↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/14

09 予感

呪術師、霊能能力者、刑事たち


次回9月12日土曜20時に投稿します



◆



 ハチオウジ駅北口にある居酒屋チェーン「愚民《ぐたみ》」。掘りごたつの個室でセントは赤のグラスワインをそっと飲んだ。安い苦みが口の中に広がる。


 セントは壁側にいて隣に小太りの女性、霊能者の縦浜《たてはま》タイミが座っていた。その奥で明智《あけち》が豪快にビールをジョッキで飲んでいる。


 目の前にはサラミがいる。その隣にいる無精髭の若い男が特事課の柿津《かきつ》フキタテ、さらに岳川《たけかわ》が順に座っていた。その奥にいる口髭を生やし頬がこけた男は特事課課長の麦沢《むぎさわ》セイゾウだ。


「ガハハハ、麦沢さんとこも最近忙しいんだってな?」


 明智がジョッキを片手に麦沢に水を向ける。麦沢が笑顔で手を振った。


「いやいやいや、住職、何を言ってんの! これが本当のただの貧乏暇無しなんですよねー」


 明智と麦沢の大声が響く。他の個室の騒ぐ声も合わさり室内は喧騒に包まれていた。


 セントはふとサラミに目を向けた。彼女と知り合って少ししか経たないが自信のある顔つきに変わっている気がした。


「水依、仕事はもう慣れたんか?」


 サラミがレモンサワーを飲み干す。ガチャ、ジョッキを強く置いた。


「そうですね。まだまだだけど食らいついていきます」


「その息やな」


「ありがとうございます」


「水依はガッツがあるから大丈夫ですよ」


 岳川がポテトフライをつまみながらサラミに目を向けた。


「岳川さんの捜査についてこれてるだけでも十分です」


 柿津がぼそりと呟いた。柿津はサラミが来るまでは岳川と二人で捜査をしていた。熱くなる岳川を押さえながらうまくやってきたので苦労がわかるのだろう。


「柿津さんは岳川さんにしごかれてますからね」


 梅酒をなめるように飲んでいたタイミが微笑んだ。


「縦浜さん、誤解ですよ! 俺は熱意持ってやってるだけですって。なぁ?」


 岳川が同意を求めるように柿津とサラミに顔を向ける。


「そうですね」


 柿津が興味なさそうに呟く。


 セントはワインを飲みながら飲み会の光景を見ていた。特事課と呪術師や霊能者等の術師は協力関係にある。特事課は捜査や調査はできるが特異事象を祓うことができない。出来ても呪具を所有している為、軽い対処程度だ。その為、解決には術師は不可欠である。


 術師も定期的なアドバイス料や情報、討伐した際は報酬を得られる為に協力関係が成立している。今回のように定期的に交流をして、情報交換をしていた。大抵は皆、飲み潰れるが情報交換の場としては有益だった。


