第一話:剣と魔法と迷宮と (3)
「先を急ぎましょ。こんな所、一刻も早く出たいわ」
ディオーヌは先に立ってさっさと歩き始めた。フィオーヌはアインに近付くと、肩を貸してアインを立ち上がらせた。
「わ、悪いな……」
アインはフィオーヌの行動に戸惑いを隠せなかった。
「勘違いしないで。ディオーヌにやらせたら、あなたと喧嘩になってしまうだけだから、私がしているだけよ」
フィオーヌは素っ気なく答えた。
「正解だな」
ロムナイトがすかさず続けては、アインはただ黙るしかない。
「ちっ……どいつもこいつも……」
三人はしばらくの間、ディオーヌを先頭に曲がりくねった地下道を進んだ。
「あいつを先に行かせるのはヤバいんじゃないのか?」
アインは先に立って歩くディオーヌを指差して、その姉妹に言った。
「どうして?」
「あいつは手ぶらだぜ? あのショートソードもムカデと一緒に、俺が消しちまったしな」
「言って聞くような相手ならね……」
フィオーヌは乗り気のない声で答えた。
「たとえ死んだって、彼女はあなたの後には付かないと思うわ」
「ご立派なことで……」
そんな会話を二人が交わしていると、不意に先頭のディオーヌの足が止まった。
「どうした?」
追い付いたアインが尋ねた。
「道がないわ」
振り向きもせずにディオーヌが答えた。ディオーヌの足元から先は、大きな地割れが横たわっていた。反対側まではかなりの距離があり、飛び越えることなど不可能に思えた。
「地割れに沿って進むしかないだろう」
「こっちね」
ディオーヌはロムナイトの言葉に従って、向きを右に変えた。
「……あなたたちはいつから一緒にいるの?」
突然アインにフィオーヌが聞いた。地割れの際の足元のおぼつかない岩々を、一歩一歩確かめながら進んでいたときだった。
「俺とこいつのことか?」
「ええ」
「腐れ縁だからな。覚えがない」
「私がいなければ、お前はとうの昔に死んでいただろう」
「よく言うな。俺がいなかったら今でもお前はあの地下都市で錆付いていたんだぜ?」
「私の力を存分に引き出せないばかりか、私の力に頼りきっているお前に言われたくはないな」
「俺が持ち歩かなければ、お前は自分で動くことすら出来ないじゃ……」
「うるさい!! あんた達の喧嘩なんかこっちは聞きたくないのよ!」
ディオーヌがヒステリックな声で振り返ると、叫んだ。
アインはそれを受けて、バツの悪い顔で頭を掻いた。と、その時、そのディオーヌの背後の岩の陰から巨大な影が現われるのを見た。
「ディオーヌ! 後よ!」
真っ先にフィオーヌが叫ぶ。
「!?」
その声に振り向いたディオーヌが見たものは、人の形をした岩……岩石で造られたゴーレムの姿であった。身の丈は、ディオーヌの倍はあった。大きな右手を上げてまさにディオーヌを掴もうとしている。
「オォオォオォ……」
声のような、唸り声のような、不思議な声でゴーレムが吠えた。咄嗟にディオーヌは何も出来ず、ただ立ちつくしているだけだった。
「バカ!」
アインがディオーヌの腕を引いて、自分の方へ引き寄せた。
「レグレメイアス……アルーフ……」
フィオーヌも呪文の詠唱を開始した。アインとディオーヌが狭い足場に倒れこんだ。
「……ファイア・ジャベリン!」
フィオーヌの放った炎の槍は、倒れている二人の上を通過して、ゴーレムの胸に直撃した。爆発音と閃光、そして炎が二人の上に降り注いだ。
「やったか!?」
顔を上げたアインは、驚きの表情のまま、動かないフィオーヌを見上げた。
「そ……そんな……」
炎の中から現われたゴーレムの胸には焦げ跡ぐらいしか残っていない。フィオーヌの魔法が、全く効いていない様子だった。三人の前で、ゴーレムは重々しく、地響きをたてて、前へ一歩踏み出した。
「ちっ!」
アインはディオーヌを抱えたまま立ち上がり、一旦フィオーヌの傍まで走って戻った。
「オォオォオォ……」
ゴーレムの動きは遅く、追い付かれることはない。しかし、足場のほとんどをその巨体が占めてしまっているため、先に進むことは出来ない。しかも、フィオーヌの攻撃精霊魔法が効かない。
「なんて防御力だ……宿屋の部屋一つ吹き飛ばした呪文が全く効かねぇなんて」
三人はゆっくりと近付いてくるゴーレムから逃れるように、じりじりと後退るしかない。
「こいつは戻るしかなさそうだ」
「同感ね」
アインの言葉に三人が元の道を引き返そうとしたとき、ゴーレムが脇の崖の一部をもぎ取った。
「やばいっ! 伏せろ!」
ゴーレムがその岩の固まりを、こちらに向かって今にも投げ付けようとしているのを、アインが肩越しに見た。三人が折り重なる様にして倒れこむ。
ゴォウッ!
