12 家継ぎ③
セントと霊能力者たちとの共同除霊。10~12まで続く、連続エピソードとなります。
次回投稿10月10日となります。
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階段を上り始めてから五分が経過した。
「気持ち悪い館や」
セントは眉をひそめる。
「ここまで来ると建物ではありませんね」
キュウコが静かに答えた。
「すーーすっ、すっ、すーー」
大草が壁へ光を撃ち込むたび、赤黒く脈打っていた壁が一瞬だけ白く戻る。しかし、数秒もすると再び濁った赤に変わってしまう。
「浄化が追いつかないねー」
「中心に近づいてる証拠だ」
ヤタマが壁を触りながら呟く。
「上に光が漏れとるな?」
さらに一分ほど上がると階段から踊り場に到達した。目の前には扉があり、大草がノブを回す。ギギギギギギ、擦れるような音を響かせながら扉が開いた。
「これは……なんや?」
扉の先には広大なホールが広がっていた。部屋の奥には巨大な貯水タンクのようなものが鎮座しており、そこから赤黒い配管のようなものが無数に張り巡らされている。貯水タンクは十メートル近くあり、心臓のような質感でドクン、ドクンと音を立てながら動いていた。
「うわー、近隣から吸い上げた気かねー」
大草が顔をしかめる。
セントはタンクの気の流れを読んだ。たしかに、力が吸い寄せられている。その中に微弱な異質な気の流れがあった。これは恐らくシヨオか。
「気月!」
キュウコは目を閉じ、探知を続けた。
「刻印はこの中にある……近い」
「お出ましだ」
ヤタマがタンクの上を指差すとタンクの上に黒い人影がゆっくりと姿を現した。
先ほどの黒いキルティングジャケットの男だ。だが、壁から現れた個体よりも密度が濃い。
『オタクノウエノカイデ、ミズモレガアリ、テンケンニキマシタ』
男が瞳を細めて、両手を上に上げた。天井に両手が突き刺さり、水が渦巻くような音が響く。
天井の真ん中に突如、穴が開いて大量の水が滝のように降り注いだ。
「散るんや!」
セントが叫ぶと同時に四人は左右へ飛び退いた。波濤が床から飛び散る。
「フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ、フルベユラユラトフルベ」
セントは素早く九字を切って印を結ぶと不可視の壁が水を遮った。水のように見える瘴気だ。
隣では大草も光の塊で防ぎ、対面のヤタマも同じように九字を切り、自らとキュウコを守っている。彼女がふいに右手の指を揃えて、反時計回りに円を描いた。
「狩魔」
宙に描いた円が光輪となり、男に殺到。両腕を切断した。
天井に突き刺さる両腕が粒子になり、分解され、滝のように押し寄せていた水が姿を消す。男は両腕を気にすることなく、こちらに顔を向けた。
『シュウリスルヒツヨウガアル』
男がタンクの上から飛び立った。数十メートルの距離を跳躍しながら、男が近づいてくる。
セントは切断した両腕の断面から赤黒い配管のような管がイソギンチャクのように何本も伸びるのを見た。切断されたのに相手の気が減っていないようだ。
セントは「浄化」、「風」の呪符を抜き出して掲げる。
「風祓い!」
男がホールの真ん中に着地した。セントはすぐさま男に刀印にした右の指先の照準を向ける。
「急々如律令!」
指先から翡翠色の光が一直線に放出した。男がイソギンチャクのような右腕で光を受け止める。ジジジジ、光を受けて管から粒子が噴出して削られていく。
「風祓い! 急々如律令!」
反対側にいるヤタマの指先からも光線が放たれた。左腕の管で受け止める。
「すっ、すっ、すーーーーー」
「狩魔」
大草から光の塊、キュウコから光輪が放たれるも、男の無数に蠢く管が受け止めた。先ほどの腕のように切断されることなく耐えている。
「急々如律令!」
セントは攻撃を重ねた。だが、翡翠色の閃光と浄化の光が無数の管で遮られた。削られても新たな管が脈打ちながら生えてきた。
