03 特異事象②
特異事象調査課・水依サラミと鬼討師・忌名セントの心霊捜査。02~04まで続く、連続エピソードとなります。
次回7月4日。連続エピソードの場合は週一土曜20時投稿。
※ハチオウジギアと同じ世界観で起きる出来事です。単独でも読めます。
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サラミは西国立駅で電車を降りた。ハチオウジ市国立区にある西欧大学でセントと待ち合わせをしている。
線路沿いを歩いていると線路の向こうに住宅街が見える。最近、その住宅街の中で内地という会社員が襲われて重体となっていた。
さらに十分程歩くとようやくキャンパスが見えてきた。大きな校舎と複数の棟が並んでいる。
大学の入口付近に黒いスーツに身を包んだセントが鞄を手に立っていた。サラミは駆け足で近寄った。
「宜しくお願いします」
セントが笑みを浮かべた。
「宜しく頼む。早速、大学構内を見たいんやが」
「わかりました」
サラミはセントを伴いキャンパスに足を踏み入れた。大学側には事前に捜査で立ち入る旨は伝えていた。
目の前には横に広い大きな校舎があり、学生が行き交っている。
サラミは横目でセントの様子を見た。セントは何かを探るような目つきで周囲を見渡している。
「水依、たしか資料では女性職員が死んだんが始まりやったな」
「はい、野恒モリという女性職員です。残業中、校舎から飛び降りて亡くなってます。作業に追われ、仕事でミスをしたのが原因のようです。死亡時は書類を持ったままでした」
「そこから書類を持った霊、お前たちの言う霊性体やな、として現れたんやな」
セントは先を進み、広場に出るとモリが勤務していた六号館を見上げた。セントが六号館の横にある花壇に近づく。モリが落下した現場だ。
「微かに残ったモリの気の残滓が見える」
セントは懐から細長い紙、呪符を取り出して口元に近づけた。「縁導」のような文字が書いてある。
「アメツチノミチ、タエズツナガリ、キエシアユミノノコサムハ、カミノシルシ、ワガミココニイノリテ、ミチビキヲコウ、タマヨ、カゼトトモニキタリ、ミチヲアカセ、エンドウ……」
セントが呟くように詠唱した。サラミはセントの持つ呪符が明滅するのが見えて目を見開いた。
「セントさん、それは」
「モリの気の残滓をこの呪符に記憶させて追跡しよう思ってな。奪菩荼毘か、奴はモリの性質からは大きく変異しとるが核は残っているはずと踏んだんや」
セントはそう言うと呪符を見つめた。
「モリの霊はここに定着しているだけやった。だが、紙ババアやら紙を見せられたら死ぬといった都市伝説が勝手に作られてそれを信じてここに来た学生の思念が気として大気に溶け込んでモリを侵食したようや」
セントが呪符を持ちながら歩いていった。サラミは後ろからついて行く。六号館から離れて、大学中央にある噴水の辺りを調べるように見ていた。何も知らない学生が楽しそうに近くのベンチに座り語り合っている。
「どうもそれだけやないようや、変やな。この大学にいた他の関連性のない霊が自ら、モリに吸収されとるようや」
セントは噴水に繋がる広い緩やかな階段を見上げた。
「どういうことです?」
「水に霊が集まりやすい性質はあるから噴水にいる霊は自然や。だが、なぜか噴水にいる複数の霊が花壇にいるモリに自ら吸収されに移動しとる。変異したモリの霊が引き寄せた可能性はあるが……」
「それでどうするんです?」
「どんな状況でもやることは変わらん。拡散状態にある痕跡から奴の核を探しだし、祓うだけや」
セントは再び呪符に意識を集中して歩き出した。サラミはその後を無言で追った。
話には聞いていたが、実際にセントの行動を見るのは興味深かった。呪術師とは気の流れを読み、自らの気を大気と接続して呼び込み行使する技術と才能を持つ人間である。霊能力者のような超人と違い、特異に色付けされた気を持たない人間だからこそ大気と接続することができる。
セントが使う呪符は 言葉、記号、術者の気を融合させた術式の器である。ただの漢字や図形ではなく、術者の呼吸、筆跡、気の流れによって力を宿す。その力によって奪菩荼毘の痕跡を辿っているのだろう。
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その後もセントは大学校内を見て周るが核は見つからないまま、日が暮れようとしていた。ふとセントが足を止めて校舎を見据えた。
「二号館ですか? さっきも見ましたよね」
「せやな。うまく偽装していて中々見つからんかったが、どうもこの校舎からの痕跡が微妙やが濃い。ここには何があるんや? サーバー関係か?」
