第8話 使命
——IS-3401:保安省——
ヴェリタスの直談判から2日が経った。昨日は彼女の休息日のようで保安省に来なかった。そして今日も、休息日なのかそれとも用事なのかは分からないが保安省に来ていなかった。
お昼過ぎになっても連絡の1つもなかった。今日の仕事はほとんど残っておらず、僕とオアシスは第一特殊部隊の部屋で待機している状態だった。暇になった僕はオアシスに尋ねる。
「オアシスさん。ヴェリタスさんってどういう人ですか?」
オアシスも暇をしていたため、僕の話に乗っかった。
「私に聞くの?新人君ももう分かってきてるんじゃない?」
「……まだ私にはよく分かりません。オアシスさんはかなり前からヴェリタスさんと共に活動していたようなので、お聞きしたくて」
「確かに会ってからもう4年ぐらいになるけど……。う~ん。私が最初に会ったときは、心がないというか、どんな人に対しても隔てなく冷たいというか。永約のことしか頭にないっていうか。そんな印象だったね」
「……確かにそうですね」
「でも違うでしょ。彼女は人のことを見ているし分かってもいる。彼女にも心はあるし褒めることだってある。誰よりも永約の理念を尊重していると思うの。でも、ヴェリタスには自身の軸があって、自分の考えを持っている。だから彼女はただの駒でしかない官僚の中でも輝いて見えるのよ。私もそういうところに憧れたしね」
「憧れる?」
「憧れるというのはあれだけど、彼女は人を惹きつける魅力があるのよ。彼女には才能がある。だから人は自然と彼女に集まるし、彼女はそれを駆使してさらに羽ばたこうとするの」
僕も彼女の高潔さを尊敬していた。ここ1か月でだけでも、僕はそれを十分に分かってきたはずだ。
「……でも、私たちは永遠に彼女を理解することはできない」
「え?どういうことですか?」
「彼女はあまりにも高すぎるの。だからその真意を分かってあげることも、共感することもできないのよ」
僕は言葉に詰まる。
「それに、彼女も自ら自身の考えを人に広めようとしない。自分の中に押しとどめて、自分だけで解決しようとするのよ。それがどんなに難しいことでも、私たちが理解できないほどのものでもね」
「……一昨日もそうだったっていうことですか?」
「一昨日、私は彼女を止めなかったでしょ?省長もそっけない態度をとっていたんでしょ?」
「分かっていたなら、彼女の暴走を止めてあげればよかったのでは?」
「止めても無駄よ。彼女はそれが使命だと感じれば動く人なの。省長もそれがわかっているからわざと冷たく当たったんだと思うよ。彼女の諦めがつくようにね」
そうだったのか。オアシスの受け流しも、省長のいつものようにあしらう行動も。
「それが彼女のいいところでもあるんだけどね。でも、私たちは彼女のことを受け止めることができないし、彼女の本当の心なんてわからないのよ。たとえコネクトシステムでも、彼女は再現不可能でしょうね」
彼女は薄く笑った。僕は何も言えなかった。
「だから、彼女から目を離してはいけないのよ。彼女は秀才で期待されている。私たちが彼女の本音を知りえなくとも、彼女を守る必要があるのよ。それが永約にとって必要だから」
彼女は僕の手を持った。
「いい?これは私たちの、ヴェリタスの部下としての務めよ。彼女を支えなければ、彼女は崩壊してしまうから……」
オアシスの目は本気だった。僕は彼女の手を強く握り返した。
すると、その本人たるヴェリタスが部屋に入ってきた。足元がふらついており目はいつも以上に瞬きを起こしている。彼女は勢いよく持っていたタブレットを机に乗せて言った。彼女にしては掠れた声だった。
「やっと……やっと完成した」
あまりにも異様な姿に僕たちは驚く。絶対にまともな状態じゃない。
「ど、どうしたんですか?」
「永約を救うための作戦さ」