『ダァタァリィィィ』
不明瞭な声が響き、男の胸が膨れ上がった。セントは本能的に危険を感じ取る。まずい。
「みんな、退くんだ!」
ヤタマが叫んだ。次の瞬間、男の身体が破裂して、無数の管が槍のように四方へ撃ち出された。
呪による防御が間に合わない。咄嗟に腕で顔を守りながら後ろへ跳んだ。
「ぐわぁぁぁ」
無数の管がセントの全身に激突した。棲魔依瑠の装甲で守られているものの瘴気が肉体を焦がし、痛みが走る。無数の管がぶつかり、押されるように吹き飛ばされた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
痛みの中で三人の悲鳴が聞こえた。
「がっ」管に押し込まれて、セントはホールの壁に打ちつけられた。
無数の管が引いていく。セントは壁に背中を預けながら、なんとか顔を上げた。
「みんな!?」
三人が苦しげにしていた。大草が脇腹を押さえて地面に転がり、ヤタマが左肩を押さえて片膝をついていた。キュウコが仰向けに倒れて震えている。
中心に男がいた。無数の管の塊がイソギンチャクの触手のようにウネウネと蠢いていて、真ん中に男の顔がある。
セントは痛みを堪えて、背中側のベルトから笏を引き抜く。右手で笏を構え、さらに「風」の呪符を笏に当てた。
「鬼討笏! 風符宿れ」
笏が翡翠色の光を放った。男の攻撃は素早く、笏で即応していくしかない。
ヤタマもそう感じたのか、肩で息をしながら、笏に風の呪符を宿らせると柳葉刀のような笏を構えた。
倒れ伏せた大草とキュウコから男を何とか引き離したい。セントは血の塊を吐き出すとホールの壁沿いに奥に駆け出した。
「こっちや! 化物!」
男の顔がこちらに向く。管をうねらせて、セントに向けて並走するように近づいてくる。大草、キュウコからは引き離せたようだ。
セントは笏を構えながら、斜めに男に向けて駆けていく。
『ゲェキィヤァァグゥ』
男の口が開いたと思うと管が絡まりながら、こちらに射出された。
「やらせん!」
笏で管の塊を受け止める。粒子が散る。セントは走りながら「風」と「浄化」の呪符を引き抜き、左手を刀印にした。
「風祓い! 急々如律令!」
刀印にした指を直接管に当てて翡翠色の閃光を放った。光が管の塊にぶつかり、粒子が舞い散る。バチュン、光が触手を貫いた。
『ミズモレ……』
男が仰け反る。さらに後方からヤタマが笏を振りかぶって、跳躍するのが見えた。
ヤタマが男の顔を狙い、笏を斬りつける。男は寸前で顔を逸らし、笏が顔の真横の管を斬り裂くだけだった。彼は斬撃の反動を活かして、一回転してセントの隣に降り立つ。
「ぐっ、さすがだな」
ヤタマがこちらに顔を向けた。管をうねらせながら男がこちらの様子を窺っている。
「ヤタマ、傷は大丈夫なんか?」
セントは鬼討笏をベルトに挿し込んだ。
「左肩をやられたが……問題はないよ」
「あのタンクにシヨオさんがおるな」
セントは視線を脈打つタンクに向けた。今度ははっきりと人の気の流れが見える。ヤタマが頷いた。
「だろうな、本体の男はタンクからエネルギー供給を常に受けている。あれを潰す」
「待つんや。タンクを攻撃するとシヨオさんが危ない。気の流れを見ると微弱なんがわかるやろ? 刻印こそ潰すべきや」
ヤタマが首を振った。
「中居さんは虫の息だ。あの男を相手にしながら、刻印探すのは難しいぞ。シヨオさんは犠牲になるが、タンクを破壊すればこの家継ぎはなくなる。家継ぎ自体は最後に刻印の力を使い、外に逃げようとするが私たち二人いれば倒せる」
「シヨオさんを犠牲にしろと?」
「したくはないが……ここで今、奴を仕留めないと被害は拡大するぞ。こちらも命懸けになる」
ヤタマがこちらに決断を迫るように視線を向けた。
「ヤタマ、僕はシヨオさんもこれ以上の被害も出さん」
「それが君の答えか?」
「そうや」
セントはヤタマを睨みつけた。救える人を見捨てはしない。この身を犠牲にしても。彼がじっとこちらを見つめる。
