13 特異事象調査課①
特異事象調査課による心霊捜査。13~15まで続く、連続エピソードとなります。
次回投稿10月17日となります。
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東京都千代田区。グレーの外壁の高層ビル、その屋上に特徴的なアンテナ鉄塔がある。警察庁の庁舎だ。
地下四階、特務公安部のフロア。その中に「特異事象調査課」の部屋がある。
水依サラミはPCに向き合い、キーボードを叩いていた。部屋の奥で課長、麦沢セイイチが何やら書き物をしていた。サラミは麦沢を中心に左にある島、東日本担当の岳川班に所属している。メンバーは班長の岳川セマキ、柿津フキタテ、サラミの三名だ。
横を見ると右の島はガランとしていた。西日本担当、班長の上屋カイセイ含め三人のメンバーは出張中で、誰もいない。
「おい、水依、被害者の公家又さんから映像来てるだろ? 内容の確認できるように準備しろ」
岳川がぶっきらぼうに指示を出した。
「はい! ちょっと待ってください」
反発するように大声で答える。受信箱にある公家又ウメカのメッセージを確認すると、動画が添付されていた。
サラミはPCでプロジェクターを起動して、部屋の壁に映す。
「できました」
壁をスクリーンにして青い映像が投射された。岳川と柿津が椅子を向ける。
サラミは動画の再生ボタンを押した。
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青い画面が切り替わり、車の助手席から撮影した映像が映し出された。
『それではこれから、茨城県にある心霊スポット、清美病院に行きたいと思いまーす』
若い女性の楽しげな声がする。ルームミラーに携帯端末のカメラを向けたダークブラウンのショートボブの女が映った。撮影しているのは公家又ウメカだ。
『こちらがシイでーす。心霊スポットに行くので皆にも恐怖をお裾分けしまーす』
レンズは隣で運転する茶髪の若い男、宇養シイを映す。ウメカの彼氏だ。
次に窓越しの風景を映し出す。街灯が途絶え、車のヘッドライトに照らされるのは深い山道だ。うねるように続くアスファルトの左右から鬱蒼とした林が見える。
『ねえシイ、本当にこの道で合ってるの? 同じ道しかないよ?』
ウメカがカメラを運転席の宇養へと向けた。
『合ってるはずだよ。ナビだとこの先にあるって』
ハンドルを握る宇養の間延びした顔が映る。やがて、車は舗装が途切れた道へと進入した。激しい振動にカメラの手ブレがひどくなる。
『ほら見ろ』
宇養の得意げな声と共にヘッドライトの白い光に照らし出されたのは蔦に覆われ、コンクリートが剥き出しになった三階建ての廃墟「清美病院」。
ウメカがカメラを構えたまま車のドアを開けた。虫の声が背景から流れ込む。
懐中電灯を持つ手が映り、光が灯った。宇養の後ろ姿がウメカの光に照らされる。二人は懐中電灯の光を頼りに、ガラスがすべて叩き割られた正面玄関から内部へと足を踏み入れていく。
ピチャ、ピチャと不気味な水音が響く。天井から雨水か何かが滴っているようだ。
『へー、雰囲気あるじゃん』
前を進む宇養から軽薄な声がする。
『本当に怖ーい。シイ、ここすごいね』
かつて受付があったと思われる汚い埃と砂に塗れたカウンターが映る。
『だろ? この病院はさ、院長が狂って患者を殺しまくった、て噂だ。最後は院長が首を吊って、病院は廃業。以来、ここでは院長に殺された女患者が出るんだって。最悪、呪われておかしくなるなんてことも言われてる』
文字が掠れて読めない院内のインフォメーションを上から下へと舐めるようにカメラが動く。
『私たちも危ないじゃん』
『噂だよ、噂。でも、すげぇな』
内容の薄い会話を続けながら、二人は廊下の奥へと進んでいく。
「この噂の信憑性は?」
岳川が映像を見ながら、尋ねた。
「院長が患者を殺したなんて事件はありません。近隣に医療センターが建ち、利益を上げられないと判断して廃業したんです。ただ、廃業後ですが院長が自殺したのは事実として確認してます。恐らく尾ひれがついたのかと」
「なるほどな」
岳川が頷いて、煙草に手を伸ばす。火を付けて煙草をくゆらせた。紫煙がスクリーンの前を漂う。
その間、カメラはあちらこちらと向けられていた。ライトの光がひび割れた壁をなめるように照らし出す。
階段を上り、二階に向かった。病室を一室、一室、見て回る。かつての病室には骨組みだけのベッドがあるのみだ。さらに開けた空間に出た。
ナースステーションだ。ライトが中を照らし出す。ガラス張りの小さな窓口はひび割れ、内側の机には何十年も前の記録用紙が散らばっている。壁には茶色く変色した勤務表が貼られたままだ。カウンターの上には、古い電話機と呼び出しボタンがある。
カメラがナースステーションから、廊下の先にある病室の壁に向いた。
『ひっ!?』
