10 家継ぎ①
セントと霊能力者たちとの共同除霊。10~12まで続く、連続エピソードとなります。
次回投稿9月19日となります。
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六本木にあるタワーマンションの一室。広いリビングで忌名セントは若い女性と向き合っていた。依頼人の任質チヨミだ。
「改めてお話ししますね」
セントは小さく頷いた。
「父のシヨオは結婚を機に新しく館を建てました。私も結婚して家を出るまではそこに住んでたんです。母を亡くしてからは、父だけが家に住んでいます。父は綺麗好きでリフォームや修繕は常にしていました。こう言っては何ですが、株で成功してお金には苦労してなかったんです。でも、一年前……」
セントは机の上にある写真に目を向けた。チヨミと共に五十代程の優しげな男が写っている。これがシヨオだ。
「突然、業者の男が訪問してきたんです。近隣で水道管の劣化による水漏れがあったから、無料で点検すると言ったみたいです。父は男を信じて、家にあげてトイレを調べると真っ茶色の水がトイレに広がってました」
チヨミの声が沈んだ。
「家にあげたんか……なるほど」
「父からその話を聞いた時には何とも思いませんでした。でも、父の様子を見に家に行くと……最初は小さなことでした。壁の位置が変わる。使っていない部屋が増える。知らない廊下ができる。父が業者にリフォームを頼んでいたんです」
チヨミは苦しそうに息をついた。
「それからです。父の様子がおかしくなり、話も通じなくなったのは。やれ、床の傾斜が必要だの、この部屋はもっと広げなきゃいけない、まだ足りないって。家のことばかり。騙されてるから、その業者に会わせてって言うと口を出すなと言われて……」
「完全に取り込まれとるな」
「はい……ある日、昼に家で父と十分ほど話しただけのつもりでした。でも、外へ出ると日が沈んでいたんです。次に家に行った時、何かがおかしかったんです。玄関から廊下を真っすぐ歩いていたはずなのに、気付くと二階にいました。階段なんて上っていないのに……」
「なるほど。物理的なリフォームと怪異による認知変化の両方やな」
「それでも、その時は自分がおかしくなったんだと思い込もうとしていました」
チヨミの表情が硬くなる。
「何度か似たことがあって。やはり、こんな所にいてはいけないと父を連れて帰ろうと腕を掴んだ瞬間です。廊下の壁から、人の手が何本も突き出してきたんです。その手は父には触れませんでした。私だけを掴んで、奥へ引きずり込もうとしたんです。必死に振りほどいて玄関まで走りました。でも、何度走っても玄関に着かないんです。一本道だった廊下が、いつの間にか迷路になっていました」
セントは続きを待つ。
「最後は後ろから父の出ていけ! という声が響いて……その声と同時に廊下の奥にドアが見えて、ようやく外へ出られました」
エアコンの作動音だけが響いた。
「先に依頼した霊能力者の中居さんが家継ぎという怪異だと教えてくれました」
「たしかに当てはまります」
セントは彼女に向けて頷いた。家継ぎは契約型の怪異だ。家屋の補修で家に入り込み、刻印をつけて巣に変え、住人を養分にする。さらには巣を起点にして周囲に分身を送り込み、同じように家々に入り込み、刻印をつけて複数の住人の気を少しずつ吸い、巣に供給する。室町時代の文献にも登場する怪異だ。
「中居さんに家を見てもらいましたが、一人だと対処できない、複数人雇う方が良いと言われました」
「家継ぎは古の怪異や、万全の方が良いです」
「ありがとうございます。何名かに依頼しておりますので協力して対処してもらう形になりますが大丈夫ですか?」
「僕は構いません。どんな方に依頼しているんです?」
「知り合いの伝手であなたや先ほどの中居さん、大草さん他にも数名お声掛けしております」
「わかりました。依頼を引き受けましょう」
セントはチヨミに微笑みかけた。
複数人で挑むことで救えるならそれが一番だ。父親のシヨオは死なせない。それはチヨミを救うことにもなり、分身による被害を食い止めることにもなる。救える人間は全員救う。
■
黒いセダンが山道を進んでいる。セントはアクセルを踏み、スピードをあげた。山道の先、林の隙間から巨大な洋館の屋根が見える。
杉林を抜けた先に巨大な洋館が姿を現した。チヨミの実家だ。
