08 喪皇無煙具
喪皇無煙具の怪
次回8月29日土曜20時に投稿します
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八王子区下恩方町、援光寺。
セントは「忌名家之墓」と彫られた墓石の前で手を合わせた。ここに両親が眠っている。だが、遺骨はない。
かつて局地災害級の怨霊、狗那屠丸との戦いに命を賭した両親は、相打ちの末、完全に消滅した。今もなお、秋川渓谷にはかつての戦いの痕跡が微かに残り、自然の荒々しさとしてその記憶を伝えている。
セントは墓参りの道具を片付けると駐車場を目指して参道を進んだ。
「おいっす」
セントの後ろから荒々しい男の声が聞こえた。振り向くと眉の太いがっしりした顔をした坊主頭の男がいた。
「住職か」
坊主頭の男は明智ユウゲン、援光寺の住職であり同業の呪術師だ。年齢は一回り程上だが協力して仕事をこなすこともある。
「お前の車が見えたんでな。お前と縦浜に意見を聞きたいと思ってる。近々集まれるか?」
「別にええがどんな内容なんや?」
「危険な変異体や自然発生体による被害が増えてる件だ」
「住職も感じとったか?」
「うむ、特事課の麦沢も興味を持ってる」
「麦沢さんもか。たしかに一度整理しておいた方がええな」
「また日程は連絡する。しかし、セントも立派になったな。レイセイさんの血筋だけじゃなく、お前自身の名が業界で売れてるぞ」
「僕は自分の力でできることをやってるだけや」
「鬼討師としてか? そう言えば出雲家の長男、ヤタマはお前とほぼ同年代だったな?」
「せやな。ただ、父は出雲家と親しかったが僕はほとんど交流がない、ヤタマも数度しか会っていないし詳しく知らないんや」
「ヤタマは小さい頃は天才と言われていたが、今じゃそこまで目立つ活躍がない……出雲家自体は太客がいて安泰だ。だから、お前みたいな努力をしてないんだろうな」
「辛辣やな」
「わかるだろ? 出雲家の連中はエリート意識が強い」
「まぁ、出雲家は鬼討師の血筋としては一流やからプライドもあるんやろう」
国家陰陽道が終焉を迎える中で陰陽師の術、武家の力、神職の信仰をそれぞれ受け継ぎながらも、「人を護るため妖を祓う」力に特化して成立した鬼討師。明治で衰退して以降も技術体系を伝える家系が細々と存在していた。
その中で出雲家は権力者と結びつき、地位を築いている。それでも亡くなったヤタマの父であるゲンセツがいた頃は警察やレイセイとも協力し世間で活動していた。しかし、ゲンセツが死に、ヤタマの母、カツヨが力を持ち始めてからは政治家や金持ちの案件しか仕事を受けなくなっていた。
「そんなもんかね。じゃあな」
「また今度やな」
セントは明智に別れを告げてその場を後にした。
■
援光寺を後にしたセントは買い物と依頼をこなす為に車でハチオウジ駅に向かった。巨大なビル群が屹立するハチオウジの中心地が見えてきた。
ここは東京都内に誕生した巨大都市ハチオウジ市。
二〇一五年、日本全土で死の年と酷似した原因不明の災害が発生し、日本大災害と呼ばれた。この災害により日本は多くの人命を失い、国土は荒廃し、深刻なダメージを受けた。しかし、死の年以降、日本の技術が発展していたことで日本大災害に際しては、多くの日本企業が復興事業で躍進した。
車がハチオウジ駅に近づくにつれて高層ビル群が増えてきた。それぞれに名のある大企業の高層ビルが入っている。
災害後、八王子市では革新的なサイボーグ技術とドローン技術を持つ企業、フシモリが復興に尽力した。ここから八王子市周辺で様々な新興企業が発展していった。同時に規制緩和による柔軟な企業活動と誘致を可能にして、復興と発展を加速させる実験都市計画が始まった。これにより八王子市を中心に都内の市町村が合併、区として再編。経済特区ハチオウジ市が誕生した。
その中心が目の前に見える巨大なビル群の正体である。セントは混雑した道路の脇に入り、コインパーキングに車を止めた。
車外にでるや赤黒い気の流れを感じた。ハチオウジの中心地は死者の気や不穏な気が渦巻いている。
