第一話:剣と魔法と迷宮と (4)
「おい、爺さん。そのお宝ってのは本当にこの先にあるんだな?」
先頭を歩くアインの声は弾んでいた。怪我をしているのを疑うほど、その歩き方は期待に浮かれている。
「勿論じゃよ。お前さんが見たこともないような本物のお宝が……」
これまた年格好からは想像もつかないほど軽々とした足取りで、その後を行くザムザが自信ありげに答える。
「本物……?」
その後を歩くフィオーヌが何気ないザムザの一言を指摘する。頭上に輝く光の精霊に照らされて、その髪が金色の金属的な光を放っていた。
「一言にお宝といっても、役に立つものとたたんものがあるじゃろう。そういう意味じゃよ」
さらりと言ってのけるザムザの言葉に対して、しんがりのディオーヌが顔をしかめる。
「どうだか……」
今だに彼女はザムザのことを全く信用していなかった。
一行は右に左に曲がりくねる地下迷宮を奥に進む。モンスターの襲撃もなく、静かに進んでいく。
「魔物でも、トラップでも、何でも来やがれ!」
威勢よくアインが剣を振り回しながら叫んだとき、ふと、後のザムザの足が止まる。
「ほい、アインよ。ちょいと待て」
「あん?」
アインがザムザに言われたとき、その足元で何かが音をたてた。アインが前に踏み出そうとしていた右足が、今まさに足を付こうとした場所に大きく口を開けていたのは……。
「そこには落し穴があるから気を付けてな」
「か……勘弁してくれ。これ以上落ちるのはゴメンだぜ……」
アインは恐る恐る、右足を引っ込めた。ディオーヌが『そうれ見なさい』という表情で先頭の二人を蔑んだとき……。
「おお、そうじゃ。後の赤毛の気の強い娘っ子」
「何よ?」
表情を崩す事無く、ディオーヌは睨み返した。
「ちょいと身を屈めてみぃ。悪いことは言わんから」
「?」
訝しげにだったが、ディオーヌがザムザの言葉どおり身を屈めたとき、その真横の壁から太さ数センチの三本の槍が飛び出し、ディオーヌの頭があった高さを通過し、反対側の壁に突き刺さる。
「な!?」
ディオーヌは突然飛び出してきた槍に身を堅くした。
「良かったのぉ。その罠はこの落し穴と連動していてなぁ……」
「そういうことは先に言いなさいよ!」
ディオーヌは屈んだ体勢のままで大声を張り上げた。
「仕方ないじゃろ。お宝の前に罠は『おやくそく』じゃよ」
飄々とした口調でザムザは言い訳を呟く。
「あのねぇ!」
「まぁまぁ……止めなさいよ」
フィオーヌが今にも掴みかかりそうな姉妹を押し止めた。
「おもしろくなってきたじゃねぇか……とっとと先に進もうぜ」
アインは落し穴をひょいと飛び越えて、先に進んだ。いくつかのトラップをザムザの頼りないガイドでなんとか突破することができた。その一行の前には、巨大な鉄の扉が立ち塞がっていた。
「こいつも……開けると何かが落ちてくるって仕掛けか?」
アインが警戒して、開けるのをためらっていると、ザムザがその脇を擦り抜けて前に出た。
「いんや。この扉には何の仕掛けもありゃせん」
言うが早いか、ザムザが軽く扉を押すと、重々しい音をたてて扉は簡単に開いてしまった。
「いよいよじゃぞ……」
扉が開いたその先は、アイン達が想像していたよりもかなり広い空間が広がっていた。天井は今までの迷宮のどこよりも高く、巨大なホールを成している。円形の空間の中央には、祭壇のような構造をした建造物がそびえていた。その屋根を支える六本の柱の前には、祭壇を警護するかのように古びた鎧がそれぞれ置いてある。その真ん中に鎮座するものは、巨大で透明なクリスタルの柱である。その下には、遠くからでもはっきりと見て取れる、金銀財宝の独特の光を放つ山があった。
「すげぇ……」
アインの目はすでに宝の山に注がれている。ふらふらと前に歩みだすと、その場にいた全員の頭のなかに、大声が響き渡った。
『我が聖域を侵す者よ。命惜しくば、立ち去るがよい!』
「へっ!」
アインは全く臆する事無く、笑い飛ばすと剣を引き抜いた。それに合わせて、他の者も戦闘体勢を取る。
「そんな脅しが恐くて、お宝が頂けるかって!」
そのアインの返答に、何処からともなく、頭に響く声に怒気が含まれた。
