04 特異事象③
特異事象調査課・水依サラミと鬼討師・忌名セントの心霊捜査。02~04まで続く、連続エピソードとなります。
次回7月18日。連続エピソードの場合は週一土曜20時投稿。
※ハチオウジギアと同じ世界観で起きる出来事です。単独でも読めます。
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二号館を出たサラミは息を切らしながら校舎の角を曲がり、広場の階段を上り、セントの後ろを走った。ついには校舎外を飛び出すと住宅街を駆け抜けていく。
「僕の放った式神が奴をマークしとる。もう少しや」
セントが前を見ながら言った。サラミは汗を拭って頷いた。
さらに走ると住宅街の一角に木が鬱蒼と茂る場所が見えた。すでに日は傾き、風で揺れる木が不気味に映る。ようやくセントがスピードを落とした。
「ここですか?」
息を整えながらサラミが尋ねた。
「せやな。見てみぃ、あそこは廃神社や。恐らくは周囲にたむろする霊を吸収して仕掛けてくるんやろう」
セントは走るのをやめてゆったりとした足取りになった。サラミは歩きながら、セントの先にある廃神社を向けた。
敷地の周囲には背の高い樹木や竹が鬱蒼と茂り、民家の庭先からは見えにくい。夕暮れ時で鳥居の影が長く伸び石段を覆い、傾いた形が人の姿に見える。
前にいるセントが石段をゆっくりと上る。不気味な雰囲気に飲まれなが周囲を警戒するように見てサラミも石段を上った。
鳥居をくぐると割れた石板と雑草の生い茂る広場が見えた。雑草の間に黒く焦げた人形の紙が落ちていた。広場の奥に本殿が見える。屋根瓦は一部欠け、雨樋は歪んで垂れ下がり、苔や藻がこびりついている。木材の柱や壁は色褪せ、ひび割れや木の反りが目立つ。扉は半開きで、蝶番が錆び、風で微かに軋む。
ザザッ、風が木を揺らす音だけが聞こえる。セントが鳥居の先で立ち止まった。
サラミは懐にあるコンパクトミラーを確認する。それは霊性体を足止めする呪物であり、由緒ある鏡の破片を加工して作られたものだ。
セントが首を振った。
「それだけやなく、これも持ってるんや。お前を守ってくれる」
セントがサラミに呪符を渡した。呪符には「守護」と書いてある。張り詰めた空気に心臓が早鐘を打つ。
サラミは呪符を握り締めながらセントを見守った。セントが鞄を地面に置き、懐から手の平だいの円盤を取り出した。金属のような質感の円盤には白と黒の太極図が描かれている。セントが右手で円盤をしっかり掴んだまま、腕を前にかざした。
「鬼討師!」
セントが空気を切り裂くような声で叫んだ。
「えっ!?」
サラミは思わず声を発した。
光が発してセントの周囲の空間が歪み、空中から白い粒子と黒い粒子が突如現れた。二つの粒子は渦のようにセントの身体に巻き付いていく。すっかりセントの身体を覆い尽くすと着物のようなシルエットが形成されていった。さらに光が明滅する。
「これは……」
光が落ち着くとセントの周囲はゆらゆらと陽炎のような歪みが発生しているが、その姿がはっきりと見えてきた。
一瞬のうちにセントは黒い衣冠に身を包み、頭に纓が垂れた冠、垂纓冠を被った平安時代の貴族のような姿に変わっていた。腰にベルトが形成されていて先ほどの太極図の円盤が中央にある。ベルトの右側にはガンホルダーのような細長い黒い箱が付いていた。
セントがサラミに視線を向けた。
「驚いたやろ。棲魔依瑠といういわゆる戦闘形態や。これで霊的な力による加護と呪を効率的に繰り出すことができる、さて、もっと後ろに下がっとれ」
素直に指示に従い石段まで下がった。セントが指で刀印を形作ると口元に持ってきた。
「カケーマクモー、カシーコキー、イザナギノオオーカミ」
セントが呪文を唱えた。
「ツクシノ、ヒムカノ、タチバナノ、オドノ、アハギハラニ、ミソギ、ハラヘ、タマヒシトキニ、ナリマセル、ハラエドノ、オオカミタチ、モロモロノ、マガゴト、ツミケガレ、アラムヲバ、ハラヘタマヒ、キヨメタマヘト、マウスコトヲ、キコシメセト、カシコミカシコミ、モウスー」