セントは感覚を背景に押しやった。大気の流れや揺らぎが見える為、感覚を調整し鈍化させたのだ。幼少期はそのまま受け取り恐怖を感じていたが、修行によりコントロールする術を学んだことで日常を過ごせるようになっている。
セントは繁華街の三崎町を歩いていた。猥雑な夜と違い、昼間の三崎町に客引きはおらず多くの疲れた顔の外回りのサラリーマンや主婦、学生が行き交っている。
雑踏の先、ハチオウジ駅のロータリーに聳え立つ西急スクエアビル。衣料品、雑貨、生活用品、飲食店、カフェ、美容・サービス店舗などが入る巨大商業施設である。
セントは西急スクエアに足を踏み入れるとエスカレーターで地下の食品売場に向かった。
地下の食品売場は、人の流れと匂いが重なっていた。セントは奥の紅茶専門店「ゴーゴーチャ」へ向かい、一角で足を止める。
ダージリン。シングルエステート。前年のオータムナル。袋を一度裏返し、内容を確かめるとそのまま一袋を手に取った。会計に行くとなじみの女性店員が微笑みかける。
「いつもありがとうございます」
「お世話になっとる。ハイドロゲン農園のはおたくでしか買えんからな」
袋を渡し会計を済ませた。家で無心に紅茶を淹れることを想像し満足感に浸った。退魔の仕事により擦り減ったセントの心を癒やすのが紅茶だった。
そのまま、一階にある文具店で呪符用の和紙や書道道具を買い、車へと戻った。
荷物を置き、仕事用の黒い鞄を手に取る。呼吸を整えて再び車外に出た。セントは雑念を振り払い、依頼人を救うことだけに集中した。
■
ハチオウジ駅北口の近くにあるマンションの一室。セントはテーブル越しに依頼人の織利ハルと向かい合っていた。
「今日は娘の為にありがとうございます」
「早速やが、話を聞かせてもらいましょうか」
「はい……」
ハルは深く息をつき、声を震わせながら話し始めた。
「二ヶ月程前になります。私がキッチンで夕食を作っていて、ユウはそこのソファに腰掛けてました」
ハルがダイニングの隣にある部屋に置かれたソファを指さした。
「私がふと見ると……背を向けて座るユウの口の辺りから煙草の煙のようなものが漂っていたんです。私はユウにとっさに、何やってるの! と怒鳴って駆け寄った時には煙は消えていたんです。ユウは携帯端末をいじりながら、私を不思議そうに眺めてました。その時は気のせいかなと思ったのですが」
ハルの声が小さくなる。
「その後、高校からユウが煙草を吸っているのではないかと連絡がありました。現場を押さえられたわけではありませんが、同級生がユウの口から煙が出ているのを見て、先生に報告したそうです。もちろん、ユウは否定しましたし、煙草も見つかりませんでした」
「なるほど、目撃は複数ですか?」
ハルは小さく頷く。
「はい、そうなのですが不思議なのは同じ現場でも煙を見た人と見てない人がいたことです。それから時々、同じようなことが起きるようになりました。口の周りに煙のようなものが頻繁に見えるようになり……」
ハルが肩を落とした。
「だんだんと煙を吐き出すにつれてぐったりしてきて……。吐いた後の煙も少し濃くなって、周囲の人にも見えてしまうことがあるようで。友達に変に思われたり、心配され過ぎたりと精神的にも追い詰められて寝込むようになったんです。学校を休んでからも煙を吐くたびに衰弱して、目も虚ろになり本人も自分で、どうしてこんなことになるのか分からない、と言っていました」
ついにはハルが涙を滲ませた。
「私はただ、ユウが苦しんでいるのを見ることしかできませんでした。そんな時に友人から怪異のせいかもしれないからと忌名さんの名前を伺ったんです」
セントは俯くハルを労るように声をかけた。
「そうやったんやな。辛かったな。話を聞く限りでは間違いなく怪異や。でも、もう安心や。僕が来たからにはお嬢ちゃんを必ず救ってみせます」
「ありがとうございます。お金なら何十万でも、いくらでも払うので娘を治してください」
「以前、類似した怪異を扱っとって、祓い方はわかる。その時と同じく五万で対応するがいかがです?」
「ありがとうございます!」
ハルが涙ながらに頭を下げた。
「早速やが、お嬢ちゃんを見せてもらおうか」