「諦めずに人を救うか……合理的ではない。出雲家ならばあり得ないな」
彼の冷たい視線をセントは迎え撃つ。ふと、ヤタマに笑みが浮かんだ。
「さすがだな、忌名セント。ならば、私も全力で協力するよ。出雲家のやり方等どうでも良い。うんざりしていたんだ」
「ヤタマ……」
思わず呟いた。まさか、すんなりと肯定するとは思わなかった。
「勝算はあるんだろ? 君のことだ、シヨオさんを救う為に私たちを犠牲にしようとは考えてないはずだ」
「考えはある。まず、僕は何をしてでもあの男に近づいて、再生が間に合わないくらいの力で倒す。倒した後に刻印を通してエネルギーの大量供給が始まるはずや。中居さんはここに刻印があると言っとった。それで刻印の場所がわかるはずや。後はお前が刻印の破壊と最後に再生しようとする家継ぎを倒してくれればええ」
ヤタマが笏を肩に担いで、こちらを睨む。
「その作戦は良い。だが、近づいて強力な術を使うには守りができない。君は自分を犠牲にしようとしているな?」
「そんなことない」
「本当か? 曲がりなりにも私も出雲家としてプライドがある。二人が協力すれば君も誰も犠牲にはならない。良いな?」
セントは上を向いて、溜息をついた。
「わかっとる」
「良し。まずは奴に思いっきり、風符をぶつける。奴は自身に近づくと管を本能的に発する。押さえつけて、守りながら近づく。そして、再生が追いつかなくなるくらいの力を近距離で撃ちつけるんだ。君の言う通り、刻印からの力を大量に必要とするはずだ。出雲家はどちらかと言えば水の属性だ。土とは相性が悪い。撃ちつける役は君に任せる」
「せやな、それでいこう。守りを頼む」
互いに頷き合った。セントは大草とキュウコに目を向ける。大草は脇腹を押さえながら、身体を起こしていた。キュウコは粗い息を吐きながら、倒れているもののこちらに視線を向けている。二人ともまだ大丈夫だ。
セントとヤタマが男に向き合った。男が無数の管をうねらせている。
二人は「浄化」、「風」の呪符を抜き出し宙に固定。さらに「風」の呪符を重ねるように抜き出して掲げた。
「風祓い、疾風! 穢れよ絶て」
三枚の呪符が燃え尽きて、右手の刀印にした指先に濃い翡翠色の光が集まる。互いに一歩踏み出した。
「急々如律令!」
セントとヤタマの刀印から放たれた翡翠色の奔流が一本となり、男へと一直線に走る。
轟音がホールを揺らした。
『シュウリガヒツヨウ、イエガコワレル』
無数の管が幾重にも束となって光を受け止める。男が床を抉りながら、押されていく。管は焼け、裂け、粒子となって崩れていくが、その奥から新たな管が生え続ける。だが、閃光に押されて壁に激突。
『ダァタァリィィィ』
男が光を受け止めながら大きく震えた。
「大草! 中居さん! 伏せてるんや!」
セントは指先にさらに力を込める。隣のヤタマが光を放出したまま、「守護」の呪符を引き抜いた。
「守護符! 守れ!」
ヤタマが掲げた呪符が燃え尽きた。さらに指先の光が止まり、刀印を彼の顔の前に持ってくる。二人を包むように陽炎のような壁が現れた。セントの閃光のみは壁を通過して男を押し続けている。
その時、閃光を防ぎながら、男から無数の管が槍のように四方へ撃ち出された。射出された無数の管が壁の前に上下左右に折れながら逸れていく。
大草とキュウコは地面に伏せて、難を逃れている。
「セント! いくぞ!」
ヤタマが防壁を展開したまま、駆け出した。セントも追うように光を放出しながら、後に続く。近づくにつれて管の勢いが強くなる。
『ゲェキィヤァァグゥ』
無数に管を射出しながら、槍のように縺れながら、こちらに殺到した。
「ぐっ!」
ヤタマの声が漏れる。槍のような管の塊に防壁が内側にへこんだ。足が止まる。圧が強い。
セントは光の方向を槍に向けて削りとる。しかし、再生スピードが上がり、槍はびくともしない。まだ、男に近づく必要がある。セントの心に焦りが生まれる。
