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人類永約  作者: X-987
第一章:理想ある時
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第6話 異変の予測

 ——レベルC:バタフライシステム概略——


 

 バタフライシステムはこの永約において根幹をなすシステムの1つである。コネクトシステムに接続し、ありとあらゆる事象を演算して未来に起こりうるものを予知するものである。

 このシステムによって、永約はかつてないほどの安定を保つことに成功している。旧来、事前察知が困難とされてきた地震や火山噴火を事前に捉えて、それに応じて対策を講じられるようになった。また、人為的な行為に関してもその影響を測ることが可能であり、暴動が起きた時の被害や結果についてもかなり正確なものとなっている。今日、永約におけるあらゆる行動方針でこのシステムの存在は欠かせず、遊び人からも親しみをもたれている。

 

 バタフライシステムは地上の塔によって管理されている。地上から発する通信によって他都市や宇宙基地とも連携をとることができ、すべての地域の情報を考慮することが可能。

 このシステムは30年前にパトス博士をはじめとした研究者によって完成し、その運用は進歩省の未来局が担っている。この革命的な発明により、開発者らはありとあらゆる名誉を得ることになったとされる。



 ——IS-3401(オルフェオ):保安省——


 

 副議長の話から一日後の午前。僕は第一特殊部隊の部屋でオアシスと共に作業を行っていた。ヴェリタスは省長と共に、新たな極秘情報を副議長から貰うために席を外している。

「……それにしても、本当にデマなんですかね?」

「新人君、あまり詮索しないことよ。すでに事実無根だと結論が出たんだよ。これ以上の考察はしちゃだめ」

「しかしあまりにも巧妙だと思いませんか?ここだけじゃなくて世界中の都市に送っているなんて。よほど自身があるのかもしれませんよ」

「……大丈夫でしょ。きっと」

 オアシスはその言葉とは裏腹に不安そうな表情をした。

 

「きっと、ひと時の緊急事態だっただけで、バタフライシステムがその指針を示してくれますよ」

「そうだね……間違いない」

 そこに、ヴェリタスが戻ってきた。彼女の顔は事態の深刻さを物語っている。

「ご苦労、二人とも。早急に共有したいことがある」

 彼女は厳重に梱包された包みの中から、紙を取り出した。議長および副議長からの許可がなければ読むことが禁じられた報告書だった。

 

「君たちは大丈夫だ。すでに話はつけているし許可ももらっている。今回話したいことは2つ。まず軽いものから。全世界でも同じような要件があったが、その中でレパント地域管区がその情報発信源を特定し、特殊部隊を送り込んだそうだ」

 レパントはここからかなり離れた地域だ。この事件が世界中で起きていることを示している。

「レパントですか……またなんでそんなところが……」

「私たちの管区に送信した発信源は未だ不明だが、少なくともレパントとその周辺の管区については地上のとある場所から発信されたようだ」

「それで、どういう結果が?」

 ヴェリタスは一呼吸置いた。

 

「特殊部隊を送り込んだはいいものの、古びて壊れたパソコンが見つかったのみで、発信者も、発信方法も依然不明とのことだ」

 落胆。何もなかったのと同義でしかない。

「あまり情報は得られなかったんですね」

「議長ら評議会はこれを受けて、やはりいたずら目的で行ったのだと確信しているようだ。……私はいたずらにしては行き過ぎていると思うが」

 ヴェリタスもこの早い火消しに納得していないようだった。近くに同じ思いの人がいてほっとする。

 

「評議会は早期に話を終わらせたいようですね」

「そうなのかもね……」

「この件については、トーキョーにあまり関係ない話だ。問題は2つ目だ。これが重大事件で早急に解決しなければならない事案なのだが……」

 僕は次の資料に目を通した。そこにはあってはならないことが書かれていた。あまりの内容にオアシスと目を合わせる。

 