『愚か者よ! ならばこの地下迷宮を飾る屍となるがよい!』
「来るぞい!」
声が言い終わらない前に、ザムザが叫んだ。その声に三人が前を見ると、柱にそれぞれ置かれていた鎧が動きだしていた。空のはずの鎧は、まるで人間のように起き上がると、それぞれの武器を手に取った。鎧のそれぞれのパーツの隙間には本来あるべき中身がなく、何もない。鎧だけが浮き上がり、ゆっくりとアイン達に向かって歩いて来る。
「リビングアーマーか!?」
動きだした『生きる鎧』のその内の二体が、ふわりと空中に浮かび上がった。その二体はどちらも杖を握っている。
「まさか!?」
「あいつら、魔法を使うのか!」
一体の杖の先からは雷が、もう一体からは火球がパーティーに襲いかかった。
「……ヒュリウリス……サーシュティーネル……吹き荒れし風よ。破壊の力より我を守る盾となれ!」
フィオーヌを中心に突風が発生し、雷と火球を弾き飛ばす。しかし、残る地上を走る四体のリビングアーマーは、突風の壁を易々と突破し、先頭のアインに斬り付けた。
「このっ!」
攻撃を剣で受けつつ、アインは横から襲いかかろうとしたリビングアーマーを蹴り倒した。簡単にそのリビングアーマーはバラバラに崩れてしまったが、すぐにまた元に戻って立ち上がる。
「ちっ!」
「……闇の捕縛の手……呪われた生を受けし闇の徒を誘え」
ザムザの詠唱に、アインに迫る二体のリビングアーマーの足元から黒い霧のようなものが滲み出た。それにまとわりつかれると、とたんにその歩くスピードが遅くなる。
「爺さん、こっちの奴らもなんとかしろよ!」
アインが二体の剣撃を避けながらザムザに言った。
「無理を言うでない。儂でも二つを押さえるのが精一杯じゃ!」
ザムザは両手で印を結んだまま、真っ白な眉を吊り上げる。
「……風をともないて舞え! ライトニング・ストーム!」
今まで防いでいた風の一部が、フィオーヌの詠唱によって雷光を帯びて、空中のリビングアーマーの一体に襲いかかる。それは見事に命中し、そのリビングアーマーは黒焦げになって落下した。
「ディオーヌ、あなたは下がってて!」
素早く振り返ったフィオーヌは、姉妹に促した。武器を持っていないディオーヌは、どうすることも出来ず、立ち尽くしているしかなかった。
「くっ……」
ディオーヌは歯を食いしばったが、どうすることも出来なかった。何の役にもたっていない自分自身が、何よりも悔しくいたたまれなかった。ディオーヌはもう一度、ホールを見渡す。
(何処かに武器は……武器はないの……?)
正面の祭壇に目をやったとき、ディオーヌの視界に財宝の山に半ば埋もれている剣が飛び込んできた。
「あった……!」
内心焦っていたディオーヌが、それを見てじっとしているはずがなかった。すぐさま守りの風の中から、ディオーヌが走って飛び出してしまった。
「ディオーヌ!」
「何!?」
フィオーヌの叫び声にアインが振り向いた。アインの脇をディオーヌが走り抜けた。
「よせ、バカ!」
アインは二体のリビングアーマーの攻撃を振りほどくと、ディオーヌの後を追った。フィオーヌとザムザはそれぞれの相手を牽制して動けない。
「あれさえ手に入れれば……!」
ディオーヌはさらに走るスピードを上げた。その後を、アインと二体のリビングアーマーが追う。
「バカ野郎! 戻れ!」
アインの叫びも無視するディオーヌの前に、フィオーヌによって墜とされたはずのリビングアーマーがいつの間にか再生し、立ちはだかった。
「!」
振り上げた杖の先端から、鋭い氷の刃が飛び出す。ディオーヌは咄嗟に身を屈めて、地上を滑ると攻撃の下をくぐった。
「行ける!」
ディオーヌが起き上がろうとしたとき、リビングアーマーが杖で殴りかかってきた。
「ナメないでもらいたいわね!」
ディオーヌは打ち下ろされる杖を交差させた両手でさばき、逆にそれを引いて、リビングアーマーを投げ飛ばした。
「やる!」
アインはディオーヌの素手での動きの見事さに感心していた。だが、両側からリビングアーマーが同時に斬り掛かってくる。アインは片側に体当たりをしつつ、剣を振り回して一体の胴を薙ぎ払った。リビングアーマーは一度バラバラにふっ飛んだが、すぐにまた元通りに戻る。