「セカンドハウスの玉宵リョウト!」
ヤタマの言葉に男の動きが一瞬弱まる。
「調べはついている。お前は凶分組のもとで点検商法を繰り返していたチンケな詐欺師だな? 玉宵の三男に生まれて、暴力沙汰を繰り返して少年院に行っているな」
ここに向かう時にヤタマが調べていた内容のようだ。
家継ぎは人間の名を失った概念的存在である。だから依代の本名、生前の経歴、家族との関係を暴かれた瞬間、家継ぎとしての存在が揺らぎ、怪異としての力が弱まる。時間稼ぎにはなる。
「最後は騙した金を持ち逃げして、凶分組に殺された。そこを家継ぎの依代にされた! お前は家継ぎの皮を着た弱い、弱い、ただの詐欺師だ!」
男が目を見開き、管の塊が先ほどよりも弱まる。
「踏み込むぞ!」
ヤタマがさらに「守護」の呪符を引き抜く。
「守護符! 重ねて守れ!」
防壁のへこみが押し返された。管が弾かれていく。男までもう少しだ。二人は男に向かい走る。
「すーーー、すっ、すっ」
帯のような光の塊が男に撃ち込まれた。管の圧がさらに弱まる。横を見ると大草が地面を這いながら、腕を動かして光を撃ちつけていた。
「今や!」
セントは刀印を解いた。光が消える。
「いくぞ!」
セントは走りながら、呪符を次々に抜き出す。「火」、「風」、「土」、「水」の四枚を投擲した。呪符が空中で東西南北に固定。さらに「浄化」の呪符を四枚抜き出して投擲。東西南北の呪符の隙間を埋めるように北東、北西、南東、南西で固定。セントの眼前に八枚の呪符が展開した。
男までの距離は約五メートル。セントはさらに呪符を一枚引き抜いた。「布石」と書かれた呪符を掲げた。
「八方龍布石!」
「布石」の呪符が燃え尽き、セントは大きく柏手を打った。その瞬間、八枚の呪符が燃え尽き、光の玉に変わった。八つの玉から一斉に閃光が放たれる。
「くらうんや! 家継ぎ!」
八本の光が男に襲いかかった。まず、北に配された「風」の呪符が男の顔面を焼き焦がしながら貫いた。次に七方向から光が管を貫く。管が焼き切れて、再生しようとすると光がまた襲いかかる。さらに貫いた光は別の場所を貫き、のたくるように食い荒らしていく。
男の再生がだんだんと追いつかなくなっている。防壁に到達する管の数がじょじょに減っていく。
セントの額から汗が噴き出す。八本の光の奔流を同時にコントロールするのは負担がかかる。
八本の光の動きが激しくなり、管が収縮して防壁の前から消えた。男が八本の光により食い散らかされて散り散りになる。
「八方龍布石!!」
セントの絶叫に八本の光が呼応した。光が幾重にも男を貫きながら、ついには包みこんだ。
「食い尽くすんや!」
パァァァァァァァァァァァァァァァァン!
激しい音が響き渡り、光と共に男が爆発して霧消した。光の粒子が舞う。
セントはその場でガクリと崩れ、膝立ちになった。ヤタマが肩に手を置く。
「大丈夫か?」
「ああ、それより……」
光の粒子が再び、小さくまとまりだした。
「わかっている」
ヤタマがタンクを凝視した。セントも息を整えながら、顔を向ける。
ドクン。タンクが激しく脈打つ。薄い光の粒子がタンクに吸い寄せられている。どこからだ。
「光の流れを見て、う……上、シャンデリアです」
キュウコの言葉にセントは顔を上げた。ヤタマも天井を見上げる。目を凝らすと薄い光が糸のように上から垂れていた。
タンクの後ろ、天井に吊るされたシャンデリアの横に小さな五角形の刻印が浮かび上がっていた。光はそこからタンクに注がれている。
「任せろ」
ヤタマがそう言うやいなや駆け出した。鬼討笏を抜き出して、「風」の呪符を当てた。
「風符宿れ! 急々如律令!」
呪符が燃え尽き、笏が輝く。ヤタマがタンクに跳躍、次々と突起を足場にしながら、飛び上がった。タンクの上に着地して、刻印を見上げる。
「終わりだ」
ヤタマが柳葉刀のような笏を両手で握る。再び跳躍。シャンデリアに飛び乗り、刻印に向けて鬼討笏を突き入れる。
「イヨォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」
ズブリ、笏が刻印を貫いた。光が飛び散る。
「これは!?」
セントの身体が揺れる。館が鳴動していた。辺りを見回すと大草がキュウコを支えるようにしている。
震動が床を揺らして、タンクに亀裂が走った。亀裂がホール全体にまで派生し、あたりが光に包まれた。激しい爆発音が響き渡り、視界が真っ白になった。
「なんや!?」
白い光が消える。セントはゆっくりと目を開いた。先ほどまで響いていた館の鼓動も何もない。
「終わったんか?」
視界が戻ると先ほどまで存在していた巨大なタンクも、赤黒い配管も見えない。広大だったホールは、元の洋館の姿を取り戻していた。
大理石の床、古びた壁紙、窓、天井から吊るされた巨大なシャンデリア。ただし、至るところに亀裂が走り、長年放置された屋敷のように埃が積もっている。
「館が……戻っています」
キュウコが大草に支えられながら立ち上がる。
「ぐっ、家継ぎの支配領域が……消えたんでしょうねー」
大草が脇腹を押さえながら苦笑した。
セントはシャンデリアの下に目を向ける。ヤタマが笏を床につけて、肩で息をしていた。傍らには和服姿の男性が倒れている。シヨオだ。
「シヨオさんは大丈夫なんか?」
「息はある」
シヨオの胸が上下している。セントは安堵で息を漏らす。そして、目の前の壁を睨みつけた。
壁の下の地面に顔だけの男が光の粒子を垂れ流しながら短い管をうねらせて窓にゆっくり向かっていた。
『ミズモレ、シュウリ、シュウリ、コワレ、ミズモレ……』
セントは重い身体を引きずりながら、鬼討笏を引き抜いた。一歩、一歩と踏みしめて男を、家継ぎを見下ろした。
「こ……これで終いや。穢れよ、いなくなれ。鬼討笏!」
セントは笏を振りかぶって、家継ぎを叩き潰した。バチュン、光の粒が散って大気に溶けていく。
「うっ……」
ヤタマの隣で倒れていたシヨオが呻き声を漏らした。
「シヨオさん」
セントは近づいていく。よく見ると五十代に見えていた写真の姿とは違う。髪は白くなり、顔には深い皺が刻まれている。しかし、それは間違いなくチヨミの父親だった。
「……誰だ」
シヨオが薄く目を開ける。
「助けに来ました」
「あなたの娘さんから依頼を受けたんです」
「……チヨミが」
シヨオがゆっくりと身体を起こした。
「業者の男を……信じて……家を守ろうとして……長い、長い夢のようだった」
ヤタマがシヨオを支えるようにして立ち上がらせた。足腰はふらついているが、顔に生気が戻ってきた。
「外に出よう」ヤタマの言葉に頷いた。
■
セントは重い身体を引きずるようにして、皆と共に外へ向かって歩いていた。不思議なことに、あれほど迷った廊下はもう存在しなかった。
すぐに玄関に辿りつき、扉を開けた。夕陽の淡い光が差し込んできた。
玄関を出ると座っていたチヨミが立ち上がった。シヨオの姿を見た瞬間、彼女の表情が崩れる。
「お父さん!」
「チヨミ……」
二人がゆっくりと近づいて、抱き合った。
「すまなかった……」
「いいよ……帰ってきてくれたから」
二人の姿を見て、セントは視線を逸らした。隣ではキュウコが壁に背を預けて微笑んでいる。前の大草が玄関の段差に腰を下ろして息を吐いた。セントの隣にヤタマが並んだ。
「これで刻印のつけられた近隣の家も解放された。救えたな」
「せやな、皆の力や」
「だが、家継ぎの概念は大昔から拡散している。また、依代を見つけては現れ続けるだろうな」
ヤタマが上を向いた。
「それでも、倒し続けて一人でも多く救うのが僕の仕事や」
「なるほど、救い続けると?」
「そうや」
セントはヤタマをまっすぐ見つめた。
「出雲家のやり方は全てではない。君の気持ちが少しはわかったかもしれないな」
ヤタマが呟く。セントは再び、チヨミとシヨオに視線を向ける。涙を流して笑いあっていた。
セントの心に安堵と平穏が訪れた。