ウメカが怯えたような声を出し、カメラが壁を映す。赤黒い文字で「誓い」、「つらい」、「十年」等と殴り書きされた文字が残されていた。
『これ、何? 赤い文字でなんかいっぱい書いてある……さっき、こんなの書いてあったかな』
『い、いたずらだろ……』
二人の会話が途絶えた。いつの間にか、外から聞こえていた虫の声も全く聞こえない。聞こえるのは二人の足音と荒くなっていく呼吸の音だけだ。
『ち……ふ……て』
ビクッとカメラが震える。
『ねぇ、何か聞こえない?』
ウメカが突然、ピタリと足を止めた。
『どうした?』
宇養がウメカに駆け寄る。
『やっぱ、なんか、聞こえるよね?』
宇養は息を殺し、耳を澄ませるようにじっとした。
『ちゃ……と……ふこ……なって』
微かに女性の声が聞こえる。
『何だよ、この声。お前か?』
宇養がウメカに詰め寄る。カメラが激しくブレる。
『違う! 私じゃない! だって今も……』
『ちゃゃんとぉふこうにぃなって』
ウメカの声を遮るように女性の声が聞こえた。
それを見ているサラミは思わず息を呑む、不気味でねっとりとした声だ。
『えっ! 誰だよ!』
『ねっ! シイ、誰かいるよ! 誰かいるよ!』
カメラが激しく動き、四方を映し出す。赤黒い文字が残像のように尾を引く。
『しぃぃじぃきぃぃぃぃぃぃぃねぇぇぇ』
ビタビタビタビタビタビタ、こちらに猛烈な速さで近づいてくる足音が響き渡った。
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
二人は叫び声を上げて、駆け出した。カメラは上下に動きながら、前を走る宇養の姿を捉える。
『ぜぇぇぇぇびぇぇぇいぃぃぃぃねぇぇぇ』
地から響くように女の声が谺した。ビタビタビタビタビタビタ、足音が近づいてくる。走りながら、カメラが周りを映すが暗闇ばかりだ。
『じぇぇぇかぁぁぁこぉぉぉしぃぃとぉぉぉ』
『ああっ!?』
前を走る宇養が急に立ち止まった。
『シイ! 何やってるの!』
『あ……駄目だ……あ……あ……』
宇養が懐中電灯で前を照らしながら硬直している。全身ががくがくと震えていた。
カメラが彼の背中を映す。
「シイ! ちょっと!?」
『あなぁたぁぁぁんにぃぃちゃゃんとぉふこうになってぇぇていぃぃぃたぁぁぁ』
女のねっとりとした声が近くでする。
『えっ、えっ、えっ!?』
カメラがゆっくりと震えながら、宇養の背中越しに前を映した。
『ひぃっ、な、なに? あ……あ……』
ウメカの声が震えている。
『じゃなぁぁぁとぉぉぉおわるからぁぁぁぁ』
声が上から響く。サラミは思わず身を乗り出した。
ライトは震えながら天井に向いたままだ。ウメカの息遣いが激しさを増す。カメラはブレながら、天井を映す。
天井にはぼんやりと光る、白いノースリーブの女が逆さまに立っていた。
逆さのはずだが髪は垂れさがっていない。顔立ちは整い過ぎている。卵型の輪郭に固定された笑顔から剥き出しの白い歯が見える。虚ろな大きな双眸が宙空を眺めていた。
カメラはぶるぶると震えているが、なぜか女を捉えたままだ。女の瞳がこちらに動く。黒い瞳は感情の見えない穴のようだ。
『そぇぇぇいったぁぁあなぁたんんはぁぁいなくなっちぃゃいぃましたぁ』
歯を剥き出しにして声を吐き出す。足が天井に張り付いたまま、にゅーっと上半身が伸びた。両腕が二人を包むように伸び、頭が伸びて宇養に近づく。左右の瞳が宇養とウメカを別々に見据えた。
『うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
硬直が解けたように宇養が声を張り上げた。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
ウメカも大声を振り絞る。
その瞬間、カメラが激しく回転して地面に落ちた。映像にノイズが走る。ノイズの隙間から、宇養とウメカの二人に女の異様に伸びた腕が絡みつき、足が天井から静かに離れる姿が映し出された。
足も軟体動物のように二人を絡めるように巻き付く。女の顔が宇養の目の前で止まる。
『助け、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
宇養の叫びをものともせずに女が彼の顔を覗き込む。ついには二人を飲み込むように四肢と頭で包み込み、絡みついた。叫び声が唐突に止まる。
画面はそのまま静止した。サラミの額に汗が滲んだ。横では岳川が短くなった煙草を灰皿に押し付け、柿津が腕を組んだままじっと見ている。
プロジェクターの動く音と動画の環境音だけが、室内に流れる。二分程経過した時、微かに腕が動いた。
「あっ!?」
サラミは思わず叫んだ。にゅーっと巻きついた腕が動く。急に女の四肢と頭が解かれて、天井へと戻っていった。
後には呆けたように何の表情もない宇養とウメカが立っているだけだ。そのまま、何を言うでもなく、生気のないウメカは落ちた携帯端末に手を伸ばした。映像が止まる。