「きりがない!」
そうこうしている間に、アインとディオーヌの距離が開いてしまった。
「もらった!」
ディオーヌはリビングアーマーの妨害をかいくぐり、ついに祭壇に駆け上がった。財宝の山に埋もれた剣の柄に手を伸ばす。
「いかん! それに触れてはならん!」
その瞬間、ずっと沈黙していたロムナイトが叫んだ。だがそのときにはすでに、ディオーヌの手が柄を握ってしまっていた。
「!」
その時、ディオーヌの背後から、リビングアーマーが巨大な火球を放った。
「ディオーヌ!」
フィオーヌが叫んだ瞬間、ディオーヌが振り向きざまに剣を鞘から抜き放ち、そのまま火球を斬り裂いた。
「!?」
一刀両断にした火球が消え去ると、ディオーヌは飛び上がり、空中のリビングアーマーに斬り掛かる。そのディオーヌの一閃は、杖はおろか胴体部さえも簡単に切り裂いた。バラバラになったリビングアーマーはもう二度と元に戻ることはなかった。
「ほぉっ!」
ザムザはそのディオーヌの動きに驚きの目を見開いた。
「……ふん」
着地したディオーヌは、バラバラになったリビングアーマーの頭部を思い切り踏み付けた。
「愚か者め」
ディオーヌの口から発した言葉と、アイン達の頭に響く声が重なった。
「なんだ……?」
ディオーヌがゆっくりと顔を上げた。その顔に浮かべている笑みは、ぞっとするほど冷酷な感情をあらわにしたものだった。フィオーヌさえも見たことのないディオーヌの姿であった。
「ディオーヌ……まさか!?」
フィオーヌの胸に不安がよぎる。ディオーヌの変貌がその思いを確かなものにしていくのだった。
「ふっふっふっ……新たな守護者の誕生だ」
ディオーヌの声はまるで別人のように低かった。その手の中で、剣が怪しく輝いていた。
「……愚かなる侵入者どもよ。仲間の手で死に行くが良い!」
唇から絞り出すような低い声で言い放つと、ディオーヌが祭壇の上から駆け下りてきた。
「何!?」
まだ状況を理解できていなかったアインは、ディオーヌの一撃をすんでの所で受け止めた。
「おいおい、お前。俺たちは休戦中じゃあなかったのかよ……!」
アインはディオーヌが再び自分の命を狙って、攻撃を仕掛けてきたと思い込んだが、間近で見たディオーヌの目に妖しい輝きが秘められているのに気付いた。
「その娘は剣の邪気に捕われている。もはや操り人形も同然だ」
それまで沈黙を決め込んでいたロムナイトが、アインの手の中で警告を発した。それを聞いたフィオーヌは愕然となった。
「そんな……!?」
「ふっふっふっ……あーっはっはっはっ! 死ね、死ね! この地を汚すものは何人たりとも、生きては返さん」
ディオーヌの狂気の混じった高笑いが、ロムナイトの言葉を証明していた。
「くそっ……どうすりゃいいんだ?」
ディオーヌと剣を交えたまま、アインがじりじりと押し込まれる。胸と腕に負った傷がなければ、簡単に押し返すことも出来たであろう。しかも、以前よりもディオーヌの力は信じられぬほど強くなっている。ディオーヌが相手ではロムナイトの技を使うわけにもいかない。
「おい、ザムザ! なんとかしろよ!」
文字通り手塞がりの状態であるアインは、背後にいる老魔術師に助け船を依頼した。しかし、残った全てのリビングアーマーが、フィオーヌとザムザに襲いかかっていた。
「こっちもそれどころではないんじゃ!」
ザムザは二体のリビングアーマーに加えて、向かってきたもう一体のリビングアーマーも黒い霧で捉えていた。ザムザの顔が苦悶に歪み、全身に汗を吹き出させている様子から、限界を超えた魔術を駆使していることは容易に分かる。
「ディオーヌ! しっかりして!」
魔術師タイプのリビングアーマーと、戦士タイプのリビングアーマーを同時に相手をしているフィオーヌは、必死に姉妹に声をかけながら、リビングアーマーの火球を風で防ぎ、剣の一撃一撃を杖で捌いている。
「くそっ! 何か方法はないのか? こいつを元に戻す方法が!」
「ふっふっふっ……」
ディオーヌは口元に冷酷な笑みを浮かべて、更に剣に力を込める。