聞きたいのはそっちじゃないと思っている中、彼女は机上のパネルに情報を表示させる。大量のドキュメントが雪崩のように展開されていく。
「これは一体なんですか?」
「天命の日を想定した、非常事態における緊急作戦の計画だ」
何百ページにも及ぶ資料に度肝を抜かれたが、それよりも気にかけなければならないことがある。
「大丈夫ですか?かなりフラフラしていましたが……」
「問題ない。これぐらいのこと、いつものことだ」
明らかに彼女の声は切れかかっている。
「これぐらいって……」
「まさかこの資料をずっと練っていたの?」
「一昨日からずっと考えていた。やはりこの事態は私たちで留めておくべきものではない。私には救わなければならない人々がいる」
「そのためにこんな膨大なものを?たった二日間で?……まさか寝ず食わずずっと?」
彼女はこくりとうなずく。
「二日間……ずっと?」
「だめじゃない!そういうのはよくないって前も言ったよね!」
「オアシス。こうでもしなければ間に合わないんだ」
「はあ……。とにかく今は休みなさい。隣の部屋に仮眠用のベッドがあるはずだから、そこで休憩しなさい」
「しかし……」
「とにかく!」
オアシスがヴェリタスの言葉を遮った。ヴェリタスは青い目を見開いてオアシスを見つめる。
「……わかった。ありがとう」
「新人君。ヴェリタスを部屋に連れて行きなさい。歩くのも限界のはずよ」
「問題ない。私一人で十分だ」
ヴェリタスは僕の手を振り払って、タブレットを抱えて部屋を出た。僕たちは心配したが、彼女の行方を見届けなかった。
その後、残されたドキュメントを閲覧する。ざっと読んでも30分ほどはかかってしまう大計画は実に圧巻だった。被害想定から各省庁の動き、それぞれの実働部隊の詳細な動きや遊び人の誘導まで。地下と地上、想定されるあらゆる災害と被害に応じて何百パターンにも枝分かれした計画書だ。これを本当に短期間で作り上げたのかと思うと開いた口が塞がらなかった。まさしく彼女が天才であることを証明するものだった。
「すごく綿密な内容……素敵ね」
「そうですね。なんと恐ろしい人か」
「彼女の部下になれて幸運だね、新人君」
「しかし、この内容は公安庁特別部隊長だけで動かせる権限を遥かに超えています。これを立案してどうする気だったのでしょうか?」
「まあ、寝て頭をさっぱりさせたらわかるんじゃないかな。あとで聞いてみようよ」
彼女がこれをただ思案するだけに留めるつもりはないだろう。もし彼女ならこれを実現させるために動くはずだ。それも早急に。僕に嫌な予感がよぎる。僕は気づいたらタブレットで地図を見ていた。第一特殊部隊の位置情報は勤務中常にリアルタイムで部隊内に共有されていることを思い出した。……隣の部屋に彼女はいなかった。
「オアシス!ヴェリタスさんが保安省にいません!」
突然の叫びにオアシスはびくりとはねたあと、オアシスは僕のタブレットをのぞき込んだ。
「ヴェリタスはどこに?」
「車に乗っているようです……一体どこに?」
「この方向は……!もしかして、行政府に行くんじゃ!」
彼女の使命感は頂点に達し、保安省内で片付けられない領域にまで至ってしまった。
「まずい。急いで連れ戻さないと!」
僕はヴェリタスに電話をかける。しかし、意図的かは分からないが切られていた。仕方がないため、彼女を追いかけることにした。オアシスもこれほどの行動は初めて見たのか、かなり動揺していた。
「私は省長にこのことを報告するから、新人君は先に追いかけて!」
「分かりました!任せてください」
僕とオアシスは部屋から飛び出した。彼女を救い出すために。
——IS-3401:行政府——
僕は停まっていた車に乗り込んでヴェリタスを追いかける。彼女は車を行政府近くで降りて、歩いて向かっているようだった。車は渋滞もなくスムーズに動いているにも関わらず、いつもよりずっと遅く感じた。車内のラジオは僕の精神を逆なでしてきて、イラついた僕は勢いよく音を消した。