詠唱が終わる。ゾクッ、サラミの背筋を氷のような冷気が駆け抜けた。サラミはきつく呪符を握り締めた。
西の空が血の色に染まり、影が長く伸び、誰もいないはずの本殿の屋根の隙間から、かすかな囁きが風に乗って漏れ聞こえる。
『だ……つぼ……だび』訴えるでも、呼ぶでもない、ただひたすらに沈黙を破ろうとするかすれた声。
そして何かがこちらを見つめている気配だけが残った。その時、本殿の屋根に黒い粒子が湧き出した。
「僕らが来る少しの間で廃神社に溜まる霊の一部を吸収したな」
黒い粒子が人の形作り出し、輪郭がはっきりしてきた。黒いスーツの女だ。両手で紙を持っている。ついに本殿の屋根に奪菩荼毘が顕現した。
『わたくしは奪菩荼毘、以上でございます』
感情の無い機械的な声が聞こえた。その時、血の色のような夕日が奪菩荼毘の顔を照らしだした。
真ん中分けの白髪、顔は丸みをおび、皺が目立つ肌は土気色で、太めの眉の下、隈に縁取られた眼は真っ暗で生気が無い。写真で見たモリと同じ顔のはずなのにそこには得体の知れない断絶がある。
ザザッ、風が大きく吹いて木を揺らした。しかし、奪菩荼毘の白髪はそよがず風を浴びてないかのように佇んでいた。
これが第二類の変異体。サラミは異様な光景と過去の恐怖で逃げ出しそうになるが意思の力で踏み留まった。これから対峙する相手はこんな化け物ばかりだ。逃げる訳にはいかない。
「いくぞ!」
セントが奪菩荼毘を見上げた。
『中身の方、宜しくお願いします』
奪菩荼毘が紙を両手で持ち、まるで誰かに手渡すように捧げた。すると紙の上に黒い粒子のようなものが湧き出した。
「何なの!?」
黒い粒子と思われたものは漢字の形をしている。「去」、「腫」、「非」、「刀」、「戒」、「讃」、「櫂」、「偽」の八種類の漢字が大量に湧き出した漢字がセントに向けて石礫のように殺到した。
セントは素早く九字を切って印を結んだ。
「フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ」
セントの詠唱により彼の前の空気が陽炎のようにゆらゆらと歪んだ。
バチバチバチバチ、漢字がセントの前の不可視の壁に弾かれて消失していく。
『中身の方、しっかりご精査いただいて』
八種類の漢字がさらに湧き出して降り掛かる。
「フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ」
セントが九字を左手だけで切ると右手でベルトの横にある箱から呪符を一枚抜き出した。呪符には「浄化」の文字が見えてそれを空中に伏せると浮いたままで固定された。さらに呪符を抜き出すと「風」の文字が見え、呪符を奪菩荼毘に向けて掲げた。浄化の呪符が勝手に起き上がる。
「風祓い!」
叫びでベルトの太極図が光り、二つの呪符が燃え尽きた。セントが左手で九字を切り、襲いかかる漢字を防ぎながら右手を刀印にして顔の高さにあげた。指先に翡翠色の光が集中し、奪菩荼毘に突きつけるように向けた。
「急急如律令! えい!」
空気が震えた刹那、セントの指先から光が奔った。それは音よりも早く、サラミの視界の端を焼くような閃光だった。周囲の闇が一瞬にして押しのけられ、光が走った。奪菩荼毘の腹を光貫いた。光は腹を抉り取り粒子が飛び散った。
「やった」
サラミは思わず叫んだ。
「まだや! これだけではあかんかったか! なら!」
『はいいーんちょー、はいいーんちょー、はいいーんちょー』
奪菩荼毘から地を震わせるような声が響いた。その瞬間、奪菩荼毘は光を振り切り本殿の屋根からセントに向かって跳躍した。
「危ない!?」
サラミが叫んだ。セントが淡々と光の消えた右手を加えて再び両手で九字を切る。
「フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ」
跳躍した奪菩荼毘は両手で紙を掲げたまま不可視の壁にぶつかった。不可視の壁にガラスに張り付いたような形で固定されるも紙を執拗にセントの顔に向けた。抉られた腹の穴からは依然として粒子が拡散している。
