


 ニコが麦酒を持って戻ってきた。


 ヤヌスの前へ置く。


 そして。


 なぜか自分も正面に座った。


**ニコ**


「ささ!」


「飲んで飲んで!」


「おかわりも自由だよ!」


**ヤヌス**


「……ああ」


 昨日と同じ勢いで。


 一気に飲み干す。


 ごく、ごく、ごく。


 空になったジョッキを置いた瞬間。


 ニコが身を乗り出した。


**ニコ**


「お兄ちゃんのお名前は?」


「僕はニコ!」


**ヤヌス**


「ヤヌスだ」


**ニコ**


「ヤヌスお兄ちゃん!」


 嬉しそうに繰り返す。


**ニコ**


「ヤヌスお兄ちゃんは魔獣狩りなの?」


**ヤヌス**


「違う」


**ニコ**


「今いくつ?」


「僕は十歳!」


**ヤヌス**


「分からん」


**ニコ**


「えー!」


「自分の歳、分からないんだ!」


 さらに。


**ニコ**


「ヤヌスお兄ちゃん、髪長いね!」


「伸ばしてるの?」


**ヤヌス**


「切るのが面倒なんだ」


**ニコ**


「今まで何体の魔獣倒したの?」


**ヤヌス**


「数えてない」


**ニコ**


「やっぱり強いんだ!」


「今度、戦い方教えてよ!」


**ヤヌス**


「断る」


「えー!」


 まるで気にしていない。


 すぐに次の質問が飛んでくる。


**ニコ**


「ヤヌスお兄ちゃん!」


「ヤヌスお兄ちゃんは?」


「ヤヌスお兄ちゃんって――」


 次から次へ。


 ヤヌスは麦酒を飲みながら。


 淡々と答え続ける。


 やがて。


**ニコ**


「ヤヌスお兄ちゃんは、どこから来たの?」


**ヤヌス**


「橋の向こう」


**ニコ**


「そうなんだ!」


 そして。


 何の悪気もなく。


 続けた。


**ニコ**


「お父さんとお母さんは?」


「大丈夫だったの?」


 ガタッ。


 ジョッキが手から落ちた。


 木の机にぶつかり。


 床へ転がる。


「…………」


 ヤヌスの手が止まっていた。


 視線だけが。


 落ちたジョッキを見つめている。


**ミレイユ**


「こらっ、ニコ」


 その時。


 料理を運んできたミレイユが、少し強めの声を出した。


**ミレイユ**


「あまりヤヌスさんを困らせたら駄目よ」


**ニコ**


「……ごめんなさい」


 しゅんと肩を落とす。


 そして。


 雑巾を取りに奥へ走っていった。


 ミレイユは困ったように笑う。


**ミレイユ**


「ごめんなさいね」


 ヤヌスは何も答えない。


 そんな横顔を見て。


 ミレイユが静かに話し始めた。


**ミレイユ**


「あの子が生まれてすぐに」


「夫の身体に聖印が見つかって、教会に迎えられたんです」


「…………」


 ヤヌスは黙って聞いている。


**ミレイユ**


「それで」


「ニコが物心つく前に……夫は殉職しました」


 少しだけ。


 声が細くなる。


 それでも。


 ミレイユは笑っていた。


**ミレイユ**


「だからなのかもしれません」


「ニコは昔から、大人の男の人と話したがるんです」


 一拍。


**ミレイユ**


「心のどこかで」


「“父親”を探しているんでしょうね」


「…………」


 その言葉に。


 ヤヌスの脳裏へ。


 一人の男の顔が浮かんだ。


 レオン。


 剣の振り方を教え。


 食事を作り。


 怒り。


 笑い。


 そして。


 最後まで。


 自分たちを守った男。


「……そうなのか」


 それだけ答える。


 ミレイユは小さく笑った。


**ミレイユ**


「ささ」


「暗い話はここまで」


「ヤヌスさん、冷めないうちにどうぞ」


「ニコのおすすめです」


 机へ置かれた料理。


 丸く焼かれた生地の中に。


 細かく裂いた肉と、刻んだ野菜。


 とろりと溶けたチーズ。


 その上から香草のソースがかけられている。


 表面は香ばしく焼け。


 切れ目から湯気が立っていた。


 ヤヌスは目を丸くする。


「これは……」


**ミレイユ**


「肉と野菜を包んだ焼きパイです」


「ニコの一番好きな料理なんですよ」


 ヤヌスは一口。


 噛む。


「…………!」


 すぐに。


 もう一口。


「う、美味い」


 そして。


 昨日と同じように。


 一気に食べ始めた。


**ミレイユ**


「ふふっ」


 その姿を見て。


 ミレイユは柔らかく笑う。


 厨房へ戻ろうとした。


 その時。


 バンッ!!