もし彼女が保安省外で失態を起こせば彼女の身に何が起きるか想像もつかない。彼女のしていることは言うなれば越権行為に抵触し、特に権限に厳しい行政府でそのような過ちに行えば、どのような罰が下るだろうか。例え彼女が永約に忠実であっても、それが永約にとって最適だったとしても、規範から逸脱する不穏分子としてブラックリストに載る可能性がある。処分を受けることになれば、永約にとっても、僕たちにとっても悪影響でしかないだろう。
やがて、多くの省庁や官僚用の食堂・配給所が並ぶ場所から離れて、奥の巨大な行政府の建物が見えてきた。この都市圏において政治的に最重要の場所であり、評議会を含む重要機関がそろっている。降りる直前、僕は彼女の位置を確認する。彼女は、評議会の……副議長室に向かっている。いきなり副議長に直談判する気なのか。
行政府の中央入り口前の公園で僕は車から降りて走り出す。地上と変わらない植生があるこの場所は、機械的な地下と組み合わさって一風変わった景色をもつ。教育生が遊んでいたり、休みの官僚が趣味で絵を描いていたり、音楽を熱唱していたりする人もいる。僕は目もくれずに走り続け、入り口についた。息を切らしながら受付に要件を伝える。もし通過できなければどうしようか。
「すみません。ヴェリタ……IS-1247の付き添いに参ったIS-3401です。通してください」
僕は内部チップを提示し、ジャケットの保安省公安局所属を示すバッチを見せた。受付のプロキシは何かを察したように右を指した。
「あちらの方向です。副議長の部屋に行かれたと伝言が」
「……私にか?」
「IS-1247様から受け取ったIS-3401様への伝言です」
「そうか、ありがとう」
彼女も僕がこっちに来ているのに気づいていたのだろう。僕は呼吸を整えて、落ち着いた表情で目的の部屋へと向かった。青い制服を着た行政府所属の官僚たちが僕を好奇な目で見ているようだった。最初は公安庁の人間が単身で来ているからかと思っていたが、窓で自分の姿を見ると髪が乱れてジャケットに埃が付着していた。僕は髪を整えて埃を払う。窓に映った僕はまだ感情の揺らぎが抑えきれていないようだった。何度も深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻し、ついに目的の部屋に到着した。中からは何も聞こえない。位置情報はここに彼女がいること間違いないと示している。僕は勇気をだしてノックをすると、中から副議長の声が聞こえた。入室の許可をもらった僕はドアノブをひねった。
白を基調とした部屋で、大量の書籍が棚に並べられている。中央の机を挟んでヴェリタスとチリタスが椅子に座って対峙していた。扉から奥側に座っていたチリタスは僕に指図する。
「君だね。そこに座りなさい」
僕はドアを閉じてすぐ近くにあった空いている椅子に座った。彼女の表情は見えなかったが、振舞いからしていつも通りだ。
「話を再開する。これまでの主張をまとめてくれ」
「はい。この度の『天命の日』騒動は、本当に起きる可能性が極めて高いと結論付けました。そして、バタフライシステムが機能しないため、私が独自で緊急対策の作戦を立案いたしました。どうかお受け取りいただき、実行のほどお願いいたします」
「なるほどな。君の主張はよくわかった。君の立てたこれも、いくらかは使えるかもしれない。だが、ヴェリタス。これは私が君に与えた仕事ではないはずだ」
ヴェリタスの言葉が止まる。副議長は見逃さないと、前のめりになって彼女を追い詰める。
「君の部隊は、不穏分子を片付けるためにある。こんな仕事をするためにあるところではない!君が不穏分子になってどうする?」
副議長は声を荒げて言った。その恐ろしさに僕は身震いした。
「君の行為はグレーゾーンだが、行政府はあまり感心しないだろう。なぜこのような行為をしたんだ?」
