07 忌名セント③
鬼討師・忌名セントの除霊。05~07まで続く、連続エピソードとなります。
次回8月15日。連続エピソードの場合は週一土曜20時投稿。
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住宅街は夜の闇に包まれている。闇の中、前山家の庭が赤く光っていた。庭の四隅に篝火が配置され、炎によって布の上に正座をする前山が照らし出された。
前山の背後にセントは立ち周囲の大気を伺っている。
「前山さん、準備はええか? だんだんと気が濃くなってきた」
「はい」前山が不安そうに返事をした。
「心を強く持って目を閉じているんや。後は僕がやる」
セントは懐から太極図の描かれた円盤を取り出した。この円盤は「棲魔」と呼ばれる鬼討師に伝わる呪具である。これにより大気を鎧のように纏わせて接続し、詠唱なしに呪符の力の効率的な行使を可能にする。また、自らが作成した呪符を棲魔の中に高密度に圧縮して収納。退魔に特化した戦闘形態「棲魔依瑠」に変身できる。棲魔依瑠に変身できるようになれなければ鬼討師とは認められない。
腕を突き出して棲魔を掲げた。
「鬼討師!」セントが大声で叫ぶと棲魔から光が発して周囲の空間が歪み、空中から白い粒子と黒い粒子が突如現れた。二つの粒子は渦のようにセントの身体に巻き付いていく。粒子が身体を覆い尽くすとじょじょに着物のようなシルエットが形成されていく。さらに光が明滅する。
一際強い光を放つと周囲はゆらゆらと陽炎のような歪みが発生しているが、粒子が固定した。セントは黒い衣冠に身を包み、垂纓冠を被った平安時代の貴族のような姿に変わっていた。形成されたベルトの中央に太極図がある。ベルトの右側には呪符を収納する細長いホルダーが付いていた。
前山が振り返り驚愕の表情を浮かべた。
「これは僕にとって鎧のようなものや、それよりも敵を迎え撃つ。これを」
セントはホルダーから「無心」と書かれた呪符を引き抜き、前山に手渡した。
「この呪符を合掌の手で持ってるんや。これを持つことで前山さんの存在は霊から見えにくくなる」
「わ……わかりました」
前山が両手で呪符を挟み、目を閉じた。篝火の火がパチパチと燃える音が響き、庭の生け垣が揺れてサラサラと音を立てる。
「来た」セントが呟いた。ビュオォ、一陣の風が吹き抜けた。篝火の炎が強くなる。前山の周囲にある赤い気の粒子が粗く濃くなった。
「この者に取り憑きしものあらばその姿を現せ給え」
セントは右手で刀印を形作ると口元に添えた。
正座をする前山の前の空間が歪んだ。歪みの赤い粒子が濃くなり、次第に人型が作られていく。
「カケーマクモー、カシーコキー、イザーナギノーオオーカミ」
この祓詞は顕現し始めた霊の座標を固定して分散、霧消を防ぐ役割がある。
「ツクシノ、ヒムカノ、タチバナノ、オドノ、アハギハラニ、ミソギ、ハラヘ、タマヒシトキニ、ナリマセル、ハラエドノ、オオカミタチ、モロモロノ、マガゴト、ツミケガレ、アラムヲバ、ハラヘタマヒ、キヨメタマヘト、マウスコトヲ、キコシメセト、カシコミカシコミモウスー」
唱え終わるとセントは刀印を静かに人型の粒子に向けた。ニチャ、と音がして人型に顔が形成された。短髪で眉が薄く丸い目をしている。さらに身体も形成された。羽織袴の形をしているものの全体は煤けて光を吸い込むように黒ずみ、灰がこぼれるように崩れている。袴から見える足は朧気で粒子が散った状態で中空に浮かんでいた。
『ちっ』舌打ちが響いた。
「現れたようやな。煉盗大罹長」
『そうですね』
ギョロリと目が見開かれてセントを見据えた。黒目が大きく深淵を覗いているような感覚になる。
『まえにすすめる』
その瞬間、煉盗大罹長が前山を飛び越えて中空を滑るようにセントの眼前まで移動。
『くりくり』
粒子を飛び散らせながら素早い前蹴りを放った。
「早い!?」
セントは腕を掲げて蹴りを防ぐ。
『とんとん』
煉盗大罹長がさらに爪先をぶつけるように蹴った。圧力により後方に押されるも足に力を入れて踏みとどまる。
『ちっ』煉盗大罹長の口が歪み、舌打ちが聞こえた。
「忌名さん!」
「僕のことは気にするな。しっかりと呪符を握っとれ、奴に見つからんようにするんや」
煉盗大罹長が前山の方に目を向けた。