 店の扉が勢いよく開いた。


 肩で息をする男。


 昨日。


 ヤヌスをここまで連れてきた門兵だった。


 汗だく。


 顔色は青い。


**門兵三**


「ミレイユさん!!」


「今日はまだ魔獣狩りたちは来てないのか!?」


**ミレイユ**


「も、門兵さん……?」


「どうなさったんですか?」


「今日は、まだ来てませんけど……」


 ただならぬ様子。


 ミレイユの顔にも不安が浮かぶ。


**門兵三**


「くそっ……!」


「こんな時に……!」


 一度。


 荒い呼吸を整える。


 そして。


**門兵三**


「ついに……こっちにも出たんだ」


 一拍。


「――魔人が」


**ミレイユ**


「……え?」


 その瞬間。


 ガタッ!!


 椅子が大きく鳴った。


 ヤヌスが立ち上がっていた。


**門兵三**


「な、なんだ」


「兄ちゃんもいたのか」


 ヤヌスは門兵を見る。


 瞳が。


 さっきまでとは違っていた。


**ヤヌス**


「なあ」


「魔人は……話せるんだろ?」


 立てかけていたアウロラへ手を伸ばす。


**門兵三**


「そ、そうだ!」


「なんだ兄ちゃん」


「命乞いでもしようってのか……?」


**ヤヌス**


「魔人のところまで案内しろ」


「…………」


**門兵三**


「ま、まさか兄ちゃん」


「戦う気か?」


「やめとけ!」


「魔人は魔獣とは比べものにならねえ!」


「大人しく魔獣狩りが揃うのを待つんだ!」


**ヤヌス**


「戦わない」


 一歩。


 扉へ向かう。


「聞きたいことがあるだけだ」


**ミレイユ**


「ヤヌスさん!」


 ミレイユも声を上げる。


 だが。


 ヤヌスは止まらない。


 その時。


**ニコ**


「ヤヌスお兄ちゃん!!」


 奥から。


 ニコが飛び出してきた。


「…………」


 ヤヌスの足が止まる。


 振り返らない。


**ニコ**


「ヤヌスお兄ちゃん……」


「死んじゃうよ……」


 声が震えている。


 目には涙。


 ヤヌスは少しだけ黙った。


 そして。


**ヤヌス**


「ニコ」


「お前のおすすめ……美味かったぞ」


 それだけ言って。


 再び背を向ける。


**ニコ**


「ヤヌスお兄ちゃん!」


「もっといっぱい……おすすめあるから……!」


 涙が頬を伝う。


**ニコ**


「だから……!」


「絶対、帰ってきて!!」


 ヤヌスは答えない。


 だが。


 一瞬だけ。


 足が止まった。


**ミレイユ**


「ヤヌスさん」


 無理に作った笑顔。


 不安も。


 恐怖も。


 全部押し込めて。


**ミレイユ**


「また」


「食べに来てください」


「…………」


 ヤヌスは。


 ほんの僅かにだけ。


 顔を横へ向けた。


 そして。


 何も言わず。


 店を出た。


◇◇◇


 ――橋の向こう。


 森の中。


 血の臭いが漂っていた。


 折れた木々。


 荒れた地面。


 そこに。


 複数の人影。


 いや。


 人ではない。


 翼。


 硬質な肌。


 鋭い爪。


 ガーゴイルを思わせる異形の魔人たち。


 その足元には。


 人間が倒れていた。


 何人も。


 既に動かない。


**魔人一**


「弱い」


 一人の魔人が。


 男の首を片手で掴み。


 軽々と持ち上げていた。


**魔人一**


「弱すぎる」


**魔獣狩り**


「ぐ……はっ……」


 喉が締まる。


 息ができない。


 視界が霞む。


 足元。


 そこには。


 仲間たちの死体。


(……Cランクの魔獣を)


(狩りに来ただけだったのに……)


 なぜ。


 こんな場所に。


 魔人がいる。


**魔人二**


「この程度か」


「なら、次の侵略も簡単そうだな」


**魔人三**


「ああ」


 低い笑い声。


 森の奥へ。


 静かに響いた。

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