「バタフライシステムが機能していないって!?」

 バタフライシステムが動かないというのは、永約のこれからを大きく左右しかねない事態だ。ヴェリタスは落ち着いて二人に報告を続ける。

「未来局のシステム管理人から議長に直接連絡がいったらしい。どうやらとある時刻を境にバタフライシステムの未来予知が機能しなくなっているとのことだ。それも、示し合わせたように天命の日と一致してしまっているようで……」

 悪い偶然。それとも仕組まれた必然か。結び付けたくなくてもそれは明らかに線でつながってしまう。

 

「そんなことが……」

「ただの故障ではなくてですか?」

「進歩省が修復を何度も試みているようだが、まだ回復していないようだ。詳細な原因も不明とのことだ。技術者の話によると機械の不具合というよりは、"最初から予知をする認証が与えられていない"みたいな現象らしい」

「そ、その……認証が与えられていないというのはどういうことですか?」

「これもシステム側がそう結論付けたらしく、なぜそのようなエラーが出るかすら不明とのことだ。このようなものを取り入れたはずもないと言っている」

「そんな滅茶苦茶な……」

 

 バタフライシステムは永約の運営そのものに関わるシステムだ。それが機能しなければ告知に沿った計画を立てられず、例えその日に何が起こらなくても物流や地上に大混乱が起きるだろう。『天命の日』関係なしに解決しなければならないだろう。

「早急に解決しなければなりませんね」

「そうだろうね。でも私たちは技術者じゃないから行っても無駄じゃない?」

「確かにそうですね。彼らに任せるべきでしょう……。これからどうしますか?」

 僕たちはヴェリタスに第一特殊部隊の動き方を聞いてみる。ヴェリタスにはすでに案があるようだった。

 

「私はこれから研究局に行く。一緒に来てくれないか?」

「承知しました。……何故にですか?」

「バタフライシステムに関して、詳しい人がいる。その人から情報を聞いてみる。無論、今回の『天命の日』については伏せながらな」

「詳しい人って、もしかしてパトス博士のことですか?」

「そうだ。パトス博士はこのシステムを開発した研究者の一人だ。あの研究チームにいた人はすでに離散しているが、彼はまだここに残っている。彼ならば何か知っているかもしれない」

「了解。今から向かうの?」

「ああ。すでに向こうに連絡はしている。すぐに行くぞ」

「相変わらず準備が早いですね。行きましょう」

 僕は荷物を整えて、三人で地下都市にある研究局へと車で向かった。



 ——IS-3401(オルフェオ):研究局——


 

 研究局。灰色の幅の広い円柱のような建物だ。様々な植物が大切に育てられており、葉緑体システムのついた街灯が照らす不思議な場所だ。この建物も地下に張り巡らされた部屋が無数にあるとされ、生物学、地学、科学に工学などほとんどの研究事業はこの施設内で行われている。多くの専門家や研究者がありとあらゆる分野で活躍し、永約、そして人類の科学進歩のために必要な施設だ。

 

 僕とヴェリタス、オアシスは車で入り口までやってきた。僕たちを待っていたかのように、ピンクの長髪の女性が近づいてくる。白衣を着用し、髪が後ろで1つに束ねられている。

「あなた方がヴェリタス様、それとオアシス様、オルフェオ様ですね?」

「ああ。間違いない。君は?」

「初めまして。パトス博士の助手をやっております、フィナリスです。博士から訪問者の皆様をお連れするようにと伝えられましたので」

「そうか。頼んだ」

 フィナリスは僕たちを研究局内に案内する。少しばかりか、僕たちとはまた別の雰囲気を感じさせる。

 

 研究局はまるで迷路のように入り組んでおり、案内なしではとてもじゃないがたどり着くことができなさそうだった。フィナリス曰く、実験で部屋内部を入れ替えたりすることが多いらしく、タブレットの案内もあまり当てにできないと笑っていった。部屋を通過していく道中、実験段階の薬に、観察途中の動物に、試作段階の機械にと、最先端を走る技術の原石がそこにあった。白衣を着て研究に従事する者たちは黙々と作業をしているところもあれば、談笑しながら生物を可愛がっているところもある。それぞれのグループがそれぞれのやり方で成果を出そうと奮闘しているようだった。

 

 僕は周りに目移りしていたせいか、角で人にぶつかってしまった。しかし、人に当たったという感触は全くなかった。一方、相手は痛そうにして転んでいた。その人体には実態がなく、まるで影のようにおぼろげな電子の粒で覆われていた。なんだこの人は?