『はい、わたくしの方は重苦転贄耶舞であると思いまして、必要であると思った方にお見せしております』
「フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ」
『はい、わたくしの方は重苦転贄耶舞であると思いまして、必要であると思った方にお見せしております』
「フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ」
『はい、わたくしの方は重苦転贄耶舞であると思いまして、必要であると思った方にお見せしております』
「フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ」
サラミはセントの右手がベルトの後ろに差し込まれた笏を掴むのが見えた。
「そろそろ終わらせる! どうじゃ!」
セントが怒気を含ませた声を浴びせると同時に笏を振りかぶった。
「鬼討笏!」
セントが笏を奪菩荼毘の脇腹に叩き込んだ。奪菩荼毘が横に吹き飛び地面に転がる。
セントは九字をやめて地面の奪菩荼毘に向かって近づくと鬼討笏と呼んだ笏を両手で構えた。
奪菩荼毘が起き上がろうとするのへセントが肩に蹴りを食らわせて再び地面に押し倒す。さらに奪菩荼毘に跨るように立ち、鬼討笏を逆手持ちにして胸に振り下ろした。
「どうじゃ? 自由効くか? どうじゃ?」
鬼討笏が奪菩荼毘の胸を貫いた。セントが両手を離すと鬼討笏が突き立ったままで固定された。鬼討笏の刺さった胸と穴の空いた腹から激しく粒子が噴出している。
『はい、はい、はい、はい、はい、はい、はい、以上でございます』
「逃げられると思うなよ! お前は今日この限りにおいて消滅するんや!」
セントが再び箱から呪符を取り出す。一枚目「浄化」、二枚目「風」と先ほどと同じ文字が見えた呪符が伏せられた。次に取り出した三枚目には「土」と書いてある。土の呪符を奪菩荼毘の顔に向けて掲げた。
「風祓い、鎮土、穢れよ絶て!」
太極図が光り、三つの呪符が燃え尽きると指先に黄緑色の光が現れた。指先は真っ直ぐに奪菩荼毘の顔を向いている。
奪菩荼毘が紙を片手でセントに向ける。
『わたくしの方で提示しまして、重苦転贄耶舞、見ていただいたと』
「ええ加減にせえ! 急急如律令!」
空気が弾けた。セントの指先から光が線を描き、瞬時に空間を切り裂く。視界を貫く閃光は、音よりも速く、質量を持つ怒りのように奪菩荼毘の顔面に一直線に走った。
サラミは眩しさに手をかざした。光が奪菩荼毘の顔面を焼き切るように貫通し、無数の光の粒子が火の粉のように空中に立ち昇った。
『重苦転贄耶舞、見ていた、重苦転贄耶舞、見、重苦転贄、重苦……』
「急急如律令ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
セントが追い討ちをかけるように叫ぶと光がさらに輝き、奪菩荼毘の顔面から下も削り取られるように粒子が噴出していく。ついには輝きが奪菩荼毘を覆い尽くすと辺りを光が包んだ。粒子が分解されて上半身が消し飛んだ。
「キァァァァァァァァァァァァァ」
ついにサラミはあまりの眩しさに両腕で顔を覆った。両腕で押さえたままであったがいつしか光を感じないようになった。恐る恐る腕を下げる。
辺りは日が沈み暗くなっていた。セントが先ほどと同じ場所に立ち、地面に刺さった鬼討笏を見つめていた。
「セントさん、終わったんですか?」
「ああ、奪菩荼毘は浄化して大気に還元された」
セントが鬼討笏を引き抜いて背中に差し込んだ。
風が止んでいた。あれほど荒れ狂っていた空気が嘘のように静まり返り、ただ、月明かりに歪んでいた。
境内の石畳には、光に焼かれたような黒い痕が走り、その上を、夜露が静かに覆っていく。
サラミは石段から一歩、境内に踏み入れる。足元で石が砕け、冷たい音を立てた。セントが目を瞑り何事か唱えている。
サラミは終わったと息をついた。けれど、まだ浄めきれぬ闇がどこかで息を潜めている。被害を出さない為にも改めて闇に踏み込む覚悟を刻みこんだ。