三階建ての石造り。黒ずんだ切妻屋根の上には尖塔がいくつも突き出し、蔦が白い外壁を這い上がっている。屋敷を鉄柵が囲んでいた。
鉄柵の先にある庭に三台の車が並んでいた。四駆、ワゴン車、ワンボックスカー。
木の下にアウトドアテーブルがあり、そこに三人の男女がいた。依頼人から事前に数名の呪術師、霊能力者にも声をかけていると言っていたがその者たちだろう。
セントは車を庭に乗り入れ、外に出た。テーブルに向かうとチヨミが近づいてきた。
「忌名さん。どうも、遠い所までありがとうございます」
「ええんや。今日は宜しくお願いします」
セントが頭を下げるとテーブルに促された。椅子に腰を下ろす。
「ご紹介しますね。こちら鬼討師の忌名セントさんです」
チヨミが両脇に座る中年男性と年配の女性に紹介した。二人はコーヒーカップをテーブルに置いて、こちらに目を向けた。
「忌名です」
「お噂はかねがね聞いてます。中居キュウコです」
白い小袖に紫の袴を着用した、短い茶髪の年配の女性、キュウコが頭を下げた。ふくよかで丸みを帯びた、温厚な面立ちだ。彼女は探知能力に評判の霊能力者として業界で知られている。
「どうもサイキック大草です」
やや長めの黒髪を無造作に分けた中年男性がこちらに顔を向けた。大草ネンセイ。彼はサイキック大草の名前でメディアにも露出する霊能力者だ。浄化による結界術を持つ。
「皆さん、宜しくお願い致しますね。忌名さん、こちらでも飲んでお待ちください」
コーヒーの注がれたカップが目の前に置かれた。
「どういうことや? まだ、来るんですか?」
「はい、少々お待ちを」
セントはカップを手に取りコーヒーを啜る。
「問題は刻印の場所ですね」
キュウコが全員を見渡す。セントは彼女に向けて、頷いた。
「せやな。館内部の認知の歪みは相当や」
「まったくねー、力の源に関しては家の周囲にも同様の事案がありましたよー」
大草が腕を組んだ。セントは彼の話を引き継ぐように続けた。
「たしかに。僕も調べたんやが、最近周囲で水漏れ点検で不審人物目撃されとる。ターゲットは狙いやすい老人ばかりやった」
セントは洋館を改めて気の流れを読む。黄土色と褐色が入り交じり、鼓動のように脈打っている。洋館はまるで一つの生物のようだ。
「中居さんの判断は的確やな。こいつは強力な怪異や」
「今回の家継ぎは伝承にある怪異だからねー。これは一筋縄ではいかないねー」
大草が頭を掻きながら苦笑した。
暫く四人で会話をしていると車の排気音が近づいてくるのが聞こえた。白いセダンが庭に滑り込んできた。
「到着したようですね」
チヨミが顔を向ける。白いセダンがワンボックスカーの隣で止まり、中から男が出てきた。
男はダークブルーのスーツとベストに身を包んでいた。オールバックに整えられた黒髪が筋の通った高い鼻梁を際立たせている。切れ上がった両眼がこちらに向けられた。
セントはこの男に見覚えがあった。
彼は出雲ヤタマ。幼い頃は忌名家と出雲家は交流があり、ヤタマとは親しい訳ではなかったが顔を合わせていた。
彼に関して強く覚えているのは葬儀場の光景だ。ヤタマの表情は暗くて読み取れなかったが、両親の死に泣き崩れる自分を彼がじっと見つめていた姿が鮮烈に記憶に残っている。以降は仕事の関係で見かける程度であった。
「遅れてすみませんでした」
ヤタマが頭を下げて近づいてくる。
「皆さん、紹介しますね。鬼討師の出雲ヤタマさんです」
「どうも、出雲です。宜しくお願い致します」
キュウコ、大草が名乗る。ヤタマが笑顔でこちらを見つめた。
「セント、久しぶりだな」
「ヤタマ。中々、親が亡くなってからは交流はなかったからな。活躍は聞いとるよ」
「私はまだまだ、出雲家の名前でやってるようなものだ。君の方がすごいよ」
「僕も同じや」
セントは自嘲しながら笑った。
「積もる話は後にして、どうするか話し合いましょう」
キュウコが静かに切り出した。全員の表情が引き締まる。ヤタマがセントの隣に腰を下ろした。
「シヨオさんを救うにはまず刻印を破壊。契約を断つ。それから本体を討つ。この順番を間違えると長期戦になります」
キュウコの落ちついた声が響く。
「指示を出すのはおこがましいですが、元はと言えば複数人で指名したのは私です。役割を決めても良いですか?」
皆が黙って頷く。
「ありがとうございます。刻印の位置とシヨオさんは私が探り出します。探知能力には自信があります。大草さんには結界を張ってもらえますか?」