直後、その上を巨大な岩の固まりが、物凄い勢いで通り過ぎる。岩は三人の上を通過し、まるで狙ったかの如く、彼らの逃げ道を塞ぐ様にして足場にめり込んだ。
「……っの野郎! 一丁前に頭は働きやがるぜ!」
唯一の退路を塞がれて、アインは唸った。
「どうするの?」
フィオーヌが一応、杖を構えながら立ち上がる。遅れてアイン達も立ち上がった。
「……さっきのヤツは出来ないの?」
まだ自分を抱えこんでいるアインの腕を振りほどきながらディオーヌはアインに向かって言った。あの大ムカデを一瞬にして消し去った技のことだ。
「……」
アインは困ったような表情で即答しない。
「無理だな。こいつの今の体力と身体状況では、今度あれを使えば命が危うい」
代わりにロムナイトが慎重な口調で言った。
「!」
また一歩、重々しい足音を地下迷宮に響かせて、ゴーレムが彼らに近付く。
「だがよ……やるしかねぇんじゃねぇか?」
アインの口元は笑っていた。だが顔の表情は強ばっている。無理をしている証拠だ。アインが水平に剣を構える。それが〈グラニストラード〉の初期動作であることは、二人ももう知っている。
「俺の命を狙っているあんた達には好都合じゃねぇか? 俺が死んでここから脱出することが出来れば?」
「!」
「オォオォオォ……」
アインの言葉にゴーレムの唸り声が重なった。
次の瞬間、アインの頬を平手打ちが襲った。乾いたその打撃音は、暗闇に木霊する。
「なっ!?」
「バカにしないでよ!」
ディオーヌは渾身の力で、アインを張り倒していた。フィオーヌはただ、驚きに目を見開いて、姉妹を見ていた。
「お前を殺すのは私達よ。こんな所で、一人で格好よく、勝手に死なせてたまるもんですか!」
ディオーヌは興奮のためか、顔が赤面していた。
「でもどうするの? この状況をどう切り抜けるの?」
フィオーヌは目前にまで迫ったゴーレムの巨体を見上げた。
「……」
その問い掛けには誰も答えられなかった。
「ホッホッホッ……」
唐突に笑い声が起こった。その場にそぐわない嬉しげな笑い声だった。
三人の目が、左側の地割れの方向に向いた。大きく開いた地割れの上、空中に透明な球体が浮かんでいた。
「こんな所で痴話喧嘩が見られるとは思わんかったわい」
球体の中には、薄汚れたローブを着た小柄な老人が入っていた。その老人は長い顎髭を伸ばしながらなおも続けた。
「仲がいいことは良いことじゃて。ホッホッホッ……」
のんびりした口調で、高らかに笑った。
「おい、爺さん!」
珍妙な傍観者に向かって、アインがたまらず怒鳴った。
「この状況が見えねぇのかよ!」
もはや、アイン達は後を岩に阻まれ、一歩も下がれない。ゴーレムがその太い両腕を伸ばし始める。それに掴まれたら一巻の終わりだ。
「ホッ? ふむ……もしかして、助けが必要かの?」
老人のとぼけた口調に、ディオーヌが怒りの形相で反論した。
「もしかしてじゃなくて、今すぐ助けが必要なのよ!」
「ほぅ、そうか……それでは……」
老人は手に持っていた、自分の身長の倍はあろうかという杖を頭上に掲げた。しかし、それを軽々と振り、頭上に奇妙な印を描く。
「早く!」
ゴーレムの手が三人の目の前に迫った。
「……いにしえの呪縛によりて生命を吹き込まれしモノよ……あるべき姿は其にあらず、汝のあるべき場所へ汝を還さん……」
老人の杖の先端に、霧のようなものが現れ、渦を巻いた。そして、老人が詠唱を終えると、その霧は流れる帯のようになって、今まさにアイン達を握り潰そうとしている、ゴーレムの身体にまとわりついた。すると、ゴーレムの動きがぎこちなく、遅くなり、やがてぴたりと動かなくなってしまった。
「!?」
アイン達は目の前の出来事を、ただ茫然と見つめるだけだった。
「ふむ……」
老人の入った球体がゆっくりと近付き、ゴーレムの傍まで来た。
「ほいっ!」
老人は杖で、ゴーレムの右肩の辺りを軽く叩いた。すると、そこからひびがはいり、やがてゴーレムの身体は細かい砂になって崩れ始め、数秒でただの砂の山になってしまった。
「ほぅれ、簡単じゃろ?」
老人は狭い足場の上に降り立ち、杖で肩を叩き、顎髭を伸ばしながら笑って言った。
「やれやれ……助かったぜ」
アインは大きくため息をつくと、その場に座り込んだ。双子の姉妹は顔を見合わせ、かすかに笑い合うと、全身の緊張を解いた。
「……ところで、お前さん達、痴話喧嘩の方はもうよいのか?」
老人が杖でアインとディオーヌを指し示す。
「あ?」
「な!?」
アインはわけが分からないという顔だったが、ディオーヌは一瞬にして赤面した。
「バカ言ってんじゃないわよ!」