「セントともこうやって飲むのは久しぶりね。最近どう?」


 隣のタイミが話しかけてきた。


「せやな、ぼちぼちや。そう言えばビックリシタゾーに出たんやな」


「テレビ見てくれてたのね。東北まで行かされて大変だったわ」


「縦浜さんや住職がテレビに出てくれるおかげで皆に特異事象を認識させてくれてるんや。超人に比べて胡散臭い思われとるが効果はでかい。救える人も増える」


「相変わらず真面目ね。身が持たないわよ」


「そう言う縦浜さんも活躍の噂しか聞かない」


「そうかしら」


 タイミが微笑む。タイミはセントの両親が活躍した頃に業界に入ったベテランの霊能者である。セントは住職と共にタイミにも業界のルール等、世話になっていた。


「セントさん、お代わりいりますか?」


 サラミが空になったセントのグラスを指す。


「せやな、また赤ワインを頼む。水依もジョッキが空やぞ」


「私が頼むついでです」


 サラミが笑顔で言う。


「セントさん、こいつ酒強いですからね! 気をつけてくださいよ」


 岳川が身体を乗り出してきた。


「頼もしいな」


 暫くして赤のグラスワインが目の前に置かれた。その後もセントはワインを飲みながら皆と話をしていた。


「青龍会は最近どうですか?」


 柿津が話題を向けてきた。特殊戦術室は俗に青龍会と呼ばれている。特殊戦術室は特務公安部で超人による超常犯罪を管轄している部署の一つだ。


 セントは麦沢から紹介されて室員の神駄が使う呪具の刀を整備していた。


「忙しいようやな。フシモリやら企業の圧力がさらに強くなって捜査が難航しとるらしい。奴らは超人を兵器や武器のように扱う為に罪を隠蔽したいんやろう」


「相変わらず彼らも大変だな。部としては同じだけど青龍会や各地の特務課とは中々会わないですからね」


 タイミが首を振る。


「超常犯罪に圧力をかけて潰す、酷いものね。超人の私が言うのはなんだけど」


「縦浜さんは超人で住職やセントさんは人間なんですよね? 私にはどちらも超人としか思えません」


 そう言うとサラミはレモンサワーを飲んだ。


「そうよね。私の力は内側にある気の解放とコントロール。それが霊を浄化する力に特化してる超人。住職やセントは外部の大気を扱う技術を持つ人間。まぁ、あなた方から見れば同じかもしれないけどね」


「私には捜査しかできません。あなたたちのように力がないのが悔しい時があります」


「悔しさはわかる。でも、お前たちがいないと救われない者もいる。それぞれの立場でできることをやるだけや。僕もまだまだ足りない」


 セントはサラミを諭しながらも自らを戒めた。


「皆さん、そろそろ良いですかねぇ」


 麦沢がまわりを制するように言った。セントはワインを一口飲み、視線を向ける。


「これねー、皆さんもお気づきかもしれませんがね、最近になり第二類以上の変異体や自然発生体によるものとされる事例が増えてるんですねー、なんでだろうなぁ、と思ってましてねぇ。私たちもね、調べてるんですねー」


「それは俺や縦浜、セントも感じてる」


 答えるように明智が大声で言った。


「あなたたちの言う思念や霊同士と大気の偶発的集合は増えている。特に危険な個体の発生が際立っている。全国的に大気の環境が大きく変動している可能性もあるわね。特に高尾山とかね」


 セントはタイミに首肯して話を引き取った。


「せやな、たしかに高尾山は日本大災害以降、何か巨大な渦のような力を発しとる。変動が起きても不思議やない」


「あそこはねー、どーも、フシモリやら巨大企業が蠢いていてねー、新エネルギーの聖石に関わるもの。例えば留燃があるんじゃないかーって言われてますからねー。皆さんの言っていることには一理あるんですねー、私はねそれだけじゃない気がするんですよねー」


「それとは別に人為的な動きがある、そういうことかしらね」


「縦浜さん、鋭いですねー。岳川、あれを説明してくれませんかねー」


 岳川がパーカーのポケットから携帯端末を取り出して画像を見せた。画像には木の壁に半分焼けた写真が釘で打ちつけられていた。


「これは以前、変異体が発生した周辺の廃墟の壁にあったものです。この写真は埼玉に出現した霊性体を撮影したいわゆる心霊写真です。そして、この廃墟は三鷹にある特にいわくはありませんが心霊スポットとなってます」


「埼玉の霊と三鷹の心霊スポットを掛け合わせて変異体を誰かが作った。岳川はそう推測してるのか?」


 明智が視線を岳川に向ける。


「はい。可能性はあるかと」


「写真は触媒ではあるがそれだけでは変異体が簡単に誕生するとは思えん。恐らくは元の霊と廃墟に繋がりを作り、変異体としての土台を作るんのに使ったんやろうな。そこに霊を呼び寄せた。後は変異体になるか、ならんかだけやな。霊を呼び寄せるには術が必要や。素人やないな」