セントはその隙にホルダーから「浄化」の呪符を抜き出して中空に伏せる、これが霊を浄化する基本の呪符。さらに「水」の呪符を抜き出して掲げた。火霊に有効な属性の呪符だ。浄化の呪符が起き上がる。
「水祓い!」
煉盗大罹長がこちらに視線を戻した。
二つの呪符が燃え尽き、セントの刀印にした右の指先に紺碧の光が集中。煉盗大罹長へと指先を真っ直ぐに伸ばし、左手で手首を固定した。
「急急如律令!」
指先から紺碧の光が一直線に放たれた。光が煉盗大罹長の胸部に直撃。粒子が舞った。
『しんしにうけとめることがだいじ』
光に削られながら煉盗大罹長が両腕をゴムのように伸ばした。
「ぐっ!」
セントの首に手が巻き付く。ダメージを与えてはいるものの浅い。
『しっかく』
煉盗大罹長がセントを高々と振り上げて地面に叩きつけた。
「ぐわぁぁぁ」
『しっかく』
煉盗大罹長がセントを高々と振り上げて地面に叩きつけた。
「ぐわぁぁ」
『しっかく』
煉盗大罹長がセントを高々と振り上げて地面に叩きつけた。
「ぐわぁぁぁ」
セントは瞬時に浄化の呪符を抜き出して刀印にした指を煉盗大罹長の顔面に向けた。呪符を重ねる余裕はない。
「ぐっ、穢を払いたまえ、急急如律令!」
指先から光が迸り、煉盗大罹長の顔にぶつかった。
『ちっ』
怯んだのか首にかかった両手が外れ、セントは後ろに距離を取った。
『そうですね』
煉盗大罹長の両手が再び伸びる。セントは素早く九字を切って印を結んだ。
「フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ」
セントの前に張られた不可視の壁に煉盗大罹長の両手が遮られた。『ちっ』舌打ちが響いた。
煉盗大罹長のダメージが浅い。何か存在を読み違えている部分がある。
『ですから』
バンッ、煉盗大罹長の両手が振り上げて下ろされた。
『ですから、ですから、ですから』
さらに連続で叩かれた。バンッ、バンッ、バンッ、不可視の壁は衝撃を受けてセントが押されていく。
『まえにすすめる』
煉盗大罹長が滑るように近づいて、不可視の壁に口をつけた。
『よこせ』
口から赤い波濤が噴出した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
近距離からの攻撃に不可視の壁が決壊し、セントは赤い波濤に押し流された。背後の生け垣に身体が激突し、葉が舞い散る。
「させんぞ! 悪霊!」
セントは九字を切った。
「フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ」
再び不可視の壁が展開し、赤い波濤を押し留める。生け垣から身を起こし一歩、一歩と前に進んだ。セントは九字を切り、防御しながらも思考を回転させた。
前山に拘るのは古花の性質、古花は生者である、姿は煉盗大罹長、図書館の日記という煉盗大罹長に纏わる遺物、火霊への有効札である水の呪符の効果が薄い。
『よこせ』
煉盗大罹長は変わらず赤い波濤を口から放出している。波濤の向こうにいる相手の気を集中して読み取る。赤い気が渦巻いているが、微かに別の色が流れたのをセントは見逃さなかった。
「そういうことやったか」
セントは笑みを浮かべた。左手で九字を切りながら、右手でホルダーから形代の紙を抜き出した。
「テンヲコガスホノオノミトリヨ、ワガイノチノヒヲワケアタエ、ナジヲコノチニヨバン、シホウノケッカイ、ナンテンノモン、ヒラケ、テンエンジュンカン、スザクノホノオココニキタリテ、キタレ、トコシエニアレ、式神よ行け!」
詠唱したセントが形代を放った。形代が朱く光る小さな鳥のような形になり、煉盗大罹長に矢のように向かっていく。煉盗大罹長の頭に直撃した。
『ちっ』舌打ちと共に赤い波濤が止まり、煉盗大罹長は不快そうに腕を振る。
この朱く光る小さな鳥は忌名家の使役する式神「朱雀」の一部だ。式神は鬼討師の家系ごとに作られ、術式で召喚、使役される人工霊性体である。形代を使うことで強大な力を持つ式神の一部を召喚できる。
ガッ、ガッ、ガッ、朱雀が何度も突撃しては離れた。
『ですから』
煉盗大罹長は邪魔そうに振り払うがそれでも朱雀は次々とぶつかる。
セントはその隙にホルダーから「浄化」と「風」の呪符を抜き出して中空に伏せ、「水」の呪符を掲げた。「浄化」と「風」の呪符が起立。
「水祓い、疾風、穢れよ絶て!」