「……私は、永約を守りたいのです。人類を守りたいのです。それゆえの行動です。人類と永約の発展のために、無駄な犠牲を出さないためにです」
副議長は姿勢を正した。
「続けなさい」
「はい。私は『天命の日』の調査を承り、永約のために力を尽くしました。その結果、これが起こりうる災害であり私たちは対策しなければならないとの結論に至りました」
「天命の日の調査?私がそんなこと言ったのか?」
「はい。この件を"私に一任"してくださりました」
「……そうだったか。そうだったな」
「この『天命の日』自体が防げないものであるならば、私はそれを最小限の被害に抑えたいのです。それが人類にとって望ましいものになるからです」
「……それから?」
「保安省、そして官僚は永約の安全を保障し、人類を繁栄させるために存在しています。私は一官僚として、この真実に目を背けずに献策したのみです」
「……他意はないのか?」
「ありません。人類のために身を捧げることが官僚である私の務めです」
チリタスは無言を奏でる。外に目を向けると、子どもたちが公園で遊んでいるのが見える。建物内部では官僚たちが永約を持続させるために今日も働いている。彼らも、他の官僚たちも、地上の遊び人たちも、三日後に起きるとされる出来事を知らない。ヴェリタスの方を向くと、彼女の冷たい表情の中に確かな灯があることを受け取った。ヴェリタスから受け取ったドキュメントには、彼女の永約への忠誠心が溢れている。副議長は彼女に笑みを見せた。
「資料は私が預かろう。あとは私がどうにかするから、君は一旦身を引きなさい」
「ありがとうございます!このご恩に感謝いたします」
「私にではないはずだ。永約にだ」
彼女は立ち上がって副議長に敬礼する。副議長も立ち上がってそれを受け取った。最悪の事態を免れたと僕はほっとした。
すると、ドアからノック音が聞こえた。副議長の許可で、オアシスとコンセル省長が入室してきた。省長は青ざめた表情で副議長に嘆願する。
「副議長!本当に申し訳ございません!私の部下が、私にも一切知らせずにこのような真似を……」
「そんなことはないですよ。私は前から知っておりましたよ。それに、とても有意義なお話でした。お気になさらず」
それを聞いた省長の顔色が戻っているのがはっきり分かる。ヴェリタスは決して突発的な直談判をしたわけではなく、事前に副議長へ連絡をとっていたようだった。
「寛大な処置に感謝します」
「それにしても、コンセル。素敵な部下をお持ちになりましたね、有能な方がいてさぞかし嬉しいことで」
「ええ。癖のある子ですが、必ず大成します」
「それには期待しております……さて、もうこの予定時間は終わりです。次の予定がありますので、これにて失礼いたします。皆様も退出してください」
上機嫌になったチリタスは部屋から退出し、僕たちもそれに続く。副議長は複雑な任務をこなすために行政府の奥へと消えていった。
ヴェリタスは部屋を出た後、地面に膝をついて座り込んだ。僕は急いで彼女に寄り添う。彼女は限界状態でここまでやり遂げたのだから。
「ヴェリタスさん、大丈夫ですか!」
「いや……大丈夫だ。心配するな。……やった……やったんだ!」
彼女はここ一番でうれしそうな顔をする。彼女のなかで一番美しい顔だった。僕には、その笑顔が誰よりも美しく見えた。彼女は僕にもたれかかって言った。
「これで永約は……人類は……救われるはず……」
そう言い残して、彼女は瞼を閉じて僕に全体重を預けてきた。彼女の力は完全に抜けている。省長は思わず慌てる。
「おい大丈夫かヴェリタス君!」
「大丈夫です。寝不足で今エネルギーが切れただけだと思います」
「そうか。なら寝かせてやろう」
僕はオアシスと共にヴェリタスを行政府から連れ出して、念のために生命省で安静にしてもらうことにした。