 セントは自らで言いながら、このような挙に出る術師がいることに激しい嫌悪を覚えた。与えられた力は人を助ける為に使うべきだ。


「特事課としてもねー、怪しい術師はマークしてるんですがねー、断定できないしタイプが違うんですよねー、大抵金儲けですからねー」


「人為的だとしても今回の意図はよくわからないということかしら?」


「そうなんですよねー、あるとしたらですが何らかの儀式ですかねー」


 個室に沈黙が漂う。セントはワインを飲みながら、奪菩荼毘の一件を考えていた。大学に定着していた霊を誘導し、その他の弱い霊を結合する手法は岳川の事件とも符合する。儀式というが何を目的にしているのか腑に落ちない。


「とにかく皆さんにはねー、何かあればいつも以上に情報を共有してもらいたいんだなぁ。杞憂なら良いんですがねー」


 麦沢が顔をしかめて、焼酎のロックを飲んだ。


「せやな。だが、嫌な予感がする」


 セントの呟きに静寂が訪れる。



■



 駅の喧騒を離れ、ひっそりと佇むビルの地下。「酒蔵 多摩タマ」と書かれた古びた看板が掛けられた店がある。


 店内の使い込まれたカウンターにセントは麦沢と二人で腰かけている。飲み会が終わり、麦沢に誘われて二軒目に来ていた。


「悪いねー」


「二人きりは久々やな」


 セントはグラスに入ったビールを味わう。


「お互い忙しいからねー、たまにはいいじゃない。どうだい、うちの若いのは?」


 麦沢が瓶ビールをグラスに注いだ。


「新しく入った水依も熱心やな。彼女なら続くやろうな。岳川の班もだいぶ頼もしくなってきた」


「そう言ってもらうと私も安心だなー。これでもだいぶマシだよー、私の目が届く東を岳川に任せて、西は上屋《うえや》に任せられるんだからねー。なんせ青龍会や特務課以上にうちは人員少ないからねー」


「せやな、亡くなったじーさんの話では麦沢さんは少ない人員で相当苦労したみたいやからなぁ」


 麦沢が手を振り、グラスをちびりと飲む。


「とんでもない、私はあんたんとこの亡くなったトンシチさんやレイセイさん、ルミさんにはだいぶ助けてもらったよ、そのおかげだよ」


「長い付き合いやな」


 グラスを飲み干す。すかさず麦沢が瓶ビールを注いだ。


「そうなるねー、本当、セントが小さい頃から知っているからねー」


 麦沢が刺身を一切れ箸でつまみ口に入れた。


「本当によくやってるねー」


 セントは押し黙り、グラスを握った。


「僕は両親が狗那屠丸からみんなを救ったようにできてない。まだまだ、救わなきゃならないんや……」


「そんな事はない、セントは立派に務めを果たしているよ」


「怪異に困っとる人はどれ程いる? 何人が犠牲になっている?」


 麦沢が背中を叩いた。


「そう背負い込みなさんな! 我々や住職、縦浜がいるんだ」


 その言葉に答えずにグラスを口にやりビールを流し込んだ。セントの口に苦みが広がる。



■



 車が静かに左右を木々に囲まれた一本道を走っている。代行運転のスタッフの横、助手席のセントは窓に視線を移す。


 窓の外は街灯の灯りで薄ぼんやりとしている。見慣れた塀と門が近づいた。


 車が止まり、料金を払って降りる。スタッフが乗る随伴車のエンジン音が遠ざかると、あたりはやけに静かだった。


 そのまま玄関へと足を向ける。土を踏む音だが、やけに大きく響く。


 ふと庭に目をやる。庭は昔と変わっていない。手入れは最低限だが、荒れてはいない。中央の空いた場所に大きな平たい石がある。そこが、始まりだった。


 鼻に入る土の匂いが、酒の甘い残り香と混ざる。


 立ち止まった瞬間、過去の光景が蘇った。



■



 セントの背がまだ低かった頃。同じ場所に立っているが、世界の高さが違う。夜ではない。夕暮れで、影が長く伸びている。今の庭と、昔の庭が重なった。


 セントは大きな平たい石の上に白い着物姿で立っていた。


「呼吸のリズムが崩れている」


 家を背にした父、レイセイが見えた。セントは同じ時刻、同じ石の上に立つ。空気の密度が日ごとに違っていた。


「すー、はー」


 幼いセントは必死に呼吸を整える。ただ一定の間で吸い、吐く。その周期に遅れず乗ることだけを求められる。数呼吸もすると、自分の呼吸を通して外気にどこか微妙な境界のようなものを感じた。