「くっ……そっ……たれが!」
アインはわざと力を弛め、ディオーヌがバランスを崩したところを見計らって、剣を弾じき返した。財宝の間に甲高い金属音がこだました。わずかな距離をおいてアインとディオーヌは対峙する。
「……」
寸分の狂いも、わずかな迷いもない完璧な構えのディオーヌ。それを前にして、アインは一歩も動けないでいた。
「ちっ……うかつに動けねぇ」
アインの眉間を汗が伝い落ちていく。
「きゃあ!」
フィオーヌの悲鳴が辺りに響く。捌ききれなかった剣の一撃を、腕に受けて倒れこむ姿がアインの視界の端に映った。と同時に、膝を付いて今にも倒れそうなザムザの姿も。
「フィオーヌ! ザムザ!」
アインの気が逸れた瞬間、ディオーヌが剣を上段に振りかぶって突進した。
「きえぇぇっ!!」
その奇声に視線を戻したアインの目に、電光の速さで振り下ろされる剣が飛び込んでくる。
「くっ!?」
アインはわずかに左足を引いて、斜め下から斬り上げる様にして、ディオーヌの一撃を防ぐ。刃と刃がぶつかり合い、火花が散った。再び、二人は剣を合わせたまま、一歩も譲らない体勢になった。
倒れたフィオーヌは、続いて襲いかかる剣を地面を転がりながら避け、立ち上がった。腕の痛みを堪え、すかさず杖を振り上げる。
「……バーンセルクス……シィフスミセニーテ……怒りの雷、雷鳴の咆哮。蒼き輝きの吐息よ!」
杖の先端から迸った青白い電撃が、今まさに襲いかかろうとしていたリビングアーマーの剣に直撃した。雷光はそこから、一瞬にしてリビングアーマーの身体を包み込み、次の瞬間にはアーマーが粉々に砕け散った。そうなっては、さすがに再び立ち上がってくることはなかった。
「うっ……く……」
だが、フィオーヌは喜ぶ間もなく、地に手を付いてしまった。今の魔術はフィオーヌの実力から言えばかなり無理をしなければならないものだった。そのため、彼女の魔力も限界に近付いている。辛うじて彼女達の身を守る風は保たれていたために、空中のリビングアーマーが放つ火球は届かなかった。
アインはディオーヌの一撃を何とか防いだものの、押し返すことが出来ないでいた。
「……何か……何か方法はないのか? ロムナイト」
アインは左手で刀身を支え、剣を真横にしてディオーヌの剣を受けながらロムナイトに問うた。そうしなければディオーヌの想像以上の力に対抗できなかったからだ。
「娘を支配しているのは、あの剣。そして、あの剣を操っているのは……あの祭壇のクリスタルだ」
「クリスタル!?」
アインは横目で、一段高くなった祭壇の中央を見やった。そこには無色透明でほのかに光る、巨大なクリスタルの柱が鎮座している。
「あれは遥か昔の魔法技術によって生み出された、いわば意志を持った防犯装置のようなもの。命なき者に命を吹き込み、生ある者は邪気によって操り番人とする。そうして財宝を守ってきたのだ」
「さっきからうるさいこの頭のなかの声も『奴』か?」
「……そうだ。娘を助けるならば、邪気の源であるあのクリスタルを破壊するしかない」
「そうと……分かれば……うおらぁっ!」
アインが押されている体勢から、気合いを込めた声を吐きながら剣を押し返す。と同時に、ロムナイトの刀身に文字のような模様が浮かび上がり、そこから眩い光を発した。
「ぐわっ!」
まともにその光を浴びたディオーヌは、たまらず両目を押さえて後退する。
「今だ!」
アインは祭壇を駆け昇った。だが、すぐさま追い抜いたディオーヌが、アインとクリスタル柱の間に立ちはだかる。
「くっ!」
『……無駄だ。この娘の目には見えなくとも、私にはお前が見えている』
アインの頭の中に、勝ち誇ったような声が響いた。
「ちいっ!」
アインが歯噛みをした時、後から声が上がった。
「……大地に眠りし木々の命よ。今こそその命、我が導きのままに目覚めよ」
全身に汗を流しながらも、杖を頼りに立ち上がったザムザが詠唱を紡ぐ。すると、両側の壁から木々の根が生え出し、あたかも意志を持っているかのように伸びてきた。根はそのまま、ディオーヌに巻き付き、その身体を空中高く持ち上げてしまった。