呪符が燃え尽き、セントの刀印にした右の指先に翠玉の光が集中。左手で右腕を掴んで固定すると指先を煉盗大罹長に向ける。悪霊がこちらに気付き、舌打ちした。
「急急如律令!」
指先から翠玉の光線が放たれた。光は煉盗大罹長の胸部に激突して、粒子が血飛沫のように飛び散った。
『しぃんしにぃうけとめることがだいじぃぃ』
「黙れ! 急急如律令ぃぃぃ!」
光がさらに増し、煉盗大罹長の左半身が吹き飛んだ。赤い粒子の間から黄色の粒子が噴出し、煉盗大罹長の顔の隣、削られた半身から黄色い影が湧き出た。
『そうですね、ですから、ちっ、そうですね』
半身の中から湧き出た黄色い影は真ん中分けにした中年の男であった。男は前山が画像で見せてくれた前の上司、古花タイヘイ、その人だった。
「古花の生霊が漂う煉盗大罹長の概念を鎧のように纏った。それが正体やな!」
『そうですね』
古花と煉盗大罹長の顔が並んで答えた。煉盗大罹長の身体が赤い粒子を撒き散らしながらじょじょに霧消していく。
「煉盗大罹長は既に本体が存在しない器と成り果てたんや。だからこそこの程度の力やった。古花の生霊よ。正体の割れたお前はここで終わりや」
セントはホルダーから「浄化」と「風」の呪符を抜きだした。
「風祓い!」
呪符が燃え尽き、指先に翡翠色の光が灯った。
「急急如律令! えぇい!」
指先から放たれた翡翠色の光が闇を切り裂いた。光は直進して古花の顔面に叩き込まれた。
『ちっ』
舌打ちがしたその時、パァァァァァァン、古花と煉盗大罹長の身体が爆発した。赤と黄色の粒子が木っ端微塵に粉砕。周囲に粒子が拡散していった。粒子が大気に溶けていく。
「前山さん、もうええぞ」
前山が恐る恐る振り返った。
「忌名さん、あの化け物は?」
「もう消えた。安心して良い」
セントは穏やかに頷いた。
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除霊から二日が経った前山家。セントはダイニングのテーブルに着いて、出されたお茶を一口すする。目の前には最初に会った時と同じく、前山とホウコが並んで座っている。心なしか二人の表情がいくらか柔らかくなった気がする。
「えっと、つまり……」
前山が整理できない顔で呟いた。
「古花の念が無意識に生霊となって、前山さんに執着した。それだけなら、こんなに荒れ狂う程の力を持たなかったんやが、稀な現象やが煉盗大罹長という悪霊の残滓が古花の生霊に鎧のようにまとわりついたんや。恐らくは図書館にある当時の遺物に煉盗大罹長の核がない器が薄く染み付いていて、偶然にパワハラ気質の古花の波長と同調し、生霊に鎧のように結びついた」
「だから、古花と違う顔で現れたんですね」
「せや。古花の生霊はお前への執着があり、危害を加えたいという意思をこの煉盗大罹長が実行したんや」
前山がテーブルの上で拳を握り締めた。
「古花の奴め。どこまでも! 生霊を倒したら古花にも影響はあるんですか?」
「いや、古花は無意識に生霊を飛ばしてただけやから何も起こらん。古花と生霊とは繋がりが切れとる。これがもし意識的に飛ばしてたのなら、煉盗大罹長の気が逆流して狂って生霊自体も消滅する。耐えられるんは無意識の生霊か死者の気だけやな」
「理不尽ですね……」
ホウコが憎々しげに呟いた。
「残念やがな。ただ、古花も次の就職先でうまくいってないんかもしれん。だから、無意識下にある執着心が暴走したとも考えられる」
前山とホウコは溜息をついて顔を見合わせた。
「パパ、ママー」
隣の部屋からケミが笑顔で駆け寄ってきた。ホウコは近寄ってきたケミの頭を撫でた。
「すみません」ホウコが苦笑いで言った。
「ええんや」
「家族に笑顔が戻りました。これも全て忌名さんのおかげです」
前山がテーブルに手を付いて頭を下げた。
「気にするな。それが僕の役目や」
頭を上げた前山がケミに笑いかけた。ケミも笑顔を向け、ホウコも穏やかに頷いた。
セントはその光景に胸が熱くなるのを感じた。
同時に父の言葉が蘇る。
「力を持つ者には義務が伴う」
父と母はその言葉通りに怪異から命を賭して人々を救った。だからだろうか、まだ助けを待っている人がいる、笑顔を見るほどにその思いが強くなる。
喜びは一瞬で次の救いへの焦りに変わった。自分が動かなければ誰かがまた泣く。だから立ち止まれない。