次の瞬間、ディオーヌの蹴りは目にも止まらぬ早さで老人の顎を蹴りあげていた。
「あ……ぐわぁ……」
老人の目がぐるりと白目をむいて、ゆっくりと仰向けに倒れていった。
「あーあ、やっちまったよ。お前の姉妹は加減ってものを知らないな」
アインは苦笑しながら、フィオーヌを見上げた。
「それについては、私もほとほと手を焼いているのよ」
フィオーヌも肩をすくめて笑った。
「……出口? 何、言っとるんじゃ。自慢じゃないが儂は、もう一ヵ月もこの地下迷宮を彷徨っておる。そんなもん知っとたら、とっくに出ておるわい」
ようやく気絶から回復した老人に、アイン達は出口の方向を聞いてみた。ディオーヌに蹴られた顎をさすりながら、答えたその回答がこれである。
「は……ははっ……確かに自慢じゃねぇな」
アインは屈みこんだまま、呆れ顔で乾いた笑い声で笑うと顔を引きつらせた。
「……役立たず」
ディオーヌが蔑んだ声で言うと、フィオーヌが肘で突いて戒めた。
「ところで、爺さん。名前はなんて言うんだ?」
「ん? 儂か? そうじゃの、どれにするかな……」
「はぁ?」
「アジス……レンコウ……ロミオ……ジュリアス……レオナルド……」
老人は思いつくかぎりの名前をあげているようだった。
「おい、爺さん……」
「ふむ……そうじゃな……ザムザにするか。儂の名はザムザじゃ」
「「「はぁぁ……」」」
アイン達、三人のため息がきれいに重なった。
「胡散くせぇ……」
「これじゃあ、アテにならないわね。こんな方向オンチの爺さんなんか」
ディオーヌは冷たく突き放す言い方をする。
「ほほぅ? 危ういところを助けてやったというのに、こんな地の底に哀れな年寄り一人、置いていくというのか? なんと酷いのぉ……」
ザムザはわざとらしい涙声に、ローブの袖で顔を覆った。
「ぐっ……」
ディオーヌは悔しいが反論できなかった。
「魔法の知識も豊かな様だし、これから先、有利じゃないかしら」
フィオーヌは姉妹に提案した。
「フィオーヌ。あなたこの爺さんを連れていく気?」
ディオーヌの声は呆れ返っていた。フィオーヌは構わず、アインに視線を向けた。
「あなたはどう思うの?」
「この爺さんには借りが出来た。まぁ、ここから出られるまでは、連れて行ってもいいんじゃないか?」
アインが立ち上がりながら言った。どちらかと言えば、彼も呆れ返っている方だったのだが。
「二対一じゃな。これで決まりじゃ」
すかさずザムザは言うと、やれやれと腰を上げた。
「勝手に決めないでよ!」
ディオーヌが目を剥くが、フィオーヌは後からそれを止める。
「いいから、いいから」
「さてと、前に進むしかないな」
アインはゴーレムが投げつけた大岩を恨めしげに見つめて呟く。
「おっと、地上へ出る前に少々、儂に付き合わんか?」
ザムザの顔が、ニヤニヤと笑っている。
「なんだよ、爺さん」
「この先をさらに下ったところに、お宝の山があるんじゃよ」
「本当か? 爺さん!?」
『宝』と聞いて、アインの目の色が変わった。
「ああ、勿論! 金貨や宝石がザックザク。魔法のアイテムや武具もあるぞ」
「よぉし。地上に戻る前に土産を仕入れるか!」
「……単純な男ね」
ディオーヌが冷たい、軽蔑しきった口調で横槍を入れた。
「そんな話、本当に信じているの? どうせホラに決まっているわ」
「嘘ではないぞ」
「じゃあ、何であんたはそこで手に入れたアイテムを持っていないの? まさか見るだけで引き返してきたとでも言うの?」
「わ、儂一人では手に負えんやつが、番をしていてな。散々痛い目を見て引き返してきたんじゃよ」
ザムザは頭を掻いて、苦笑いしていた。
「いいぜ、いいぜ。俺達と組めば、どんな野郎が相手でも楽勝だぜ。お宝を頂いて、豪遊三昧と行くか!」
アインはすっかり、宝に目が眩んでいる。
「おおぅ。若いもんはそうでなくてはならん!」
二人はすっかり意気投合している。
「どうすんのよ、フィオーヌ。あなたが連れていくなんて言うから……」
ディオーヌはフィオーヌに責任転換し始めた。
「いいじゃない。それに見合うものが手に入れられるなら、ここまで落ちてきた甲斐があるじゃない?」
「そういう問題?」
「それに、無くしてしまったあなたの剣の代わりになるものが、あるかもしれないわよ」
結局、フィオーヌのその一言にディオーヌが折れる形で決着し、嬉々とした足取りのアインを先頭に、この即席の『なりゆき』パーティーはさらに深い階層に向かって、歩き始めた。……この時はまだ、ザムザと名乗るこの老人に出会ってから、アインの剣、ロムナイトが一言も喋っていないことに、彼らはまだ気付いていなかった……。