「ああ!大丈夫ですか!オルフェオさん!」

 フィナリスは僕を心配した。彼女は僕に異常がないことを目で確認すると、転んだ人に近寄った。

 

「もう、ホロロ君。ちゃんと周りを見ないといけないよ。ただでさえ目視されにくいんだからさ」

「ええ……すみません、フィナリスさん」

「いえ、私こそ悪かったです。すみませんね」

「……そう」

 ホロロは立ち上がると僕を一瞥もせずに立ち去って行った。足が地面から離れて体が浮遊していく。その姿は数メートルすると見えなくなってしまった。僕はフィナリスに聞いた。

 

「フィナリスさん、あの方はどういう人なのですか?」

「あれは……新人類(アルファ)の一種ですよ。あの人は、別の場所から信号を電子の集合体に送信して、人体を形成させているんです。先ほど痛がっていましたが、本人にその情報は伝達されないので痛覚なんてないはずですよ。多分わざとです」

 

 僕は初めて見る新人類(アルファ)に驚いた。新人類は研究局を中心にして開発される"新たな人類モデル"の探求を目的として開発されている。その規模は小さいながらも、人間のアップデートや品種改良にも直結する重要な産業のはずだ。


 ヴェリタスはフィナリスに尋ねた。

「新人類……最近あまり開発を聞かなかったが、活発なのか?」

「確かに最近は生命省の人間自体の改良やプロキシの開発がよく話題に上がりますよね」

「てっきり新人類の探求は終わったものかと……」

 僕たちの質問にフィナリスは答える。

「確かにその2つと比べれば……数は少ないですし、新人類たちは官僚として現場に出ている人がほとんどいません。ですが、研究はずっと続けていますよ。人類がホモサピエンスの領域から進化しようとするときの選択肢を模索するのも研究局の仕事ですから」

 彼女は胸に手を当てて自慢げに話している。

 

「私もここに従事しているので、その重大性は分かっている方だと思っています。それに、彼ら彼女らってかわいいんですよ。普段外に出ないからあまり外部との交流がなくて恥ずかしがりやな人が多いですが、素直で優しい子たちなんです。まるで子どもをみているみたいでね」

「そうなんですか……」

「あっといけない!あとちょっとで博士の部屋ですから!ついてきてください!」

 僕たちは再び博士の部屋へと足を進めた。



 

 第二研究室。パトス研究局長の部屋についた。彼の部屋はあまり清潔なものとはいえず、机の上には書類が散乱している。紛れるように飲みかけのコーヒーと食べかけのパンがおかれており、壁には彼が受けた栄誉の数々が飾られている。奥からカラフルなTシャツを着た黒人で白髪の初老男性がやってきた。英雄として写真で見たことがある人物。それがパトス博士に間違いなかった。

 博士はヴェリタスを見て笑いながら握手を交わした。

 

「ヴェリタスさん、久しぶりだね。元気にしていたかい?」

「ええ、変わらず」

「先月の件は見事だったね。おめでとう。あの時私は忙しくてなかなか連絡できなかったが、ようやく言えたよ」

「ありがとうございます」

 博士はドアの前にいた僕たちの方をみた。

 