「良いでしょー。たしかにこの館は周囲の家から気を吸ってます。分身が逃げたり、新しい気を流し込まれたりしたら厄介です。館を孤立させてやりますよー」
大草が洋館を睨みつけた。
「忌名さんと出雲さんには刻印の破壊とシヨオさんの救出をお願いできますか?」
「せやな、戦力としても相性がええ」
「鬼討師二人が実働ですか。面白い」
ヤタマも異論はないようだ。
「ただし、目的は怪異を倒すことやない」
「わかっている、セント。刻印か」
「そうや。家継ぎは館そのものを武器にする。館を壊しても意味はない。本体を斬っても刻印が残れば再生する可能性が高い」
「武器とは良い例えだ。館の中では時間の流れも乱されています。経験上だとこういう場合、一時間が十分になる場所もあれば十分が半日になる場所もあります。気をつけないと餌になる」
ヤタマが自らの腕時計を軽く叩いた。
「最後に確認します。館内では単独行動は禁止です。必ず二人以上で動いてください」
キュウコの合図で、全員が立ち上がった。
「皆さん、どうぞお願いします」
セントはチヨミの言葉に無言で頷く。必ず彼女の父親は救いだす。そして、これ以上、家継ぎの被害を増やさないようにする。
「セント、棲魔依瑠になっとくべきだな」
「せやな」
ヤタマに促されて、広場に行くと二人は洋館に向かい合うように並んだ。懐から手のひら大の円盤「棲魔」を取り出した。
「いくぞ」
セントは腕を突き出して棲魔を掲げた。同時にヤタマも掲げる。
「鬼討師!」
セントとヤタマ、二人の叫びが重なった。
二人の棲魔から光が放たれ、周囲の空間が歪んだ。空中から白い粒子と黒い粒子が突如現れた。二つの粒子は渦のようにセントとヤタマの身体に巻き付いていく。粒子が二人の身体を覆い尽くすとじょじょに着物のようなシルエットが形成されていく。強い光を発した。
セントは黒の垂纓冠と黒い衣冠の棲魔依瑠へと姿を変えた。
隣に目を向けるとヤタマは黒の烏帽子を被り、白い狩衣姿の棲魔依瑠へと変化していた。その襟元には紫色の単、足元では紺色の指貫が優雅に膨らんでいる。セントと同じく腰にベルトが巻かれていて中央に丸い太極図が付いていた。
後ろからキュウコと大草が追いついてきた。
「これが鬼討師かー」
大草の呟きに応えず、セントは拳を握り締めると決然と洋館に向けて一歩を踏み出した。後ろから足音がして、皆がついてくる。
風に揺れていた杉の木々の音が、急に遠くなる。歩みを進めるたび、砂利が小さく鳴った。
玄関前まで到着するとこちらに反応するように扉が大きく蠢いた。
「もてなしのつもりなんでしょうかねー」
大草が周囲を警戒しながら言う。
セントは重厚な両開きの扉に手を掛けた。ゆっくりと力を込めるとガチャリ、少しずつ扉が開く。
館の奥から、湿った空気がゆっくりと流れ出る。玄関ホールは外観に見合う広さだった。大理石の床。正面には二階へ続く大階段。その左右へ長い廊下が伸び、天井には巨大なシャンデリアが吊るされている。そのどれもが脈打っていた。
「怪物の体内ですね」
キュウコの呟きがホールに響いた。彼女が一歩前に進み、セントは後に続く。両脇にヤタマと大草が並んだ。
「さて、怪物の体内でできるのは狭い範囲ぐらいだな。結界を張ってみましょーか」
大草がホールの壁沿いに歩きながら、指を二本立てた。
「すー、すっ、すっ、すー」
独特の音を立てながら、大草が息を吐く。合わせるように腕を振ると指から光の塊が噴き出した。光がホールの壁に斑に打ち付けられていく。
「すーーーーーーーーーー」
断熱塗料のように、光の帯は気を浄化する力で外部からのエネルギー供給を防ぐ。
「ふぅ、この空間の影響は少しマシになったかと思うけど、どうですかねー」
「ありがとうございます。刻印を探してみます」
キュウコが両足を肩幅に開き、目を閉じた。
「気月!」
右手の指を揃えて、時計回りに三度円を描く。彼女の身体から、ソナーのように同心円の光輪が波紋が広がった。
「強い鼓動を感じます」
キュウコが右奥の廊下を指し示す。セントはそちらに向けて進んだ。ホールに足音が反響した。
大草を先頭にキュウコ、ヤタマ、セントと右手の廊下へ足を踏み入れた。歩くたびに、足音が異様に響く。
「すーー、すっ、すっ」
大草が光の塊を打ちつける。セントは光で明滅する廊下を進んだ。