「ここ二号館はえっと、情報センターですね。図書館、パソコンルーム……サーバールームがあります」
セントがサラミにニヤリと笑いかけた。
「やはりやな。サーバールームの電気的なノイズに気を同調させて核が擬態したんやろう。最初は情報センターの見た目で見過ごしていたがここしかない、いくぞ」
「わかりました。職員に許可をもらいに行きますね」
「頼む、奴らはこんな手続き関係ないから、どこでも行けるんが強いな」
「本当ですね」
サラミは二号館に入ると受付の職員に警察手帳を見せ、捜査上の必要から立ち入る旨を告げた。疑わしげな目をして職員は教務部に確認すると言って電話をかけた。許可が下りたのか職員はかしこまってサーバールームのカードキーをサラミに渡した。
今度はサラミを先頭に地下のサーバー室に向かった。エレベーターの下ボタンを押した。
「水依、お前はなんで警察に入ったんや」
ふいにセントが問いかけた。
「私は昔から困っている人をほっとけなくて。たぶんそれが動機だと思います」
「特異事象調査課に入ったんのもそうか?」
「それは……」
サラミの胸に微かに痛みが走った。
「……警察学校時代に私は友人と特異事象に遭遇したんです。私は助かったけど、友人は今も昏睡状態のままで……」
「そうやったんか。それで特異事象に対して執着したんやな」
「はい、超人は世間的には認められてませんが、警察内では超人による超常犯罪も起きていることから暗黙裡に認定されてました。ただ、特異事象はさらに件数が少なく超常犯罪ほど理解はありませんでした。でも、対超常犯罪部署の特務公安部に特異事象調査課があるのを知っていても立ってもいられなかったんです」
セントが悲しげな目でサラミを見ていた。その時、ちょうどエレベーターが到着した。
「行きましょう」
そう言うとサラミはエレベーターに乗り、地下三階のボタンを押した。機械音が鳴り、地下に向かって箱が下降していく。
チン、地下三階に着くとドアが開いた。冷えた空気が一気に流れ込み、空調の低い唸りが耳に触れる。地下特有の乾いた冷気、それに混じって、微かに焦げたような金属臭が漂っていた。
サラミは片手にカードキーを持ち、廊下に一歩踏み出す。白い蛍光灯の光が無機質に床を照らし、壁には配線と警告標識が整然と並んでいる。人の気配はない。だが、静寂の奥に何かが潜んでいるような圧がある。
「やはりやな」
セントの持つ呪符がわずかに震えた。
エレベーターホールを抜け、長い廊下を進む。足音が金属板の床に乾いた音を立て、わずかに反響する。
突き当たりには、重厚な鋼鉄の扉。その横にはカードリーダーと、赤く点滅する警告灯。
サラミはカードキーをかざすと、短い電子音とともにロックが外れた。一瞬の静寂、その隙間に低い振動音が耳に入り込む。まるで何かが、機械の奥で囁いているようだった。
再びセントが先頭に立ち、扉を押し開けた。サラミはサーバールームの冷気の中に足を踏み入れた。
青と緑のランプが規則的に点滅し、ファンの音が波のように押し寄せては引いていく。ラックが整然と並ぶ空間が広がる。青白いランプが規則的に点滅し、冷気が肌を刺す。
前にいるセントが呼吸を整えて、指先で呪符を微動させ、データラックに沿って慎重に進んだ。サラミは後ろから見守ることしかできない。
「近くにいるはずや」
しかしサラミの視覚には何も映らない。光と音、電子機器の稼働する音が響く。
セントが足を止め、耳を澄ますようにしている。冷却ファンのうなりに、微かな囁きが重なる。ランプの光が一瞬揺れた。奥のラックに黒い影が浮き出るのが見えた。
「ここや」
セントが懐から形代の紙を取り出した。鞄を置き、形代を指に挟んだまま、素早く印を結ぶ。
「テンヲコガスホノオノミトリヨ、ワガイノチノヒヲワケアタエ、ナジヲコノチニヨバン、シホウノケッカイ、ナンテンノモン、ヒラケ、テンエンジュンカン、スザクノホノオココニキタリテ、キタレ、トコシエニアレ、式神よ行け!」
呪文を詠唱したセントが形代を放った。形代が朱く光る小さな鳥のような形になり、黒い影に矢のように向かっていく。黒い影から手のような影が伸び小さな鳥を振り払った。
『奪菩荼毘と……されているもの……だったと、いうふう……に思っております、以上でございます』
黒い影が不明瞭な声で囁くと黒い影の粒子が粗くなり、中空に分散した。鳥も地面から浮遊し、後を追うように朱の残光を残してその場から消えた。
「くっ、移動を始めたようやな」
セントが振り向くと鞄を手に持ち、サーバールームの入口に向けて駆けた。
「追うぞ! 恐らく自分に有利な場所で僕を迎え撃つつもりや」
サラミは訳もわからずセントの背を追いかけた。




