05 忌名セント①
鬼討師・忌名セントの除霊。05~07まで続く、連続エピソードとなります。
次回7月25日。連続エピソードの場合は週一土曜20時投稿。
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ハチオウジ市あきる野区にある二階建ての日本家屋、表札に「忌名」と書かれている。朝日が差し込むリビングで一人の若い男が紅茶を飲んでいた。コトッ、紅茶のカップをソーサーに置き、携帯端末のニュースサイトの記事に目をやる。
「群馬も大変やな」
若い男、忌名セントが呟いた。記事には「群馬の無法地帯化止まらず。テロ勢力の支配下で生活続く住民たち」とある。
コメント欄に超人の仕業だと書き込まれる。だが、すぐにそのコメントが消された。
セントが眉を顰める。
「超人……」
超人とは人間がリミッターにより制限されている気の力を引き出すことができる者たちだ。彼らの存在は公には秘匿されていて、超人が起こした犯罪もハイテク兵器によるものとして処理されている。
一九九九年、世界各地で大地の隆起現象を伴う大災害「死の年」が発生し、二〇一五年には死の年で被害を免れた日本にも同様の現象、「日本大災害」が発生した。この二つの大災害以降、世界ではそれまで稀であった超人の覚醒が増えていた。
ジリリリリリリ、思考を遮るように固定電話が鳴った。セントは席を立ち、受話器を取った。
「はい、忌名相談所」
『はじめまして、私は前山と申します。ご相談がありまして……単刀直入に言います。霊を祓ってくれませんか?』
前山と名乗る男からの依頼であった。
「わかりました。まずはどのような事柄かお聞かせください」
前山からあらましを聞くと明後日、前山の家に訪ねることにした。
セントは室町期に成立した退魔専門の呪術師、鬼討師として霊を祓う仕事をしている。
忌名家は代々鬼討師の家系である。セントは父、レイセイと別の呪術師である母、ルミの二人から手ほどきを受けてきた。両親が怪異と相打ちになり死んだ後は祖父、トンシチから修行を受けて十九歳で鬼討師としての技術を習得した。
時は流れ、セントは二十三歳となった。その間にトンシチは病で死に唯一の肉親を失いながらも鬼討師として認知されるようになっていた。
セントは残りの紅茶を飲んで気を落ちつかせると棚にある木箱を手に取った。木箱を机の上に置き、中から硯、墨汁、筆等の書道道具と細長い紙の束を取り出した。
下敷きの上に細長い紙を一枚置く。墨を磨る音が石の上を流れる水のように部屋を満たす。筆に墨をつける。紙を前に筆を持つ手がわずかに震えた。
セントは心を集中し中空を満たす大気の流れを読んだ。一つの大気の流れを見つけて流れに呼吸を合わせる。
一瞬の間。筆先が紙に触れた瞬間、空気が切り裂かれたように感じた。墨が滲み、白が黒に侵食されていく。セントの肘から肩へと力が抜け、筆が走る。曲線は風のように流れ、止めは岩のように重い。筆を離すと静寂が一気に戻ってきた。
「浄化」と書かれた線がまだ黒く脈打っているように見えた。これで一枚の呪符が完成した。
呪符は言葉や記号、術者の気 を融合させた「術式の回路」である。ただの漢字や図形ではなく大気の流れから目的の気を見つけ、術者の呼吸と合わせ、筆跡によって紙に気の力を宿す。書かれた呪符は術者の気が流れ込み、初めて発動可能となる。常人が真似して同じ形を書いても「死んだ線」になり術は発動しない。
セントは再び、細長い紙を取り出して筆を走らせた。十枚書く頃にはセントの額にじわりと汗が滲んでいた。呪符作成は高度な精神集中と気の消耗を要する作業である。それでもセントは黙々と作業を続けた。
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ハチオウジ市小平区、冬空の下で住宅街は寒々とした光に照らされている。その中を黒いセダンが駆け抜けていく。
セントは運転しながらナビを確認し、依頼人である前山ドウハチの住居を目指していた。
「もうそろそろやな」
ナビが目的地が近いことを告げる。黒いセダンはスピードを落として、一軒家の前で止まった。
セントは鞄を掴んで車外に出ると前山の家を見上げた。白い塗り壁とオレンジ色の瓦屋根、石材が使われた南欧風の二階建ての家である。
ピーンポーン、インターホンを押した。
『前山です』女性の声が答えた。
「本日約束しとる忌名相談所の忌名です」
『少々お待ちください』
暫く待つと若い短髪のやつれた顔をした男がドアを開けた。
「今日はありがとうございます。前山と申します」
前山はセントに向かって頭を下げた。
「忌名セントや。電話ではどうも」
セントは前山から微かに赤い揺らめきのような気が見えた。
「中にお入りください」
セントは前山に促されて家の中に足を踏み入れた。玄関から真っ直ぐに続くフローリングの床と白い壁、二階に続く階段が目に入った。一見、綺麗に整った家に見えるが赤みのある淀んだ大気が所々に見られる。
セントは奥にあるダイニングに案内された。憔悴した顔の女性がキッチンに向かってコーヒーを用意している。
「妻のホウコです」
「宜しくお願いします」
「忌名セントや。今日は宜しくお願いします」
挨拶をしてダイニングの椅子に座った。向かいに前山が腰を下ろし、ホウコがコーヒーをそれぞれの前に置いた。
「ママ」
後ろの洋室から五歳くらいの女の子が不安そうに顔を出した。
「すみません、娘のケミです」
前山が頭を下げるとホウコがケミを連れて二階に上がった。
セントは目線を前山に向けた。
「それでは前山さんの体験について詳しゅう教えてくれるか?」