「はい」
セントは鞄を手に取るとハルの後に続いてダイニングから廊下に向かった。廊下の中ほどにある部屋の前に立ち止まる。普通の人には見えないがドアの隙間から薄く煙が漏れ出ているのをセントは見逃さなかった。
「ユウ、起きてる? ユウを見てくれる人連れてきたから開けるよ」
「……うん」
中からくぐもった声が聞こえた。ハルがドアノブを回す。軋む音を立ててドアが開く。部屋の中は人には見えない煙が立ち込めていた。
セントは部屋に入るとベッドで寝ているユウに近寄った。やつれて衰弱したユウの口から立ち込める煙は人が視認できる濃さであった。後ろからハルのすすり泣く声が聞こえる。セントは苦しむユウの目をしっかりと見据えた。
「お嬢ちゃん、もう大丈夫やぞ」
「忌名さん、ユウに何が起こってるんです?」
「こいつは喪皇無煙具と呼ばれる怪異です。不安を抱える思春期の若者に取り憑き、生気を吸い取る存在や。明治期のある集落で、若者を送り出す護摩壇の儀式に誤って毒草が混入し、多くの若者が亡くなる事件があった。その事件の噂が近隣に拡散したんやな。人々の恐怖が若者を死に至らしめる煙という概念が大気に定着し、いつしか怪異が誕生したんや」
セントはそう言いながら、鞄を開けて呪符を取り出した。
「こいつは口から煙状になった自らと共に取り憑いた若者の気を吸い出す。そうして喪皇無煙具はその存在を維持するんです」
呪符を数枚選定して、脇の机に置いた。喪皇無煙具は発生しやすい怪異であり、負荷のかかる棲魔依瑠になるほどの相手ではない。
「織利さん、少し離れてください」
セントは呪符の中から「顕現」と書かれた呪符を引き抜いた。呪符を持ったまま刀印にしてユウに向ける。棲魔依瑠ではないので怪異や霊の座標を固定する為には呪符が必要になる。
「カケーマクモー、カシーコキー、イザーナギノーオオーカミー」
セントが祓詞を唱えるとユウの口から吐かれる煙の濃度が増した。煙は人の頭ほどの大きさで固定された。
「ツクシノ、ヒムカノ、タチバナノ、オドノ、アハギハラニ、ミソギ、ハラヘ、タマヒシトキニ、ナリマセル」
煙に目のような二つの穴が浮かび上がる。
「キャァァァァァァァァァァァァァ」
背後からハルの悲鳴が聞こえたが、セントは何事もないように祓詞を唱える。
「ハラエドノ、オオカミタチ、モロモロノ、マガゴト、ツミケガレ、アラムヲバ、ハラヘタマヒ、キヨメタマヘト、マウスコトヲ、キコシメセト、カシコミカシコミ、モウス」
掲げた顕現の呪符が光になり消失。同時に目の下に剥き出しの歯が現れ、口になる。ついに喪皇無煙具が顕現した。
『ぱっぱっぱっぱっ、ぴょん、ぱっぱっぱっぱっ、ぴょんぴょんぴょん』
喪皇無煙具の口から意味を成さない言葉が吐かれた。セントは机に置かれた「浄化」の呪符を右手に持ち、刀印を形作る。呪符を喪皇無煙具へと突きつけた。
「ハラエタマイ、キヨメタマエ、カムナガラマモリタマイ、サキワエ、タマエ」
呪符が光り輝く。喪皇無煙具がセントに向けて口を大きく開けて殺到する。
『ぴょん、たまあろきあげてー、ぴょん』
「急急如律令!」
呪符を持つセントの手から目映い光の線が発射された。光の線が向かってくる喪皇無煙具に直撃。歯を食いしばり光を耐える。
『じゃ、ぴょん、け』
ついには耐えきれず喪皇無煙具が光に貫かれた。
『んぴっ……』
その瞬間、破裂して光の粒子が拡散。辺りを覆う煙も光の粒子として立ち昇り、大気へと還元されて霧消した。
ベッドで眠るユウの口から煙が消え、苦しげな顔から安堵の顔に変わる。それを見届けてセントは大きく息を吐いた。
「もう大丈夫や」
セントは振り向き、ハルに告げた。ハルは涙目で頭を下げるとセントの脇を抜けてユウに抱きついた。
「ユウ! 大丈夫?」
ユウの目が薄っすらと開き、ハルを見つめる。
「お……母さん……」
「ユウ!」
ハルはユウを抱きしめたまま号泣した。
セントはその光景を見つめて安堵を覚えると共に次の仕事へと意識を向けた。この世界には霊や怪異といった特異事象に苦しめられている人々が多くいる。だから、この能力がある限り戦い続けていかねばならない。