「オアシスさんも久しぶりだね」

 オアシスはニコッとして手を小さく振る。

「……ええっと、この人は?」

「私の新しい部下、オルフェオだ」

「ああ、あの。極悪人クロポを捕らえたという。君もなかなかの人じゃないか」

「お褒め頂きありがとうございます、光栄です」

 素直に嬉しかった。博士は自分の革細工の椅子に腰かける。僕たちも案内されたソファに座った。フィナリスが入れてくれたブラックコーヒーが僕の鼻腔を刺激する。

 

「で、ヴェリタスさん。今回訪れた理由はなんだい?事前の連絡では緊急の要件だとしかなかった。当日に突然来るなんて相当な案件だと思うが」

「ええ。どうしても博士にお聞きしたことがありまして。それも極秘内容で」

「ほう、私に関係があると?」

 博士は何を聞かれるか分からないと少し身構えた。覚えがないといっても、僕たちは不穏分子を取り締まる身分だから当然だ。僕たちは本来親しみを持たれる存在ではないはずだ。

 

「あなたに直接何かあるわけではありません。ただ、バタフライシステムについてお聞きしに来ました」

「バタフライシステムって……。今はもう私が管理していないぞ。管理人は未来局にいるぞ」

「それは分かっています。しかし、開発者であるあなたの意見も聞きたくて」

「いったい何があったんだい?」

 ヴェリタスは『天命の日』について触れないよう慎重に話す。

 

「その……システムがある日を境に未来を予測しなくなってしまったようでして」

 それを聞いた博士は一瞬にして真剣な顔へと変貌した。

「未来を予知しなくなった?ただの機械的なトラブルでは?」

「ところがそうではないようでして。未来がその干渉を拒否しているような状態とのことで」

「予知できないのではなく、『未来そのもの』にアクセスできないということか?……うむ……そうか……」

 

 博士は立ち上がってその場を歩く。下を向き、横を向き、あるいは天井に向き、うなりながら思案しているようだった。僕たちは博士をずっと見つめる。40秒ほど経ったころに動きを止めた。

 

「やはり分からない。すまないが、バタフライシステムは開発当初のシステムからかなり独自進化しているはずだ。私はあくまで初期型を作っただけに過ぎない。現場の人が知らないのであれば、私にも分からないだろう」

 パトス博士は申し訳なさそうにこちらを向いた。

 

「他の開発者の方と連絡できますか?」

「残念ながら、生き残っているのは私だけだ。他の人がどうなっているかは知りもしない」

「そうですか……」

 ヴェリタスはため息をついた。当てが外れてしまったからか落胆しているようだった。彼女はコーヒーを一気に飲み干して立ち上がる。

 

「お時間をとってしまい申し訳ございませんでした。本日は失礼いたします。何か判明すればまた共有いたします」

 僕は突然の切り上げ方に驚いた。しかし彼女はもういる意味がないと見切りをつけたのだろう。

「こちらこそ力になれなくてすまなかったな。また別件で会おう」

 僕たちは荷物を持って帰ろうとした。

 

「ああ、ちょっと待ってくれ。これはあくまで私の予想でしかないのだが……」

 僕は博士の方に振り返った。博士はドアの方を向き続けるヴェリタスに向かって語った。

 

「あのシステムは永約における"意思"の1つだ。つまりそのシステム自体もプロキシらと変わらず1つの性格をもっている。だとすればだ。その機械は直視できない未来を想像してしまってフリーズしている可能性がある」

 「直視できない未来……」

 僕は思わずつぶやいてしまった。『天命の日』のことか……?

「例えば永約を根本的に変えてしまいかねないこと……大災害や外部との地球規模の戦争……。具体的に何かは想像できない。だが、もしかすれば……というものだ」

 数秒の沈黙のあと、ヴェリタスはドアを向いたまま応える。

 

「それは、バタフライシステムについての情報ですか?」

「いや、これは私個人の考察に過ぎない」

「……ありがとうございます。博士一個人の意見として念頭に置いておきます」

 ヴェリタスは部屋の扉を開けた。オアシスは、放心状態の僕を強引に部屋から引っ張り出した。

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