 レイセイが頷き、呪符を振る。セントは周囲で何かが渦巻くのを感じた。


「セント、周囲に大気は常にある。感じることだ」


 さらに一定の間で吸い、吐く。じょじょに全感覚が空間に満ちる「何か」を捉え始めた。


「すー、はー、すー、はー」


「感じたか? ようやく掴めたか。それが空間に満ちる力、大気だ」


 その声が聞こえると共に場面は先に飛んだ。


 セントは夕刻同じ大きな平たい石の上に立っていた。今度は空間に満ちる大気を明確に感じている。目の前にいるレイセイは家ではなく林を背に立っていた。


「ずれてるぞ」


 レイセイがセントの足裏の位置を合わせる。肩の角度、骨盤の向き、首の傾きまで指で直される。数ミリの修正で視界のざらつきが変わる。呼吸は固定。吸う長さ、止める長さ、吐く長さ。レイセイの周期に合わせる。


「良し、もう一度」


 レイセイの背後にある林をぼんやり捉える。瞬きの間隔も揃える。呼吸のリズムと同じ刻みで。

 最初は何もない。ただ、同じ林のはずなのに大気の粒子が揃わない瞬間がある。そこだけ一段粗い。密度の違いだ。


 レイセイが背後に回る。目の前には木々が広がるだけだが、粒子の粗い空間が散らつく。


「私の呼吸と合わせるんだ」


「すー、はー」


 セントはレイセイの間隔に同期する。木々の間で動く粗い粒子に蒼白の靄が見えてきた。その瞬間、人型の靄があることに気づく。


「あっ!?」


「感じたか? あれが死者の気。霊だ。お前が見てるのは比較的浅い層の霊だ。害はない」


 セントは靄の動きを追う。木々の間を周期的に動いているようだ。


「やっとスタートラインに立ったようやな。まだまだやがな」


 背後から祖父トンシチのエセ関西弁が聞こえた。トンシチが関西で修行していた時に関西弁を覚えたようだがどこかぎこちない。


「もっと褒めてくださいよ、お父さん。私があの年齢の頃はあそこまでじゃなかった。セントはよくやってますよ」


 母ルミがトンシチをたしなめる、優しい声が聞こえた。


 セントの両肩に手が置かれた。レイセイのだ。


「これでお前は鬼討師の扉の前に立つことができた。扉が開くかはお前次第だ。だがな扉を開いたとしても技術と才能がなければお前は破門する。中途半端な力では人を救えず不幸にするだけだ。その時は普通の道を歩め。それは悪いことではない」


 セントは人型の靄を見据えたまま首を振る。


「僕は人を救う格好良い父さんみたいな鬼討師になりたい!」


 肩を握るレイセイの力が強くなる。


「だったら今日はまだまだ修行を続けるぞ」


「うん」


 セントは振り向いてレイセイに答える。その背後に縁側に座るトンシチとルミの笑顔が見えた。


 心に温かさが広がった瞬間、景色が二重にぼやけて夕方から夜に変わる。



■



 セントは過去から現在に戻り、大きな平たい石の上から真っ暗な林を見ていた。あの時と変わらず木々の間に蒼白の霊が見えるが別の個体だ。 


「飲み過ぎやな」


 セントは頭を振り、石から下りる。そのまま真っ暗な我が家へと向かった。あの頃と違い人の気配はない。今やレイセイもルミもトンシチもいない。セントだけだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。