「儂に出来るのは……ここまでじゃぞい……」
ザムザは途切れ途切れに呟くと、その場に倒れてしまった。戒めを解かれたリビングアーマーがアインに背後から近付く。
「恩にきるぜ、爺さん!」
アインが輝きを放つ剣を振り上げ、渾身の力を込めてクリスタル柱に振り下ろした。辺りに凄まじい金属音がこだました、その瞬間、アインは身体ごと弾き飛ばされていた。
「がっ……!?」
渾身の力を込めた一撃でも、クリスタル柱の表面にかすかにひびが走っただけだった。
『ふっはっはっはっ! その程度では私は砕けぬわ!』
高らかに笑う声がアインの頭に騒々しく響く。
「くっ……そぉ!」
アインは弾き飛ばされたときに、背中を強く打ち付けてしまったために、呼吸もままならない状態であった。その時、再び流れるような美しい声が辺りに響いた。
「……レグレメイアス……アルーフ……」
「!」
振り返ったアインの目に必死に立ち上がりながら、詠唱するフィオーヌの姿が飛び込んできた。
「……我が召喚に答え、その姿を現せ。炎の精霊たちよ……」
フィオーヌの頭上に炎で形成された、巨大な槍が出現する。
「うう……うわぁっ!」
その時、束縛されていたディオーヌが、木々の根を力任せに引き千切り、下に降り立った。
『やらせはせん!』
ディオーヌは背後のクリスタルを守る様にして立ちはだかる。フィオーヌの詠唱が途切れる。
「くっ……」
フィオーヌは歯を食いしばって、クリスタルを睨む。後は頭上に掲げた両手を振り下ろせば、炎の槍は放たれるのだ。だが、その先にはディオーヌが両手を広げて立っていた。
『……どうした? やってみるがいい。仲間ごと貫くことが出来るならな!』
ディオーヌが唇を歪めて笑った。
「……血族の過ちは、血族によって正す。それが、私達一族の掟。私の手で姉妹を討つことができるならば、それは本望というもの!」
アインは上体を起こしてフィオーヌを振り返った。その時には精霊魔術師の顔に微塵の迷いも感じられなかった。
「ま、まさか!?」
「構えろ、アイン。その時を逃すな!」
ロムナイトが鋭く命じた。
「!」
アインが剣を頼りに立ち上がった瞬間、フィオーヌの詠唱の最後を告げる声が辺りに響きわたった。
「……邪悪なるもの、貫け!」
フィオーヌが両手を振り下ろす。巨大な炎の槍が一直線にクリスタル柱、いやディオーヌに向かって放たれた。
『なんだと!?』
クリスタルの驚愕の声がした。だが、アインはジャベリンの突き進むスピードが、以前のそれよりもはるかに遅いことに気付いていた。アインは全てを理解し、すぐさま剣を構え、詠唱を開始する。
「!!……ハイグザムノース……サイムスレイフォン……」
剣先を下に向け、大地に突き刺す。
「……大地の眠りし力を解き放て! インスレイド・グロウ!!」
アインを中心に大地がひび割れ、そこから閃光が吹き出した。大地の亀裂は、光を吹き出しながら、祭壇に向かって走る。炎の槍に気を取られていたディオーヌはその亀裂に気付くのが遅れた。
『な!?』
亀裂は祭壇の階段を駆け上り、ディオーヌの足元をかすめた。その瞬間、一際巨大な光がそこから吹き出した。ディオーヌを直撃はしなかったものの、その衝撃によって、ディオーヌの身体が弾き飛ばされた。クリスタル柱が無防備な姿をさらけ出した瞬間だった。
「今だ!」
「疾風よ!!」
フィオーヌの突き出した両手から、猛烈な突風が吹きだす。闇の霧に縛られていたリビングアーマーをも巻き込んだそれは、後からファイア・ジャベリンに激突する。するとファイア・ジャベリンが一気に加速した。風と炎の巨大な固まりとなったそれは正面からクリスタル柱に命中し爆発した。
地下迷宮おも揺るがす、その凄まじい爆発はクリスタル柱の全てを巻き込み、爆風と熱がディオーヌとアインの上に降り注いだ。
『グワアァァッ!!』
全員の頭の中に、断末魔の絶叫がこだまする。
「ちっ……」
土煙と炎が消え去ったとき、立っていたのはアインだけだった。
「やりすぎだろ……ったく……」
クリスタルは粉々に砕け、崩れ落ちた天井に埋まっていた。その下にあった財宝と共に……。




