19 怪しい人 パート2
「まぁ、お前に勘づかれる連中なんて大したことはないしな。それにもう任務は終わったから帰るとするか」
「……えっ!?」
もう!?と突然の言葉についすっとんきょうな声を出してしまった。もしかしてこっちこそ聞き間違えなのかと思ったのだが、アイザックは当たり前だろ、とでも言いたげだ。
……その私を馬鹿にしてるだろう顔が見えないから、なおさら腹が立つけれど。
「だいたいの予想はついていたからな。このパーティー関係のやつらから簡単に証言はとれたし、おまけに極秘の文書まで見つかる始末だぜ」
手品のようにぱっと見せられたのはいかにも怪しい文書。中身まではよく分からないけれど、きっとこれは今回の事件に関わる重要な証拠なのだろう。
と考えている間に、それは彼の手からなくなる。そしてアイザックは私が驚きに口が半開きになるのをにやりと満足げに笑ってる。……気がする。
(なんか貴族相手だと分かってても一発パンチしたくなるわーこの人……)
でも、この仕事の早さには文句の一つもつけられない。デキのいい宰相様には楽すぎる仕事だったらしい。
「はぁ……それじゃあもうこんな辛気臭いとこ、さっさとおさらばしましょうよ」
と、少し拗ねたのを隠すのもバカらしくなって口を尖らせる。
だって、こんなバレるかドキドキな男装をしなくても良かったかもなんて考えるとちょっと損した気分になってしまうし。……それにあまりルイスの役に立てた気がしないのも大きい。
むぅ、と小さく頬を膨らませていると隣のアイザックに肩をぐいっと捕まれる。
「え?」
「……執事さん、お客様がお呼びですよ」
何事だ、と彼の視線を追うと、確かにこちらに向けて手をゆらゆらと降っている人がいた。ピンクと金色の髪が目に痛いほど派手な人で一目でわかった。
「これくらいの仕事はしてくれよな、執事さん?」
「……分かってますよぉ」
少し嫌みというか煽りが入ったその言葉に彼をきっと睨み付けて私は手をふるお客様の方へと駆け寄る。
「いやーすみませんねーお取り込み中にー」
「いえ、気がつかなくて申し訳ございませんでした」
私は声を幾分か低くして、謝罪するといえいえー、と人懐こそうに笑う。歳は私と同じかそれより下辺りだろうか、遠くからでも目立つその髪と見た目とは反して意外と優しい人みたいだ。マイペースな独特な話し方をする彼の大きめなふわりと優しげな瞳は偽優男とは大違いだ。
(……でも、特殊な雰囲気を持ってる人だなぁ)
「あのですねぇ、ほら、ここ見てもらえれば一目瞭然だとは思うんですけど……料理を全て平らげてしまってですねぇ……。使用人の皆さんからは目をつけられてしまいまして……」
少し恥ずかしげにそう告げる彼の言葉にテーブルを見ると、お皿に既に綺麗に平らげられていた。そこには確か5人分くらいの料理が並べられていたはずだが、彼の言い分をそのまま受けとるならばこの量を1人で食べたらしい。
「ふふっ、それはすごいですね。きっと、料理を作ったシェフも大喜びですよ」
使用人にとって仕事を増やされるのは嬉しくないだろうけれど、パーティーでの料理はだいたい残されて捨てられる運命にあると言っても過言ではないから、きっと作った人は嬉しいだろう。
細身な彼の体からは想像がつかないが、頭を恥ずかしげにかく彼はお茶目な様子でくすりと笑ってしまう。
「それじゃあ、お皿は下げさせていただきますね。……お代わりは大丈夫ですか?」
「あぁーすみませんー。……そのー、少しだけお代わりいただけますかねぇ……?」
念のため聞いただけだったのにまさかの返答にまた笑ってしまう。彼も小声で申し訳なさげに言うものだからつい。
「ふふふ、分かりました。少しお待ちくださいね」
私は皿を積み上げておぼんに載せる。やっぱり5人分のお皿は多いし、重い。確かにこの量を行ったり来たりするのは配膳する使用人たちが嫌がるのも分かる。
「あーそんなにいっぱい持つなんて大変ですよー。ほら、他の執事さん呼びますからー」
「あ、いえお気にせず。これが仕事なので」
「ダメですよー。ムキムキな男性ならまだしもー、そんな細身の女性では重い物を持つの大変でしょうー?」
「ぷっ、ムキムキって…………!」
(………………あれ?)
独特な彼の言葉のチョイスにぷっと吹き出すと同時に何かひっかかる。何か聞き逃しちゃいけないことを、聞いたような。
(!そうだ、違和感……女だってバレてる……?)
「……ん?どうしたんですかー?」
彼は変わらず、ふわふわとした独特な物腰で椅子に揺れながら座っている。私の視線に気づいた彼は何も悪気もなさそうに笑う。
「や、その……。僕は男ですよ」
どうにか思い付いた言葉を告げると、彼はきょとんとした顔でこちらを見返してくる。
「……いやそれは無理ありますよー。ほら、男性より細い腰、首、隠してはありますけど、全体的に曲線で女性的。一目見て分かりますよー?……あなたが女性だってこと」
何か見透かされるような大きめな綺麗な瞳でこちらを見つめる彼にどこか危機感を覚える。私はちらりとアイザックがいた方に視線をむけるも、彼はそこにはいないようだ。
(ど、どうにかここは1人で切り抜けなきゃ……)
「そ、そんなことはないですよ。少し中性的だとは言われますけど……」
「そうですかー?あなたがそこまで言うのなら、そうですね、と頷くべきなんでしょうけどー」
まっすぐにこちらを見る彼の視線にうっと圧倒される。何か既視感のある状況に言い返す言葉もない。
「……ふふ、すみませんー。なぜかあなたを見ていると、どこからか好奇心が湧いてきてしまいましてー。色々と突っ込んで申し訳ないですー」
けらけら、と楽しそうに笑う彼は椅子にかけてあった上着をとると立ち上がった。それ以上掘り下げることもしない彼は私と目が合うとにへらと微笑んだ。
(この様子じゃ……もしかしてからかっただけ?)
まったく、今日は気疲れする日だな……と私は安堵のため息をはくと、頭上に影がさした。
おもわず上を向くと、どこか大人びた表情をした彼が片手をテーブルにつけて顔を近付けて、
「……え」
ふわりと大人のような甘い香りが漂うと同時に額に何か柔らかなものが触れる。そしてさらりと派手な髪が私の視界を横切ると、楽しげに、でもどこか危険な雰囲気をした彼が別人のように微笑む。
「……それでは、お嬢さん」
軽く私の頬を撫でて、あっという間に会場を去っていく彼の後ろ姿に思わず私はそこに座り込んだ。




